6 月に隠れる太陽
世界の奴隷にどこまでナナカが介入していくのか?
ナナカの見せる演技の中に隠れる真意とは……
まだまだ続く会見編
ナナカの受けたショックの大きさは本人が一番よく分かっていた。
分かっていたからこそ、あえて尊大な態度を取る事に集中する。
「なるほど。所詮は道具から生まれた物は道具でしかないか。当然、売るも買うも捨てるも所有者の自由だな。そして目の前にその道具が2つか」
奴隷を人間と認めない様な発言に誰も反応しないと思われたが、小さくだが奴隷のルナの視線が細くなるのをナナカは見逃さなかった。これも29年のサラリーマン生活による豊富な対人対応による営業経験が幸いしたと言って良い。恐らく、彼女は生まれた時から奴隷という事に納得しているわけではないのかもしれない。
所有権を持っている側からすれば見下す事しか出来ない存在。だが、例えば家畜達は人間達が食べるからと命を奪われる為だけに生まれてきたと納得できているだろうか?
例えそれが世界の常識と言われようが、本来なら納得出来るわけがない。強者側の勝手な理屈の押し付けである。死ぬために生まれてきた命だと理解していないからこそ、家畜は家畜で居られるのだ。
では目の前に居る2人はどうだろうか?
世界からは家畜と思われているかもしれないが、この世界以外の29年の経験をしている、ナナカから見れば自分と同じ人間。そしてルナの方は自身の命が道具レベルとして扱われる事を理解した上で心に飲み込めない何かを感じているようだ。
「名前で呼ぼうか。ルナよ」
「はい。なんでございましょう」
「名前は双方ともにルナとサンのみなのか?」
「私たちに奴隷には、それ以外にはございません」
予想はしていたがペットに苗字やミドルネームなど付けないのと同じ扱いと捉えてよさそうだ。この世界では必要がないと言う常識なのだろうか。
「2人の年はいくつになるのだ?」
「私は16歳を迎えました。弟……サンは12歳でございます」
思った以上に若い。
生まれた時より奴隷である彼らの立場からすれば年齢など飼われている年数であり、長生きは苦しさが長引くだけと考えている可能性さえあった。今のナナカには目の前にいる投棄奴隷が情報源であり、奴隷の生活など想像外だ。更にこの2人の場合は道具として出荷済である今の状況は、いつ使用済にされて肉体が土に還り大地に回収されてもおかしくない。気になる事はまだある。ここへ現れ時から2人には自分の投棄奴隷として考えていた部分とズレのような違和感があったのだ。
「せっかく勇者たちが逃げる為の時間稼ぎ用の餌であれば、ある程度育った戦力のある物の方が時間稼ぎが出来るのではないか?」
これだ。これが違和感の1つだった。強敵から逃げるのであれば餌としても戦闘力がある程度はあった方がいいに決まっている。同じ16歳とは言え、先ほどの勇者マコトが例外。目の前の2人が時間稼ぎを出来るような力があるようには、ナナカからは見えないのだ。2人に投棄奴隷として価値があるのか疑問だった。
この後のルナの返答を聞くまでは……
「通常、投棄奴隷は女性、もしくは若年層の中から選ばれます。戦闘力を求められる事はほとんどありません」
……女性……若い……?
心の中に古い童話の話が浮かび上がる。
魔物の被害に苦しむ人々が、その魔物に捧げる生贄は必ずと言っていいほど目の前のルナの様な人間。
「……勇者達よりも柔らかく上等な餌としての魅力が大事だという事か」
少しでも長く時間を稼ぐ事を重視するよりも、確実に注意を逸らせる事が大事と言うわけである。その理屈から言えば、ルナ達の服装の露出度も納得の物と見えてくる。より魔物が狙いやすくする為のスパイスと言うわけである。
「何よりも投棄奴隷は他の奴隷よりも低い地位の為、使いやすいと言われております」
地位が低い。つまりは安く買えるという事なのだろう。自身の価値を遠回しにとはいえ、使い捨てには丁度良いと言っているようなものである。そこに死の恐怖がないとは思えない。だが祈るべき神の名前を口にする事で安らぎでも得られるとでも考えている可能性はある。死こそが最後の希望だと。
「なるほどな。ルナは役目を理解していると見える。では投棄奴隷として死への恐怖をどうやって克服しているんだ? 何かの参考になるかも知れない。聞かせてもらえないか?」
一呼吸出来るか出来ないかの、ほんのわずかな時間。空気の流れが止まったかのような感覚を何も言わないルナが生み出す。ただ表情に動きはなかったが諦めたような死人の瞳ではなかった。
「私は投棄奴隷として死ぬつもりも覚悟も持ち合わせておりません」
耳に届く意外な返答にナナカは興味を持つ。
しかし現在の持ち主は動きは止まった空気の流れを嵐に変えるかのごとく顔をルナへと向けた。その表情は「逃げるつもりか!?」と言っているようにも感じ取れる。ギリギリだが口が開かなかったのは学習能力が多少はある事の証拠だろう。仮にも勇者。それくらいで声を上げてもらっては面白くない。
「身代わりになる投棄奴隷とやらが死ぬつもりがないとは、おかしな話じゃないか」
この場でルナ以外の人間にとっては誰もが思っていたであろう言葉をナナカは口にする。
「身代わりになる事を拒否するつもりはありません。それが私の役目ですから。ですが……私が死ねば、次に役目が回ってくるのは弟の『サン』なのです。身代わりになり勇者様が逃げるまで時間を稼ぐ事が私の役目です。その役目が終わるまで腕を食いちぎられようが、眼をくり抜かれようが、絶叫で声を失おうとも死ぬつもりはありません。役目が終わった後に帰ってくればいいのです。ですから死ぬ覚悟などは持ち合わせておりません。死ぬつもりがないのですから」
覚悟無き強き言葉に、ルナへと顔を向けたのはサンだった。言葉こそ発しないものの姉を責めるような視線は一目瞭然。有言実行が簡単ではない事くらいは誰にでもわかる。それでも弟に役目を回さないためにルナは生き続けると言っているのだろうか。
当然、無理に決まっている。魔物を見た事がないナナカすら分かる。勇者が勝てない、逃げ切れない相手だからこそ、投棄奴隷を餌にするのだ。誰が見ても間違いなく勇者以下であり、戦いの術も持たない投棄奴隷が、どうこう出来る問題であるはずもなかった。
「おもしろい。勇者が逃げる為に投棄され、魔物を引き付ける餌役を果たした上で、その道具は使い捨てではなく再利用が可能と言い切るか」
「生きて生きて生き残って! サンを生かして生かして生き続けさせます! それまで私が死ぬつもりなどございません!」
口元が緩むのを抑えきれなかった。
周りから見れば馬鹿な事を言っている投棄奴隷に嘲笑している様子に見えただろう。しかし、ナナカは投機奴隷の少女の湧き上がる生命の言葉に、己の心が加熱されるのを止められない。更に武者震いさえ感じられる体に抑えが効かない状況で口元が緩んでしまったのだ。
……これだよ! 世界の不条理を飲み込まない! 夢の中の言葉で言う、逆転満塁ホームランしか狙ってませんっていう感じの熱気! 嫌いじゃない!
目が覚めてから、一番の興味を小麦色の肌の少女へと向けていた。現在は好きになれそうもないバモルドの投棄奴隷ではあるが、その勇者に渋い顔をつくらせるているのであれば面白い。
「よかったな。バモルド。次の投棄奴隷を買う手間とお金が必要なくなるではないか」
そう問いかけられたような言葉に、バモルドは本気か冗談か判断をしかねている様に表情は複雑で入り混じっている。
……この姉弟おもしろいかもしれないな。仕掛け時としても頃合いだろう。丁度いい。
自身の赤髪が燃え上がりそうなほどの興奮を内側に潜ませて、ナナカは口元に先ほどとは違う笑みが刻まれるのを噛み殺している。それでも隠しきれた自信がないほどに。しかし一旦、動き出せば後の祭りである。気にする必要はないと言えた。
「奴隷がこのような考え方ばかりだとしたら興味は尽きないな。一度、私も購入するところを見てみたいものだ。カジルよ。今度、案内してくれないか?」
「ひ……ひめさま! 王族が奴隷市場に行くなど貴族達の耳に入れば良い笑いものになってしまいます! 民衆たちも要らぬ噂を立てるやもしれませぬ! どうぞ、お考え直しくださいませ!」
振られた話の内容に驚きを隠せない様子で説得にかかる。ただこれで奴隷市場がある事だけは確信できた。もっとも、ルナの奴隷の地位についての言葉を聞いた時から予感はしていた事。
「否定されると興味は強くなる一方じゃないか。市場に行けないのならば、奴隷商人をここへ呼んでみる者もいいかもしれんな。どうだ?」
「姫が市場に行かないとしても! 奴隷商人がここへ来れば同じです! どうぞ……! どうぞ! それも考え直してくださいませ!」
カジルの額から光る物を流しながらの口早な再度の説得を聞き終えると、一呼吸入れた後に会見場に居る者たちに分かるように芝居がかった面倒くさそうな溜息をついて見せた。
「あれもダメ、これもダメか。じゃあ、貴族たちは奴隷を手元に置いていないのか?」
「所有していないことはないでしょう。間接的に購入して手元に置いている方は多いかと思いますが……」
予定通りの返答。貴族や権力者にとって便利だからこそ出来た制度であるに違いないと思っていた。彼らに必要がないのであれば法で禁止されているはずである。
また奴隷市場があるという事は値段に差があるいう事だろう。一定ならば数売りで注文だけで終わるはずで市場自体が不要になる。つまりは趣味や好みで高い値段で買う人間がいるという事だ。必然的にお金を持っている貴族や商人などの富裕層が需要価格に関わってきている事は予想の範囲内である。
「では、世間に分からないように買えば問題がないという事だな」
「ど……どうしても姫様が譲れないと言うのであれば、そのような方法もあるというだけです」
「話を聞いていて状況も分かった上で、この姉弟のように面白い奴隷の需要がここにあるわけだが、勇者バモルドならば購入出来そうな人物に心当たりがありそうだな」
ナナカの遠まわしの発言に、バモルドは「察して譲れ」と言っている空気を理解できたのであろう。先ほどまでの緊張はどこへ行ったのか、その顔は勇者の立場や尊厳など捨て、利益を求める政治家か商売人の様に営業スマイルへと移り変りつつあった。どうやら勇者よりもこちらが本来の顔と言ったところか。現実の世界は思った以上に楽しめそうかもしれない。
小さな赤髪の姫は演技の終了を告げる時間が近い事を感じ取っていた。
2018.11.09
描写と表現の追加と変更しました。




