10 背後の影と闇
魔物達の騒動から町に平和が続く中、ナナカには平穏は訪れなかった。
何かとカジルやシェガードに繰り返し注意を受ける毎日を過ごしていると言っても過言ではない。
特に先日の館からの抜け出した件については、完熟した果実のような顔で言葉の暴力を浴びせられた。
だからこそ本気で思う。権力者の血筋に生まれず、普通の暮らしをしている町の人々が羨ましいと。それは町へ出かけた事で益々、強い気持ちに変わってしまった。
(やはり王座争いに加わるなんてとんでもない)
ニートとまでは言わずとも、面倒なことに巻き込まれない生活を希望する事に変化はない。
しかし、そんなナナカの気持ちを裏切るように、今朝もメイド達による姫様タイムが訪れた。
今日も少女の声で館の朝は始まったのだった。
◇◇◇
「姫様っ。今日は執務室に直行して頂きますからね!」
「いや、その前にトイレに……」
「そう言って逃げる作戦ですね! 今日は逃がしません! 執務室で用を足せるように準備も万端でございます!」
(まさか……お○と言われるアレか!?)
「おいっ、カジル。それは一般的に王族としてまずいじゃ……」
「いえいえ。姫様のお年くらいであれば、深夜はこれで用を足す方は少なくないですよ」
(いや、夢とは言え経験が豊富な自分には無理がある!)
なんとしてでも阻止する必要がある。王族という以前に人間としての尊厳を保つためにも。
しかし、助け舟はアッサリと現れた。
それは2人の伸長を大きく超える男。シェガードの登場だった。
ただし、それが本当の意味で助け舟と言えない事に気付くのに時間はかからなかった。
「すまねえ、カジル。お嬢が仕事を始める前に話し合いたいことがある」
その声はいつもの気軽さが感じられない。珍しいと言ってよいほどに影のある声。
「シェガード様。何か問題でも起きたのですか?」
「起きたと言うのは、ちょっとばかり違うな。起きていた。更に言うなら今後は悪化する可能性がある」
「それは穏やかではありませんね。会議室の方に人を集めた方が良いでしょうか?」
「ああ、そうしてくれる助かる。マコトの奴は勇者だから関われない。他の奴も避けた方がいい。ここに居る3人とシェードだけを加えた4人だけで頼む」
その言葉の意味する所は、ナナカの姉やメイド長にも話を聞かれたくないという事。
「かしこまりました。先に会議室に行っていてください。シェードは私が連れてきましょう」
◇◇◇
会議室に集まった4人の間には重い空気が流れていた。
シェガードから語られた内容は簡単に解決するような問題ではなかった。
そして、それはナナカの考えていた理想の生活を壊しかねない緊張を含む内容だった。
「では、姫様は『複数』の監視下に置かれていると考えた方が良いのですね?」
「ああ、そうなるな。時期から考えても魔物達の襲撃前から、そいつらは動き始めていたと見ていい」
シェガードが語ったのはナナカが注目以上の状況に置かれている。つまりは言葉通りに監視されているということだった。
「まずは、あたしが森で見かけた奴ら。少なくても行動を起こす前から動いていると見ていいだろう」
「そうだな。後は戦場でも確認できただけで3組居た。1組は恐らく、お嬢の姉ちゃんが関わっている可能性が高い。20人ほどの集団が距離を取って、常に意識をこちらに向けていやがった。どちらかと言うと緊急時の護衛を兼ねていたんだろうな。それなら1人で戦場に現れた理由が見えてくる。あれは訓練された部隊だ。ほぼ間違いねぇ」
ナナカが気づけなかった事実。あの戦いの中でもシェガードは他への注意を怠っていなかったという事。それがなければ戦いで力を発揮できていたのかもしれない。
「あたしが確認した奴は1人だった。あの戦場でソロ活動する自信がある相手だね。ナナカ姫と別行動をとった時に気付いたんだけど、恐らくナナカ姫とルナが一緒の時に男共をけしかけた奴だろう。あの絡みつくような感覚は忘れられない」
「私とルナ? もしかして町に出かけた時に後を付けてきていたのか?」
「悪いな。でも俺達が、お嬢が抜け出した事に気付かないとでも思っていたのか?」
言われてみればゴールドクラスとも言われる傭兵が、素人の自分の行動に気付かないわけがない。親子の手の上で遊んでいたと言うわけだ。しかし――
「お前たちが居なかったら、その男共に襲われていたという事か?」
「まあ、そうなるな」
「シェガード様! 気づいていたのに何故、私に知らせてくれなかったのですか!?」
「いや、ほら。面倒くさいだろ……?」
面倒くさいの一言で一蹴されたカジルは言葉を失っていた。4人の中で1人だけ邪魔者扱いされたようなもの。意外とショックは大きかったのかもしれない。しばらく使い物にならない可能性もあるが、確かに面倒だしそれでも構わないと判断。それは慰める様子のない親子の方も同じだったかもしれない。
「もう一組はどんな奴等なんだ?」
「それが一番厄介なんだがな。たぶん、遠視魔法で見てやがった。なんていうかな……あの纏わりつくような空気は独特だからな。シェードも気づいていただろう?」
「オヤジの言うとおりだね。それだけの魔法を行使出来るって事になる。一番相手したくないな」
「それとな。あの場での直接の監視は3組だったが、あの戦いを注目していた奴は倍以上いるだろうな。助ける様子はなかったんだから、やっぱり味方とは思わない方がいい」
シェガードの話を聞けば聞くほどに、ナナカの周りは敵だらけだ。
(自分が何をしただろうか?)
眠りから覚めて2週間も経過してないというのに状況は悪化の一途を辿っている。これが王族に生まれるという事の意味や責任というのであれば本当に放棄したくなる。
「お嬢。確かに良い光が差しているとは言えないがな、少なくともここにいる俺達は味方と思っていいぜ。それに戦場で一緒に戦った傭兵の奴らも、お嬢にメロメロだ。無償では難しいかもしれないが、いつでも力を貸してくれるはずだ。少なくても敵に回る事はないだろうぜ」
「敵だけじゃなく、味方も増えているって事か?」
「そう考えていい。覚えておいたおくんだな。力を示せば、それに魅せられる者がいる。そしてそれに抗う者や敵対する者がいる。お嬢は今後も多くの人間に言葉に出さずとも判断を迫る事になる。でも背負う必要はねぇ。お嬢のやりたいようにやればいい。必ず敵だけなんて状況にはならないはずだ」
シェガードの言葉は十分に理解できた。
しかし、それはナナカの望む未来とは遠くかけ離れている気がする。
「やっぱり、普通の平穏な生活を望むのは高望みなんだろうか……」
思わず漏れた、その言葉は親子の眼を大きく開かせる。
(子供らしくない願いに驚いているのだろうか?)
「あははははっ! 笑わせてくれるぜ、お嬢! らしくない! あれだけの事をやっておいて「平穏な生活」は無理がある。お嬢の本質は『動』だ。『静』なんてらしくもない事を匂わせないくれ。冗談にしか聞こえないぜ?」
「ナナカ姫に、そんな望みがあるなんて聞いても誰も信じません」
「いや……! 本当にっ!」
「お嬢、もういい。よ~~く分かった。大事なことは伝えたし、ちょっと朝飯でも食いながら、その面白そうな冗談は聞いてやる。おい、シェード行くぞ」
取り合ってくれない親子に背中を押されながら会議室を後にした。
そこに1人、カジルだけを残して。
ちなみにカジルは、その後も日が真上に上がる時間まで放置されたが、誰も気にした様子が見られなかったらしい。
館内はシェガードの言うほどに大きな問題を感じさせなかったが、シャールス王国はシェガードの言葉に誘導されるように、ナナカを中心に大きく歴史が動き出す事になるのだった。
お忘れの方が居るかもしれませんので追記。
『シャールス王国』はナナカ達の国の事です。
作者も忘れていただろ! って? 「ハイ」すっかり忘れておりました(笑)




