11 まだまだ問題あります!
ナナカが監視されている事をシェガードから聞いて数日が経過していた。
やらなければ行けない事は増えていく一方であった。そこへその監視相手への警護や対策も必要になった事はナナカはともかく、カジルやシェードにも大きく負担を与えていた。一人、いつもと変わりのないシェガードが異常だと思うのは当然の事だろう。
「姫様。やはり3人だけで対応するには限界があります。何とかして警護の増員を図るべきかもしれません」
カジルからも遂に泣きが入った。
「とは言っても現状で信用の置ける者となると限られてくるぞ? 本国に……と言いたいが「うん」と頷くわけもない。先代王が1人を優遇する事はなさそうだし、第3継承権をもつラルカット王子派の宰相にも期待できない。他は……教会の奴らか。あいつらも監視している側の可能性の方が高い。お姉ちゃんは何を考えているかわからないし……下手をすれば神輿に乗せられて、どこへ向かうかわからない。なんだシェガードの言っていた味方なんて全然いないじゃないか」
もちろん貴族の中にも協力者は出る可能性はある。しかし、何も知らない相手を信用する事は難しい。何よりも状況が変われば裏切る可能性がある人間側の警護を身近に置く事はかえって危険。どちらにしても期待の薄い第四継承権であるナナカに味方するなんて計算の出来ない貴族はいないだろう。
「今の状況ではシェガード様の伝手を頼って、傭兵ギルドから人手を借りたほうが安全と言えるかもしれません。他に流されないだけの給金を支払う必要がありますが仕方がないでしょう」
やはり金で動いている傭兵は金次第で裏切る可能性を考慮する必要があるという事。
「王族なのに随分と国内にも敵が多いのだな」
「仕方がありません。今は異常事態と言っていいくらいに国内は混乱しています。もし先代王が玉座に戻っていなければ国外からの圧力も加わり、収拾がつかなくなっていたでしょう」
こちらのボヤキにも冷静に分析を返してくる。それはナナカも十分に理解しているだけに先代王への文句は避けている。しかし本来は継承者同士で争う事を容認している先代王が原因でもある。内心は快く思っていない。カジルにしても、それは十分に理解した上で口にしたのだろう。
「警護を強化しないと、お前やシェガードはともかくとして、シェードがかわいそうだ」
警護だけが仕事じゃないカジル。自由奔放な父親。その穴を埋めるべく、女性の身で一日の大半をナナカの傍から離れられないでいる。地味ではあるが毎日長時間の警護で消耗しているのは間違いがなかった。
「ようっ。お嬢入るぜ」
まったく遠慮もなく執務室に入って来たのは、その自由奔放な父親。
「シェガード様、ノックくらいはお願いしたいのですが」
「気にするな。お嬢だって気にしている様子はないだろうが」
確かにナナカは気にしていない。元々王族の記憶よりも一般サラリーマンとしての記憶のほうが多い自分にとっては礼儀など、うるさく言うつもりもない。かえって楽なくらいだ。
「それで何かあったのか?」
自身の言葉を放置されたカジルは隣で「姫様は私以外には甘い」などと呟いているが放っておくのが一番。
「ああ、警護のほうだがな、心当たりを一人連れてきた。そいつは丁度、求職中って状態だったし、お嬢も知った奴だし問題はないだろう」
「私が知っている奴だと?」
ナナカがこれまで会ってきた人間は多くない。しかし、求職中となると現在は無職という事だ。そんな人間に会った記憶がない。
「もう扉の向こうにいるんだがな。ちょっと待てよ。おーいっ、入ってこいよ! なに遠慮してるんだ?」
許可もなく勝手に入室を許す行為にカジルは抗議をしようとしていたようだが既に遅い。
扉を恐る恐る開けて入ってきた人物は確かにナナカの良く知っている人間だった。
「お前はミゲル……?」
「いや~~、姫様。お久しぶりです」
そう、あの戦場の後は一度も顔を見ていなかった。シェガードから順調に回復しているとは聞いていた。しかし目の前のミゲルは言葉の軽さとは違い、左の眼には眼帯が当てられ右の義手は外されたまま。知らない人間が見れば満身創痍の引退兵士だ。
「久しぶりじゃないっ! 義眼と義手はどうしたんだ!?」
「はい。義手は現在再調整中でございます。体と違い自然と回復は致しませんから仕方がありません。それと義眼というのは私も初めて聞きました」
「えっ?」
その言葉を直ぐには理解出来なかった。本人から「初めて聞きました」という意味はジワジワと心に浸みわたる。
「先日の戦いで左目を失ったのですよ」
「!?」
「あああ、すまない。お嬢を勘違いさせるような話を俺がしちまったからかな」
あの時に空を見上げていた白い球体は本物だったという事だ。それはナナカの身を守る為に犠牲になったものだ。
「あああ、姫様。気にすることはないですよ。他の命を失った奴等と違って命は残ってます。幸い右目は残っていますから問題はありませんよ」
ミゲルは、ちょっと落し物をしましたというような感覚で簡単に語る。
それでもナナカにとっては大きな衝撃だった。自然と先日の光景が頭を巡り続ける。
「お嬢。傭兵なんて言うのはそんなもんだ。それよりも護衛の話だ。こいつは腕も眼も失っている。まあ、この状態になると傭兵としては仕事が来ねえんだよ。つまりは無職ってことさ。でもなぁ、この間の魔物には苦戦していたが対人に関しては、こんな状態でもかなりのもんだ。護衛に雇うには適任だと思うぜ?」
「おいっ! シェガード! こんな状態とはなんだ!? 義手が戻ってきたら勝負だ! 簡単には負けんぞ!」
その様子に敵意を向けられた方は「ほら、大丈夫だろ」というようなジェスチャーをする。もしかすると上手くそれを引き出すための演技だったのかもしれない。
後ろで、ふて腐れているカジルの反応を見る。
「いいのではないでしょうか? 命がけで姫様を守った事は聞いております。どうせ姫様も心はきまっているのでしょう?」
明らかに機嫌は回復していないようだが、とりあえずは了承。こういう時の子供っぽさを見せるカジルは意外とかわいい。メイド達に普段やられている人間の意見としては違和感を感じるかもしれないが仕方がない。
「という事だ。さっそく今日からでも護衛に着いてもらうが問題はないか?」
「姫様がそう言ってくれるのであれば、これからも体を張ってお守り致しましょう」
言葉と共に礼儀の感じる会釈をしてくる辺りは、シェガードよりも王族の警護には向いているかもしれない。下手をすれば「どこの山賊だ」と言われても不思議ではないのだから。
「しかし、姫様。今後も外から雇い入れる事になると財政面が……。正直、先日の事もあり、かなり圧迫した状況になりつつあります。何か収入面の改善を考えないと少々厳しい事になりそうです」
カジルの心配は、ここ数日で共に仕事をしていてわかっていた事。
それを知るまでは王族とは、お金に困らず優雅な暮らしをしているだけだと思っていたが甘かった。
余裕がないために町の外の甲殻竜の亡骸の処理にも困っているところだ。
はっきり言ってしまえば赤字だらけ。借金を返しているだけに近い。1度でも税収が途絶えるような年があれば恐ろしい事が待っていそうな状況だった。
「なんと。姫様のところは、そんなに厳しい台所事情で?」
「心配せずともミゲルの給金が出せないなんて事は今のところはないから安心してくれていい」
「今のところ……ですか? ちょっと不安な言葉ですが、まあ高望みはしませんから姫様も安心してください。しかし、油田を持っている王族でもこれでは一体他の貴族はどうなってるんですかね?」
ミゲルの言葉に引っかかるものがあった。
森が火事の際にも油田がある事は聞いていた。しかし、こちらの世界では油を分離するような技術がない。それでは金になるとは思えなかったが油田は資源として価値があるような発言だ。
「あるのはあるのですが、かなりの泥が混じった粗悪品で使い勝手が悪いと買いたたかれているのです」
「泥が混じっている? 混じっていなければ価値があがるという事か?」
「そうですね。もちろん、泥が分離するのを時間をかけて待ってやれば純度が上がり値段は何倍にも跳ね上がりますが、泥との分離は難しく非常に効率も悪い為に安くても、そのままで出荷しております」
つまりは夢の世界と違って完全に分離するのではなく、泥さえ簡単に除去できれば十分な価格上昇を見込めるという事だ。
「なんだ、そんな事か」
思わずナナカは口にしてしまった。
大人たちが悩ませる問題を「そんな事か」と切り捨ててしまった王女に視線が注がれる。こうなると誤魔化すのは難しい。
(ここは仕方がない。大した知識ではないし、この世界の技術を壊すほどの物ではないだろう)
「明日、その油田に行こう。たぶん何とかできるかも知れない」
「お嬢……本当に大丈夫なのか?」
誰も解決できなかった問題を「何とか」の言葉で片づけるナナカに、シェガードでさえも疑いを持ちつつも明日の油田へのピクニックは決まったのだった。




