4 情報が生むもの
大きな名誉を手に入れたラムルは満足を得ると共にナナカへの警戒を高めた事は間違いないだろう。
何故なら、この執務室に入ってきた時の笑みは忘れてしまったかのような状態だから。常に教徒へ向けているはずの優しい顔を、ナナカに対しては見せる事がないかもしれないと感じていた。
元より作り物の表情を見せられても、内心を見透かそうとする自分にとっては必要のない行為ではあるのだが。そんな状況に立たされても上を目指そうとする、ラムルの目的に全く興味がないと言えば嘘になるが、いずれ分かる事だろう。今は他に優先する事があるのだ。
「ではカジル、悪いが今すぐにそういう方向で報告書の作成を頼む」
「しかし、姫様を1人にするわけには……」
「利害関係は一致している。ラムルが私に害を与える事はない。心配はない」
カジルは「遠まわしに席を外せ」という言葉に、しぶしぶ納得したかのように礼を1つ残して部屋を出て行った。
(ここからはこちらが聞く覚悟を持たないといけないわけだが……)
「これで奥歯に物が挟まったような言葉を使う必要が無くなっただろう?」
「確かにその通りではありますが、その方が都合が良いのはナナカ様も同じだったのでは?」
(なるほど、求めている情報である事は間違いがなさそうだ)
「だが、それで貴様も何か得るものがあるからこそ、前回は含みを持たせた言葉を残していったのだろう?」
「はい。あの時は確信はありませんでしたので、ナナカ様を試す意味も含めてのものでした」
「では見事に私は釣られてしまったわけか?」
「そんなつもりは……いえ、結果的にそうなってしまいましたね。私がこの情報を手に入れた時は信じておりませんでした。ナナカ様の事を知るまでは」
ナナカは自身の求めていた情報をラムルが持っている事を確信する。
「では『夢』の事を知っているのだな?」
「はい。ナナカ様の言う『夢』の事で間違いないと思われます」
この数日の『夢』と『現実』の互換性の理由と説明が整うかもしれないという事。姉レイアから夢の経験が糧となると聞いてはいたが、夢だけでは説明がつかない事が多く、夢の世界の常識がこちらの世界でも通用しすぎたからだ。
それが魔物との戦いで確信に近づいていっていた。夢ではなく、本当に経験した事なのではないかと。
「私の持つ、夢の経験を糧にすると言う力の真実を知っているのだな?」
「真実かどうかはナナカ様が聞けば分かるかと思います」
辿り着いた。目覚めてから何度も疑問に感じる事があった、夢の世界とのつながりに。
「この王族の力と言うのは嘘が混じっているのだな?」
「真実とも言えますし、嘘とも言えます」
「どういう事なんだ?」
「発動条件は眠りであり、3ヶ月眠りの状態であった事は真実です。決して周りが口裏を合わせているわけではありません。そして眠っている間に見ていたのが夢だったと言うのは、誰もが違和感なく受け入れてしまう当たり前の話です。しかし、それは本当は夢ではないのです」
(やはりか)
つまりは――
「どこかの誰か、本当にいる人間と意識を共有してしまっているのだろう?」
「その通りです。夢を糧にしているのではなく、実際に経験しているのです」
3ヶ月と29年では大きな誤差があるが、今のナナカならその誤差の理由も幾つか考えられる。目の前にいる司祭に、それを漏らすつもりは全くない。もし説明したところで理解できるとは思えない。ただし、新たな疑問は生まれる。
「それほどの情報を教会が何故持っているのだ?」
そうである。王族のレイアですら、そんな事を言っていない。あの時のレイアが嘘をついている様には見えなかった。知らなかったと見ていいだろう。
「教会は地下都市で暮らしていた時の書物を現在も保存しているのです。つまり教会はナナカ様達の血族が王族となる前からの古い歴史を秘匿しております」
「……!」
それはキエル教会が王族ですら知らない知識と歴史を握っているという事。
そして知られては困るからこそ、秘匿とは存在するのだ。
「今の私では、それ以上の情報を閲覧する事は出来ません」
「その先に貴様の『求めるもの』もあるのか?」
「それについてはお答えする事を約束していないはずですが?」
このまま上手く聞き出せるかと思ったが、それほどは甘くないらしい。
「ナナカ様も夢の内容を聞かれてもお答えするつもりはない事と同じです。理解して頂きたい」
続けられた強めの言葉に追求は難しい事を知る。
(仕方がない。重要な事は聞けたのだから十分だ)
「ああ、十分に満足できる情報だったよ」
「今回は有意義な話となりました。ご理解しているとは思いますが……」
「ここで貴様も私も独り言を言っていただけだ。何も聞いていない」
誰かに話せるわけはない。
キエル教会が秘匿にしていた内容だ。それも世界の古い歴史を知っている集団。秘匿の一部とはいえ、その力を持つ本人が知ってしまったとなれば、何か問題が発生する未来は安易に想像できた。
(もしかすると、ラムルは自分の目的に俺も巻き込むために、ワザと情報を流してきたのかもしれないな……)
可能性は高い。だが、一つの疑問が解消された事は大きいと言える。何故なら夢の世界の知識がただの妄想でなく、現実と相違がない事が分かったのだから。
ただし、執務室を出て行くラムルが土産を置いていくことがなかったらの話である。
「では失礼いたしますね。あっ、そうそう、通常は3ヶ月も夢の世界に閉じこもるなんて考えられません。ただし、その様な薬が存在する事は知識としてはございます。その辺りも調べて見ては如何ですか?」
「何故、もっと早くそれを言わないん……!」
返すべき相手は立ち止まる事無く室外に消え、扉は言葉を遮るように閉ざされ、既にそこには誰も居なかった。
「クソッ! やっぱり教会連中なんて、だいっ嫌いだ!」
聞いてくれる者がいない部屋で、ナナカの言葉は過去に消えていくのだった。
ようやく物語が進み始めた気がするのは作者だけでしょうか?
と言っても巻き散らかした地雷の処理が大変な事になりそうな予感がします。
が、がんばらないといけませんね(汗)




