6 逃亡者 ナナカ
昨日は不覚にも感情を揺さぶられるイベントに、ここでの生活に幸せと皆に対する信頼が強まった気がする。
しかし、それはそれ。だからと言って自分の行動を制限や束縛をされる気なんて毛頭ない。早く朝日を見る事の出来た幼女は計画を練る。
何故なら、このまま残れば、いつものように数のよる暴力が訪れる事は間違いない。その後は昨日と同じく執務室に軟禁される事はほぼ確定事項であり、やはり自由を奪われる事に繋がる。逃亡する2つの理由がここに揃ったのである。
「この服装ではさすがに目立つか……。ルナの所まで行けば、それらしきものがあるか?」
室内を見渡しても今着ているもの以外は着る物が見当たらない。それは当然と言えば当然と言える。着替えと言う行為を自分でやる必要などがない環境なのだから。
今着ているカナリアかと思うような色のネグリージュもメイドの準備したものだ。もちろん、下着についても同様。激しい動きをすれば同じ色の下着が見え隠れするのが分かるだろう。
正直、ファッションにそれほど興味がないとはいえ、何もかもを彼女らに握られている気がしてならない。もう着せ替え人形状態である。
(とりあえず目指す所はルナの所!)
こうして、1人の少女の冒険の準備が始まったのだった。
◇◇◇
「ルナ! 入るぞ!」
館の外にある、ルナとサンの居住にノックもせずに遠慮のない足取りで入り込む。
先日まで物置として使っていたそこは広いとは言えない。ただそれは、ここ数日で館の広さに慣れてきたからこその感想である。2人が住むには十分すぎる広さとも言える。冷静に考えてみれば夢の中では、この程度のアパートはザラにあった。
入口からも見えるスペースは食卓だろうか? 2人の姿が見えない。近くにある梯子が繋がった辺りにロフトの様な物が見える。そこが寝室となっている様である。しかし、声が返ってこない。
「あれ? 留守なのかな?」
「いえっ! いますっ、いますよ! ナナカ様っ!」
姿を見せたルナは今起きたのだろう。それはその姿を見れば一目瞭然。
流れるように綺麗だったはずの黒髪は乱れに乱れて、所々が空に向かって飛び跳ねている。瞳も開き切っていないのか、眠そうな薄目を擦りながら、こちらを見ている。
そして問題はその下――
「ルナっ! そ、その……服装はっ!?」
ルナの格好は男どもが見れば興奮の対象となっていた事が予想された。少なくても男だった時の記憶が、ナナカの心臓へとそれを伝えてきている。
薄いシャツのようなものは長さが足りておらず、へそは丸見えだ。視線をその下に移せば白のショーツしか確認できない。
それが世界の一般的な住民の就寝スタイルなのか? それとも土子族の就寝スタイルなのか? 単純に奴隷の頃はそういう格好が普通だったのか? この際はどちらでもいい。問題は更に大きくなっているからだ。
男だった経験の影響は心臓だけに留まらず、表面にも表れ始める。その変化は頬に感じる熱で自身でも感じ取れる。間違いなく興奮している状態だ。
ただ、その反応を見たルナは、それを別の意味で捉えたのか……
「申し訳ありませんっ! はしたない姿をお見せして、ナナカ様の視界を汚してしまいましたっ!」
心の中で思った事をとても言えない状況で逆に謝られた事に懺悔で、いっぱいになりそうだった。とはいえ、これ以上の失態はルナに変に不信感を与えてしまいかねない。
自身の心に落ち着きを取り戻す為に念じるように、普通にフツウにふつうに……と心で繰り返す。
「……えっと、ルナ。まずは何か着てもらえないか?」
「あ、はい。今すぐにそのように致しますね」
「それと出来れば私も着れるような物もお願いしたいのだが……」
「えっ、ナナカ様の着替えですか!? あの~、王族が身に纏えるような上等な物は、ここには……」
当然といえば当然。彼らに上等すぎる物を与えないようにメイド長に伝えたのは自分なのだから。ただし、その上等でない服装を今は必要としているのだ。
「問題はない。町に出ても目立たない服装でいいんだ」
「えっ、ナ、ナナカ様……。町にお出かけするつもりなのですか?」
「ダメか……?」
「えっと、カジル様はご存じなのでしょうか?」
「いや、あの、問題はないっ! ちゃんと伝えてきてあるし、うん! 大丈夫っ!」
嘘は言ってない。テーブルに置手紙はしてきた。「ちょっと出かけてくる」と。ただ単に仕事とメイド達からの逃亡が本当の理由ではあるが、そんな事を馬鹿正直に書く必要はない。だから、簡略化して要点だけ書いて出てきた。あれなら追手も簡単には足取りを掴めないはずだ。
そんなナナカの内心を見透かしたのか、ルナは視線を窓の外へと向けて困ったように考え込んでいる。それもしょうがない。朝早くから起こされたと思えば、王族たる姫様が明らかに怪しい時間に、怪しい素振りで、ありえない恰好で現れたとなれば、そうなるのは無理はない。
(これは予想が外れたか? 次の手を考えるべきかもしれない)
諦めかけたその時に、ルナの表情が変わった。
(窓の外に何かを見つけたのだろうか?)
ルナの視線を追いかけるようにナナカも窓の外を見る。
何もない。上り始めた太陽の光が蒼白く染めかけた空があるだけだ。
(はて? 特に変わったものはないみたいだけど……?)
視線を戻すと先ほどとは違って、自分のずさんな計画に乗り気になっているルナの姿があった。
(あれ?)
「分かりました。では今すぐに準備を致しますねっ! ところで、私も一緒に行っても宜しいですか?」
「も、もちろんだともっ! 出来れば案内も頼みたいしなっ!」
「こちらに来てからメイドの方たちと何度か出かけております。詳しくはありませんが多少なら案内できると思います」
「ありがとうっ! じゃあ早速、準備しようっ!」
2人の女性が準備をする中で、もう1人の住人であるはずのサンはというと、布団の中で起きる様子もなく爆睡をしていたため、そのまま放置して置くことになり、後でルナは随分と責められたそうだが、この騒ぎで寝ているほうが悪い。いざとなれば私も弁明しよう。
こうしてナナカとルナは町への冒険の準備を始めるのだった。




