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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
5章 ベルジュ防衛戦 後半
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+0.5 奴隷の大事なもの(後編)

チョイ話の後編です。

 駆け付けた時、地面に背を付けたシェガード様は何かに耐える表情のままで視線は空へと向けられていました。

 私にも見えていたのです。近くにいたカジル様とシェード様ならば状況を正しく理解しているはずでした。


 ただ、理解しているのに、この状況を打開する事が出来ずに苦悶の表情を浮かべているようでした。

 そんな2人にすがりつくように「何とかしてほしい」と繰り返すナナカの姿は私の心に大きく突き刺さりました。

 何故、このような状況になったのか疑問を投げかける私に、カジル様が応えてくれました。


 あの時にシェガード様が使用していたのは風の魔法障壁。

 これは私も予想していた事であり「やっぱり」と思いました。

 分からないのは、その先です。


 次にナナカ様が具現化した魔法から感じられたのは炎の属性と風の属性。

 初めて使う魔法で2種類の属性を持つ魔法の具現化に成功したと言うのです。魔法に詳しいとは言えない私からすれば、それがどういう事を指すのか理解出来ませんでした。もちろん、あり得ない事ではないらしいのですが、相当の想像力と経験を要するというのです。


 では、それを何故ナナカ様が使えたのか?

 答えは消えた風の魔法障壁。炎の魔法しか想像していなかったナナカ様は知らず知らずのうちに甲殻竜さえ黙らせた、あの爆発に必要と思われる、もう1つの属性である風の魔法を自分の周囲にあった風の障壁から取り込んだのだと。


 そうなると風の障壁を生み出していたシェガード様は間接的に魔力を抽出される形となり、あれだけの成果を生み出す為の魔力を枯渇するほどに抜き取られたのではないかと。


 その証拠に魔力どころか、源となるべき生命力すらも大きく失われているのだと。もし、それだけでなら一日休むだけで問題は解決だったが障壁が失われた後の獣蜂の毒針による攻撃が現状を生み出しているのだと言う。


 つまりは生命力が落ちている、今のシェガード様では毒に抵抗するだけの力が残っていない。もちろん塗り薬による対応は既に完了しているようでした。ですが、それだけでは足りない事は私にもわかります。


「後は神に祈るしかありません」


 そのカジル様の言葉にナナカ様は納得する様子がなく――


「神だって!? 祈れば助けてくれるのか!? 何もしてくれない奴なんて悪魔と何が違うんだ! ……そうだ! 魔力が回復すれば……魔力をシェガードに分ければいいんだろう!?」


 頷く者は1人もいませんでした。無理である事は私でも分かりました。


 魔力には大小はあれども誰もが持っているものであり、その人間特有の性質を含みます。抽出するのは不可能ではなくても、他人の魔力を取り込む事は自殺行為に等しく、体内で反発し合う事で命の危険にさらされる可能性も高い為にタブーとされています。可能性として、親族であれば高い可能性で適合する事がある事は知られてはいますが……


 私の視線に気づいた親族の2人でしたが、その表情を見る限りは出来ない事を示していました。恐らく、戦闘でほとんどを使い果たしたのでしょう。シェガード様ほどの憔悴を浮かべてはいないものの、2人も何時倒れてもおかしくない様子でした。


 当然とも言えました。

 風魔法を使い続けた後に甲殻竜すら倒してしまった炎の魔法から、ナナカ様達を守る為に風の魔法により強引に火柱を捻じ曲げたのです。


 恐らくは咄嗟にあれで全てを使い果たしてしまったのでしょう。ナナカ様が使った魔法の返ってきた一部ですら大の大人が、それほどの魔力を消費しなければ対応できなかった事実は出来たばかりの友人との距離を感じてしまいました。


(私はナナカ様と友達でいる資格があるのだろうか? 私はナナカ様に何が出来るのだろうか? 私はナナカ様に必要な存在なのだろうか?)


 その葛藤は土子族で禁じられた行為へと走らせるには、十分な効果を発揮したと言ってもよいでしょう。



 ――この国で全ての土子族が奴隷として扱われる事になった、大きな原因。



 ナナカ様の足元に落ちているナイフを拾い上げると、強い決心を込めて正面に構えました。


 自体を呑み込めない3人が、それを目の前で構えている状況に理解できない表情を浮かべています。ただ1人だけ。意識が朦朧としているはずのシェガード様だけが……


「まさか……。ダメだ……! やめるんだっ……」


 たぶん、知っているのでしょう。先代王と関係のあるシェガード様なら知っていても不思議ではありませんでした。むしろ当然かもしれません。そして私を止めるという事は私の行為は良い方向に進むものではないと判断したという事。


(ですが……!)


 握られたナイフを迷いなく横に引く。

 自身の左腕の上で――

 ほどなく浮かび上がる紅い影。

 それは線となり、糸となり、滴となり大地に落ちる。


 シェガード様以外は何が起きているのか理解できず、対応に困っている状態でした。


 当然と言えば当然。いきなり武器を手に取り、それで自らを傷つけるなど土子族の秘密を知る人間でなければ、その意味を分かるわけもないのです。


「馬鹿野郎がっ……」


 その言葉を呑み込むように、出来る限りの微笑みを返しました。


 ――後悔はしませんと言う意思も含めて


 私は紅く染まり始めた腕を馬鹿と言ったその口へと当て、滴を流し込んだのでした。


 結果としては、それほど時間を置かずにシェガード様は動けるようになりました。もちろん、自力で歩けるまでは回復出来ず、お仲間の傭兵に肩を借りながら戻る事になったですが、娘と甥の肩を借りる事だけは徹底拒否を貫いておりました。


 シェガード様曰く――


「ここでお前らに肩を借りたら、今朝シェードにお姫様抱っこされたカジルの姿を馬鹿に出来なくなる」という事らしいです。


 ただし、腕の治療を終えたばかりの私にも一言。


「さっきの事は今度、お前の親に代わって説教してやるから覚悟しておけ」と怖さに加えて、ちょっとだけ嬉しい予定を頂けました。


 ナナカ様からも……


「どういう事かは分からないが、今後はあんな無茶は友人として許さない」


 などと、一番無茶をしていた友人とは思えない言葉でしたが、ちょっとだけ距離が縮まった気がしました。そして、いつか本当の意味でナナカ様の隣に立てるようになりたいと願います。


 あっ、そういえばナナカ様にとっては、これが本日最後の戦いではありませんでした。帰り際に厄介な魔物……スライムさんに襲われた様ですが、メイドさんたちの間では心配する声よりも、何故か「萌える話」として話題になっている様でした。「萌える」の意味がよく分からないのですが、いずれは教えてもらわないといけないと心に誓いました。


 こうして私にとって、長い長い一日が終わりを迎える事が出来たのでした。

これで本当の意味で5章終了です。

6章は戦いの後の話になります。


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