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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
6章 平和に裏あり
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2 表の調整は裏

 報告書はカジルの手により、大きく二つに分けられていた。

 1つは、ただ報告のみであり、言ってみれば処理済みと言うものだ。

 見て印を押すだけで終わるため、それほど時間もかからないものが多い。


 長たらしい内容を簡略すれば大した事ではないものばかりだ。


 例えば――


 一部商品の値上がり問題について、ギルド会にて調整中。

 下着泥棒を確保。百叩きの刑を執行。

 路上喧嘩の仲裁。両者納得の上で和解。

 隣の雑草が敷地内に……

 

 などなど、自分のところに本当に報告が必要なのかと疑いたくもなる物も含まれる。ただし、こういうものの間に抜け道を作って、仕事や経費を誤魔化す者も当然いるわけではあるが、そこまでこちらが管理していてはスムーズさに欠ける。


 そのうち何かテコ入れが必要ではあるが今はその時ではない。何よりも王族だ継承権を持ているだの言ったところで統治権があるわけではないのだ。自身の役割は中間管理職の様なものであり、現在のやり方を変更させる事など出来るわけがない。


 おかげでと言ってよいのか、思っていたよりは時間もかからずに処理する事が出来たのは良い結果だった。


 問題は2つ目のグループだ。1つ目が確認だけだったという事は、こちらは当然だが逆の意味を持っているに違いない。


 こちらは王都に報告する必要があるもの。色々と問題がある事はナナカも自覚している。隠す必要がある内容も当然あるだろう。面倒くさい事は間違いない。唯一の救いは見た目的にも量は多くはなく、片手に収まる程度な事くらいだ。


「姫様、こちらは当家にて準備が必要な報告書となります」


 予想通りだ。7歳である自分に求めてくる仕事ではないのではないか? と考えただけで溜息が漏れてしまうのも仕方がない。


「で、何をすればいい?」


「まずは、こちらの『消光の森』火災についてです。原因については自然火災として報告を記載しておきました」


 当然の処置。

 まさか、こちらが支援していた「勇者バモルドが放火犯です」とは報告できるはずがない。こちらを味方として見ていないものからすれば、責任問題を追求する恰好の的である。


 ただし、裏で手引きしている者に対しては意味のない秘匿行為となるが、まさか自分たちが手引きをしておいて、それを証拠に虚偽の報告だとは言う事は出来ないだろう。


 後は、あんな男でも口封じの為に殺されないように護衛する必要があるのが、少々納得が出来ない所ではあるが仕方がない。


「それで仕方がないだろうな。無難な路線だ」


「消火に関しては2日間の作業により、森への損害は大きいものの、鎮火は十分に成功と呼べるレベルであると記載しておきます。数値や経費については私の方でまとめておきましょう」


 問題がない。

 火災のレベルは大きいとはいえ、町に被害はなく、消火作業も完了している。まず、本国からの口出しもないと言える。ただ問題はここからだ。


「で、魔物との戦いについてはどう報告するかだな……」


「はい。それについては空白に近いです。何もかもが異例の内容と結果です。もちろん、そのまま報告するというのはお勧めは出来ません」


 何者かの陰謀論を唱えるには証拠がない。証人となるべきバモルドは表に出す事が出来ない。そして、一番の問題はナナカ自身が活躍しすぎたことだ。


 継承権発生の前日に6歳の王女が戦場で仮とはいえ指揮を執り、町へ向かってくる十倍近い魔物を討伐した上に、甲殻竜を自らの手で倒してしまったというのは、誰が聞いても耳を疑うホラ話にしか聞こえないレベル。


 もちろん、信じさせるだけの証拠はある。町のはずれに今も残る甲殻竜ミドアースの死体は処理について決まっておらず、その巨体は町のほとんどの場所からも確認できてしまう状況だ。あれを見れば納得せざるを得ない。


 ただし――

 

「そのまま馬鹿正直に報告すれば、兄弟や宰相達からは危険視されるだろうな」


 民衆の立場からすれば、信頼できる英雄とでも言ったところかもしれないが、権力者たちからすれば見方が全く変わってくる。


 自分たちの兄弟である王族はどう見るか?

 警戒すべき相手であり、自分たちの王座への道を邪魔するライバルだ。例えナナカが王位に興味がないと言ったところで、それを信じる者は愚か者と呼ばれる事になる。あまりにも大きな実績を作った事は、誰の目で見ても明らかなのだから。


 奴らはこう見るのではないか?

 自らの兵隊を持たない小さな王女が、その才覚一つで町を守ったと。自らの力を示す事に成功したのだと。次の王位に名乗り出るのではないかと。


 有力者や貴族たちにとっても大きな話題となる。

 『王女ナナカ』につくべきだと思う者だって現れる。

 『女王ナナカ』という未来に、自分たちの欲望と詰め込みながら。

 そこにナナカの意思など入り込む余地はないだろう。


「姫様は今でも王位に興味をお持ちはないですね?」

「よく理解しているな。出来れば普通の生活を望みたい。といっても、王族の血族から離脱なんて出来ないから無理だろうけど、権力闘争みたいなのは嫌いなんだよ」


 夢の中の民主主義社会で生きた経験が王族統治に違和感を起こさせている。国内に問題が起きていない状況なら、まだ良しとするかもしれないが、派閥が乱立している状況では常に身に危険が付きまとう事になる。


 ましてや、その中心に自らが立つなど、とんでもない話だ。夢の経験があると言っても、所詮は七歳の器なのだ。何よりも自分の判断で多くの民の未来が左右されるプレッシャーに耐えられる気がしない。


「正直なところ、私としましては姫様が王位に興味をもたれる事を望んでおります。それは権力と言う欲望のためにではありません。姫様ならこの国を良い方向に変えてくれるのではないかと思っております」

「勘弁してくれ。七歳の子供に期待しすぎだ」

「もちろん、姫様の意思に逆らうつもりはありません。ただ、ナナカ様が王位に興味をもたれる事に反対はしていない事を覚えておいて頂ければ、それで十分でございます」


 カジルがナナカの王位について、思いの内を話してくれたのは初めてだった。なんとなく雰囲気で、それを望んでいる事を感じてはいたが直に聞くと、やはり違う。


(王族の血とは、選択肢を減らす為の呪いなのかもしれないな……)


「カジルの思いは心に留めておくとしよう。だが今は継承権という名目だけを持つ、中身のない王族だ。無駄に価値だけが上がってしまえば、ただの落ちた金の卵になってしまう。今は生まれた直ぐの、ただの卵でいる振りを続ける必要がある」

「ただの卵ですか?」

「そうだ。私は飾りだ。手柄は傭兵達とマコト、余る分は……そうだな、奴に貸してやるか」

「奴……でございますか?」

「ああ、奴を呼んでくれ。司祭『ラムル』を」


 1人の戸惑いと、1人の楽しそうな笑みが執務室を満たしていた。

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