7 ルナは見た!
ナナカからバトンを受け取る形でルナの冒険へと突入です。
今日はすごい事に、ナナカ様が私を直々に起こしに来てくれました。姫様であるナナカ様がです。今は使用人見習いの様な立場であるとはいえ、数日前までは奴隷だった私をです。
更に驚いた事にナナカ様は――
「あれ? 留守なのかな?」
「いえっ! いますっ、いますよ! ナナカ様っ!」
慌てて起きた視線の先にあった、その姿は薄い黄色のネグリージュを着た姫様だったのです。姫様は気づいているのか気づいていないのか、どう見ても完全に透けています。
意外と着ている本人は分かりにくいのかもしれませんが、正面から見れば下着の色まで隠しようがないほどに透けています。それはたぶんネグリージュと同じ色。ネグリージュの色が邪魔をしているとはいえ、逆にそれが年齢に見合わない怪しさを漂わせる事になっています。
もしかすると上級階級の方は下着を見られても気にしないのかもしれません。私の驚きが間違っているのでしょう。
「ルナっ! そ、その……服装はっ!?」
ナナカ様の言葉で自分も寝る為のスタイルになっていた事を思い出しました。つまりは私の汚れた肌でナナカ様の瞳を汚してしまったのでしょう。ナナカ様の驚きも仕方がありません。きっと、表情の変化は怒りによるものに違いありません。
「申し訳ありませんっ! はしたない姿をお見せして、ナナカ様の視界を汚してしまいましたっ!」
「……えっと、ルナ。まずは何か着てもらえないか?」
「あ、はい。今すぐにそのように致しますね」
「それと出来れば私も着れるような物もお願いしたいのだが……」
「えっ、ナナカ様の着替えですか!? あの~、王族が身に纏えるような上等な物は、ここには……」
その時までは、ナナカ様の考えている事が私には分かりませんでした。私の所にナナカ様が着るような上等な服などあるわけがないのです。ただし、次の言葉は十分な答えでした。
「問題はない。町に出ても目立たない服装でいいんだ」
つまり、ナナカ様が町にお忍びで出かけたいと言う事なのです。しかも明らかに様子もおかしく、館の方々に伝えてきている様には見えません。
さすがにこれは私の判断で返答出来るレベルを超えています。失礼の無い様にお断りするべきか悩みながら視線を窓の外へと移した時でした。
窓の外にシェガード様がいらっしゃいます。そして、これまで見た事がないほど焦ったように必死で身振り手振りで何を伝えようとしてきています。
(たぶん……、俺が後をついていくから安心して出かけろ……?)
なるほど、ナナカ様に気づかれない様に護衛してくれるという事ですね。では、私も出来る事を致しましょう。
「分かりました。では今すぐに準備を致しますねっ! ところで、私も一緒に行っても宜しいですか?」
「も、もちろんだともっ! 出来れば案内も頼みたいしなっ!」
こうしてナナカ様のお忍び旅に私もついていく事になりました。
もしかすると、この時に私は目の前でうれしそうに燥ぎ回るナナカ様よりも内心、浮かれていたかもしれません。だって、家族以外で同性とお出かけなんて初めての事だったのだから。
◇◇◇
このベルジュ町は、それほど大きな規模とは言えません。
私とサンは元々は首都の奴隷でした。比べるまでもなく大きな差があります。首都から比べれば、こちらはギリギリ町と呼べるレベルの規模なのです。
ただし、私にとっては自由に町を回れる日が来るなんて、ナナカ様の元に来るまで考えた事もありませんでした。きっと、死ぬつもりがなくても遠くない将来に死ぬと覚悟はしていました。
それが今では姫様である、ナナカ様と2人で(正確には後ろにシェガード様がいるわけですが)こんな風に満喫している今が信じられない気分です。
そんな私達2人に試練がやってきました。
それは住民の方々からの視線。
最初は私に……それはやがてはナナカ様へも向けられます。
原因は――
私が土子族である事。
小麦色の肌に関しては土子族以外でも、従事している仕事によっては日に焼けて同じ肌色の人々も珍しくはありません。ですが黒髪が合わされば、ほぼ間違いなく土子族である事は分かってしまいます。
そうなれば「土子族」=「奴隷」という構図が出来上がり、奴隷が拘束具なしで自由に歩いている状況は異様に映っているのかもしれません。
そして隣にナナカ様。
もちろん、ナナカ様を直に目にした事のある住民が多いとは思えません。ただし私と同じ服装に身を包まれた姿は同じ奴隷仲間と言う答えを勝手に出している可能性があります。
それにナナカ様の燃えるような赤髪は非常に目立ちます。それはとても珍しい髪の色。同じ奴隷だと見られているとすれば、価値の高い珍しい奴隷と思われているのかもしれません。
奴隷として見下される視線を浴び続けてきたからこそ、直ぐに気づいた周りの注目。幼いとはいえ、鋭いナナカ様の事です。それほどの時間も掛からず、気づく事でしょう。
(私のせいで申し訳ありません……ナナカ様)
痛みすら感じそうな視線に瞳を閉じそうになった時に、周りの視線が和らぐのを感じました。その突然の変化に戸惑いながらも、人々の意識の先を追いかけました。その先にあったのは――
私達よりも一回りも二回りも大きな存在。
(シェガード様!)
ナナカ様は気づいている様はありません。
私も視界に捉えるまでは、その存在に気づきもしませんでした。きっと気配を消しているのでしょう。
ただその大きな体は、一度視界に入ってしまえば見た人間の意識を釘付けにしています。効果は絶大で、私達の存在は霞んで見える事でしょう。
そのままシェガード様は、着かず離れずの絶妙な距離から私達の護衛を続けて
くれました。おかげで本当の意味で自由が訪れたのです。
(ありがとうございます。シェガード様……)
きっと今度、この感謝を伝えに行きます。
肝心のナナカ様はというと無邪気に露店へと走り出していました。どうやら露店で何かを見つけたようです。
「ルナっ! ルナっ! これは何だ!?」
ナナカ様の指差す先には、棒に刺された赤い果実の甘煮が並んでいました。どこの町に行っても露店にある、一般市民に愛されるお菓子の一つだったはずです。残念ながら奴隷だった自分は見た事があっても食べた事などありません。
「あれは甘煮果実と言って、市民の間では人気のお菓子ですよ」
「へぇ~、どんな味がするんだろう……」
きっとナナカ様は口にしたいのでしょう。ですが、私には自由になるお金なんて手元にはありません。本来は市民ですらも手に出来る物を、何もかもが不足している私では、ナナカ様を満足させる事が出来ないのです。
(ナナカ様、申し訳ありません)
その時でした。私の肩を優しく叩く存在に気付いたのは。
振り向いたそこにいたのは、シェガード様と同じくらいに大きな存在の――たしか、シェード様?
シェード様は人差し指を口元に当てると、私の手に何か小さな袋を手渡してきました。私が戸惑いを見せる中で小さく頷くと、とても満足した顔で人ごみへと消えていきました。
その小さな袋の中には、お小遣いと呼ぶには多すぎる額のお金が入っており、慌ててシェード様の姿を探しましたが既に視界には居ませんでした。
(シェード様、ありがとうございます……)
私はシェード様のお心遣いに感謝しながらも、ナナカ様と私の2人分の甘煮果実を手に入れ、その味を語らい、笑いあい、友人としての会話を楽しみました。
本当に本当に楽しい時間でした。
短い時間でしたが、とてもとても心に大きく残る貴重な時間でした。
傭兵ギルドを代表するほどに強く優しい親子に守られながらも、大切な友人であるナナカ様と時間を共有出来たのは忘れられない思い出の一つとなるでしょう。
そう、今日は奴隷だった記憶を過去の記録へと変える事が出来たと感じた一日だったのです。そして、こういう日々が続くことを願わずにはいられないのでした。




