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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
6章 平和に裏あり
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1 戦いの報告

一つの戦いは終止符を迎えた。

ナナカは、それが何を意味するのか知る事となる。

 空はまるで見るものの心を映し出すかのように日の光を遮っている。

 大地を濡らす空の落し物は、もし数日早ければ恵みのものとなっていただろう。

 今の状況では心の影を大きくするだけの無駄な演出にさえ思える。

 火事の後には降る事が多いとは聞いたことがあるが、自身で体験するのは貴重ともいえるかもしれない。

 それに自身以外のとっては十分に恵みになっている可能性だってある。

 感じ方は人それぞれ。

 太陽の姿だって、日が変われば見たくない時だってあるわけだ。

 そう、色々ありすぎたのだ。

 そのツケが、ナナカの元に流れ込んできたのが全ての原因だ。


「あああああっっっ!!! なんなんだ!? この報告書の山はっ!!!」


 この日、ナナカが最初に驚いた事は、この館にも執務室があった事だ。もちろん、そんな事は扉を開けた後には霞むような驚きであった。


 紙、紙、紙。

 報告書、報告書、報告書。

 見たくない、見たくない、見たくない。


 ナナカ自身も完全に忘れていた事だが、今日でようやく7歳を迎えたのだ。起きた自分を、いつものようにメイド達の着替え地獄が襲ってくるまでは、いつもの朝と変わらなかった。


 その後に早速とばかりにカジルに「秘密の場所へ案内します」と、この執務室へ連れてこられたわけである。


(騙された……)


 カジルが騙したと言うのは語弊がある事は、もちろん理解しているつもりではあった。7歳というのは王族としての権利を与えられたわけである。権利には義務もセットになって運ばれてくるわけで……。目の前に広がる光景は、その義務と言うわけだ。


 そう、今日はナナカの7歳の誕生日。


「姫様。本日からはこちらでお仕事をして頂く必要がございます」

「えへへっ……、わたしぃ~~わかんな~~~い」


 使い慣れない口調で抵抗を試みるも、返ってきた視線はとてもとても鋭く、演技である事などは当然ながら見抜かれている。何よりも下手に言葉で返してこないだけ迫力がある。


「ほらっ! その前に朝ごはん! お腹が空いては仕事は出来ぬって聞いたことがない?」

「私は聞いたことがございませんね。心配なさらなくても、こちらで済ませられるようにメイドに手配済みです」


(おうっ、いらないところで変な気遣いをっ!)


「ここで食事なんて、レディとしては、すっごくみっともないと思わない?」

「では、他の者に見られないように、食事は私が運びましょう」

「いや、そうじゃなくて……」

「心配しなくても、おやつも準備致します」

「あうっあうっあう……」


 完全包囲網だ。

 魔物以上の威圧をカジルが放ち始めるのを感じる。

 ここから出す事なんて考えて居ない。

 つまりはこの密室から逃げる事を許す気などはないのだろう。


(幼女を監禁するなんて、夢の世界では犯罪行為扱いだ! ここが現実世界である事が悔やまれる……)


「ちょ、ちょっといいかな……? これ何日分なの?」

「火事の日からの物になりますので、3日分程度でしょうか」

「つまり3日で机から落ちそうなほどの量が積み上げられるわけか……」

「色々ございましたからね。それだけに今回は特に多くの報告書が必要となりました」


 確かに火事から始まった、今回の事件は大規模な出来事だった。火事の原因から、被害範囲、経過、損失、経費……相当な量になる事は仕方がない。そこから魔物からの防衛戦。


 なるほど、こちらは火事などは比にならない程の報告があがっているに違いない。あの戦いは、今思い直しても奇跡的な勝利と言っても大げさとは思えない。それだけに、その軌跡を書き記した報告が多くなるのは避けられないという事だろう。


「そういえばシェガードとシェードはどうしてるんだ?」

「叔父上とシェードなら、昨日の戦勝祝いの酒で潰れたままの様です」


 そう。昨日は戦いの間も大変だったが、終わった後も大騒ぎだったのだ。毒にやられたシェガードは、ルナの血を飲む事によって解毒に成功していた。何か秘密があるようではあったが、シェガードから「今は聞くな」と言われた。


 聞かなくてもルナなら、きっと自らの口でナナカに教えてくれるだろう。その時まで待てばいい。

 

 そして町へ戻る時にもスライム……これは忘れたい記憶だ。


 一番の騒ぎは町に戻ってからだろう。大きな爆発音と傭兵たちの勝利の雄叫びに釣られて戻ってきた住民たちが、状況を確認しようと町の入口で集まっていた。


 人々が見たものは町の外に見える動かぬ巨大な甲殻竜と戦士達を従えて町へ帰ってくるナナカの姿だった。誰もが2つの光景を目にして、その意味を理解したのだろう。魔物たちに勝ったのだと。


 その瞬間に湧き上がる『ナナカ姫』への賞賛の渦は、それまで静かだった町の空気をも砕き呑み込んだ。


「竜姫ナナカ様の誕生だ!」「王女ナナカ様の覚醒だ!」「勇者と王女を兼任されるナナカ様!」


 迎えられた方としては戸惑うばかりである。

 ナナカ自身、これほどの人間の中心で主役と英雄扱いされるのは初めてだった。そしてそれは傭兵たちも同じだった。


 あくまでナナカが主役とはいえ、傭兵たちにも感謝や賞賛は多くむけられた。


 本来は傭兵とは金で雇われ、用が済めばさっさと帰らせられる。ただし、それは正規軍が居ればの話である。雇われた時の金には、手柄と名声も含まれる。つまりは傭兵が活躍すればするほどに、雇った側がそれらを得ていくわけである。


 ところが今回は違う。正規軍などいないのだ。巻き上げていく者がいない勝利である。更に正式な継承権も持たぬ、小さな王女の願いにより集まった義勇軍であり、命を顧みず町を救ってくれた英雄たちだ。


 これで感謝しない人間などいるのだろうか?


 普段は金で争い事を請け負う汚い職業と見る市民も多いが今回は株を上げるだけ上げたと言えるだろう。もちろんナナカとしては後日、それ相応の恩賞金をギルドに対して払う必要があるとは思っていたが、もしかすると必要ないかもしれないと思ってしまうほどに、傭兵たちの顔には満足が見て取れた。


 その後、傭兵たちは町の人間達の厚意により、酒場が無料開放されて朝まで飲み明かしたらしい。今頃潰れているに違いない。


 つまりは……、今日はシェガード達の手助けは期待出来ないという事。


(いや、まだだ! マコトが居るはずだ!)


 実は戦勝祝いでは未成年のナナカと飲めないらしいカジルの他に、マコトもそこに加わっていない。


「あっ、姫さま。レイア様、マコト様、ルナは今朝から花摘みに出かけておりますので、本日は私が姫様を全力で護衛させて頂きますので宜しくお願い致します」


(終わった……)


 こうして護衛と言う名の実質的な監視役カジルとのマンツーマンの戦いが始まるのだった。

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