+0.5 奴隷の大事なもの(前編)
5章13話の続きを別の視点からのチョイ話となります。
私は先週までは何時死ぬかもわからない、土子族の投棄奴隷でした。
そんな私を買ったのは初めて会ったはずのお姫様でした。
私は餌として投棄されるだけの存在から、ただの奴隷になったはずでした。
ところが姫様の望みは違いました。
求められたのは友人になる事。
それまで何時死んでも可笑しくない奴隷が、一国の姫様と友人だと言うのです。
聞いた瞬間は冗談か、もしくは何か王族の遊びの延長なんだなと思いました。
当たり前ではないでしょうか?
だって、身分の差が違いすぎます。
餌扱いの奴隷が数日で王族と友人関係になれるわけがありません。
でも姫様の眼は真剣でした。
騙そうとしている様子もなく、見下している表情にも見えません。
そして私は視線を外してしまいました。
姫様の表情に吸い込まれそうなほどに感情を揺さぶられたから。
でも、その感情は嫌なものではありませんでした。
私にとっては生きてきた中で最も心地よい瞬間でした。
だから返事は既に決まっていました。
その時の姫様の嬉しそうな顔は私の宝物となったのでした。
数日後、弟の予知により事件は始まりました。
町に大きな被害が発生すると言う予知。
これは土子族の一部の者が生まれながらにして持つ力。
自らの意思で操る事の出来ないとはいえ、土子族が生きていくために必要だった力。
地下都市から移住してきた人間達と違い、地上で脅威に晒され続けても、この力があったからこそ土子族は滅ぶことはなかった力。
力の示す危険を姫様に伝えると、シェガード様の娘であるシェード様の情報と合致。これが町へ向かってくるであろう、魔物との戦いの始まりだったのです。もちろん、この時、本当の脅威が蜂だとは誰も思っていませんでした。
◇◇◇
現在――
本当の脅威である蜂と甲殻竜に、シェガード様とマコト様。そして、とてもとても大事な友人であるナナカ様が立ち向かっています。
強い2人に守られているとはいえ、私よりも小さな友人が自身の何十倍もの巨大な魔物へと立ち向かっているのです。気が気ではありません。あの大きな体の持ち主である、シェガード様ですら、甲殻竜に張り付いた姿は滑稽なほどに小さく見え、その腕の中に居るであろうナナカ様に至っては、私の視線からはとても見えませんでした。
原因としては遠いからだけではなく、何かしようとしている2人の周りだけが薄い何かで包まれている様にぼやけて見えているからでしょう。
その現象を聞いたことはあります。たぶん、あれもそうなのでしょう。それは魔法障壁。動きを止めて防御に徹する際に使う魔法だと。実際には大した防御魔法ではないと聞いたことがあります。その為、戦場で使われる事はほとんどないと。
しかし、今回の様に蜂程度であれば効果を発揮している様子です。蜂達は取り囲むように飛んでいますが、近寄る様子を見せていません。ぼやける視界が蜂にとっては近寄りがたい効果を与えているのかもしれません。
ところが、上手く運んでいるように見えた状況は一瞬で変わりました。
それは2人から光の塊が飛んでいく直前でした。
薄い何かが消えたかのように、ハッキリと2人の姿が見えてしまったのです。
つまりは、魔法障壁が消えたという事。
その瞬間に取り囲んでいた数匹の蜂が、シェガード様の背に襲い掛かるのが見えました。明らかに攻撃を受けたはずのシェガード様でしたが微動だにせず、ナナカ様のナイフから光が放たれると同時に甲殻竜から飛び上がるように離脱しました。
直後でした。
かなり離れているはずの私の耳の奥を振動させる、重い音と光を運んできたのは。
あの馬鹿らしいほどに大きな甲殻竜が自分が内部で発生させたかのように火を口から吐き出し、更には身にまとった酒に引火して火だるまになったのです。
誰もが討伐は無理だと心の中で思っていた魔物の生が尽きた瞬間でした。
皆、喜びの声を上げる事も忘れていました。
当然かもしれません。倒せると思って動かなくなったのであれば、心に準備はあります。ですが、何の準備もしていなかった心と頭が、今の状況に追いついて行くわけがありません。
その会心の出来事に、ようやく人々の頭が追いつこうかと言うときに問題は発生しました。
勝利を確信したナナカ様がカジル様に駆け寄った後、その身をシェガード様へと向けた瞬間に向けられたはずの巨漢は膝を折って倒れてしまったのです。直後に聞こえたナナカ様の声を合図にするかのように私は走り出しました。
初めて出来た友達の悲しそうな声に引っ張られるように……
はい。チョイ話も2話かよ!? と思った方、申し訳ありません。
ちなみに本編でもよかったと言われそうですが、チョイ話にした理由が後編を読めば分かるかもしれません。




