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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
6章 平和に裏あり
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5 傾く空気

 1人の残された部屋でナナカは考えていた。

 自分が把握している現状を。


 夢の世界と現実世界はラムルの言葉によって繋がった。あの話をそのまま信じるならば、夢の世界の経験や知識も通用する事は間違いない。それは実際に戦場で体験して証明されている。

 

 問題は――

 あちらの世界と現実世界では科学と言う技術力に差がありすぎる事。魔法なんてものは存在していなかった。そして、こちらにはそれがある。大きな差だ。


 だが、どうだろう?

 あちらの世界に存在した、石ころ程度の大きさの兵器でさえ魔法以上の破壊力を持ち、片手に収まる程の弾を吐き出す兵器に至っては、その魔法を使う暇さえ与えないだろう。


 更にそれらは、あちらの世界では大した技術でもない。それどころか、一国を指先ひとつで滅ぼす兵器だってあった。魔法では、そこまでの力を発揮する事があり得るとは思えない。


 もちろん、それだけの物を作り出すとしても元となる技術が必要だ。こちらの世界で再現する事は随分と先の話になるか、不可能のままで終わる可能性もある。


 ただし――

 その情報を持っているだけのナナカにですら、この身1つで大きな効果を得られた。一番それが現れたのは、あちらの世界には存在しない科学と相反するはずの魔法にだったというのは皮肉としか言えない。


 魔法は想像により具現化させる。想像とは何もない所から生み出されるのではない。何もない所から生み出すのは創造だ。


 そうである。あくまでナナカ自身は知識の中から想像をしたに過ぎない。

 しかし、こちらの世界には本来は存在しない想像。それはこの世界にとっては創造と変わりない。つまりは自分にとって、ただの知識の一部だとしても、こちらの世界では未知の力なのだ。使い方次第では良くも悪くも大きな影響を与える事は間違いない。


 特に甲殻竜をも倒してしまった時の魔法は、こちらにはない兵器を想像してしまった為に、カジル達の使っていた魔法のレベルを大きく飛び越える威力を発揮してしまった。


 あの時は理解不足により、具現化した魔法が危うく自らも焼き焦がすレベルになったのだ。もし、あの程度の爆発物の想像でなく、それ以上の想像をしていたらどうなっていたか恐ろしくもある。


 もちろん魔力がそれに足りていればという話にもなるのだが、ナナカに間接的にとはいえ魔力を吸収されたシェガードは枯渇していた。だが、あの後のナナカ自身は全く影響が現れなかった。まだ魔力が有り余っていたらしいのだ。それはあれ以上の想像にも耐えうるだけの魔力がある事実。


(知識はともかく、魔力の制御については訓練が必要かもしれないな)


 あれこれと考え込む内に気づけば空は朱に染まる時間を迎えていた。


 ラムルが帰って、かなりの時間が経過したように思えるが、誰も執務室に現れた者はいない。館内に居れば、いつも騒がしいイメージがあるが今は違った。皆が戦いの後の処理に手こずっている可能性もあるが、これだけ静かだと孤独が心にそそがれるのを感じ始める事を止められない。


(なるほど、家族とその記憶がないと言うのはこういう事なのか)


 もしかすると現実世界で初めて感じるかもしれない心の穴。

 血の繋がりがないとはいえ、カジルは家族なのだろうか?

 ルナは?

 シェガードは?

 メイド達は?

 誰もそれに答える者は、ここには居ない。あるのは夜の訪れを近く感じさせる冷たい空気と、傾きかけた太陽に引き伸ばされた影だけだった。


(なんだか、疲れたな。今日はもう寝よう)


 廊下に出る為に重い扉を開けた時、それらは襲ってきた――







「「「姫様!!! お誕生日おめでとうございます!!!」」」


 そこに居たのはカジルやメイド、シェードにシェガード、もちろんルナもサンもマコトも。 そして盛大とは言えないものの、1人で食べるには無理のあるケーキが準備されていた。


「えっ? えっ? あれっ?」

「何、呆けてんだよ? お嬢。自分の誕生日忘れていたのか?」

「た、誕生日?」


 もちろん、すっかり忘れていた。朝からカジルに執務室に軟禁されて、好きでもない司祭とやりあい、1人残った部屋で考え込んで……。


「何をやってるんだ? お前たち。ここは廊下だぞ?」

「でも、ここが一番効果的にナナカ様を驚かせる事が出来ますっ!」


 そう口にするのは、いつもナナカの着替えに必ずと言っていいほど現れる、メルと言う名のメイドだったと記憶している。たぶん、彼女が戦略的にここが一番有利な戦場と判断したのではないだろうか?


「ナナカ様……ご迷惑でしたでしょうか?」


 友である少女がメイド達の陰から覗き込むようにナナカの様子を伺っている。


「めっ、めぃ……わく……じゃ……」


 何故か声が出ない。

 先ほどまで寒さを感じていたはずの胸が熱い。


(何故だろう?)


 自分には29年の経験があるはずだ。こんな事で動揺するはずは……。


「姫様。私たちが家族としてお祝いしてはいけませんでしたか?」


 いつも冷静な態度でマコトが問いかけてくる。


(家族……?)


 胸の熱さの上昇を感じる。それは瞳に伝染する。


「なんだ、お嬢泣いてるのか? ここは笑うところだろ?」

「おやじがナナカ姫を泣かした。そんなんだから母さんに逃げられるんだよ」


 体が心の制止を無視して頬を濡していた。それは口にすら伝染する。


「あ……ありが……とう……」


 ナナカの口から自然と洩れた言葉が、開始の合図になったかのように誕生日会は幕を開けたのだった。




 この夜は、いくつかの発見があった。

 

 体の記憶は心の経験を超える事があること。


 そしてもう1つ。

 シェガードは体格に似あわず、酒に異常に弱いということを。

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