13 創造の魔法
ナナカは戦場から意識を取り払う。
外界の事を忘却するかのように。
強い炎とはなんだろうか。
辿り着いた答えは3つ。
例えば、炉の中の様な炎。
確かに強そうだ。
金属の加工に使用される熱は楽に800度を超える。
イメージとしては悪くはない。だが瞬発力が高いとは思えない。
なぜなら、炭火の上を歩く祭りを聞いたことがある。
一瞬の接触ではそれほどのダメージを受けないからこそ、可能な行事。
時間のかかる攻撃は状況的に厳しい。
今、必要なのは瞬間的な効果。
(違うこれじゃない!)
では高熱の光線の様なものはどうか?
十分な威力を一瞬で与えれるだろう。
だが、肝心の標的が見えてない状況で当てる事が出来るわけがない。
(ダメか……)
となれば残されたのは1つしかない。
問題は最後の選択肢に自信がない。
もちろん、前の2つとて自信があるとは言えないが、最後の選択は単純な炎とは違う。仕組みは理解しているつもりでも具現化とやらに成功するだけの創造を行えるかの不安がある。
何しろ、直接的に魔物を傷つけるほどの魔法を見ていない。
ナナカは素人どころか、魔法自体が完全に初体験なのだ。
それなのに今、一番難しい選択をするしかない状況。
しかし迷っている暇はない。
おそらく効果的な魔法はこれしかない。
(やるしかない!)
強い強い炎――
熱い熱い炎――
濃い濃い炎――
圧縮に圧縮を重ねて圧縮を繰り返す――
着弾と共に圧縮された力を開放するイメージ――
夢の記憶の「爆弾」と言う名の兵器。
ナイフが具現化を待つかのように赤い光で点滅を繰り返す。
手元で発動するのではなく、あくまでも着弾と共に解放しなければ、爆風はもとより、アルコールに点火してシェガードとナナカも黒焦げである。それは初めてにしては複雑すぎる具現化。しかし、イメージが魔法を生み出すのであれば不可能ではないはず。
「お嬢! 自信をもって、ぶっ放せ!」
自信を持ち切れていないナナカを見透かしたかのように、頭上からの声は全身を震わせ力を与えてくれる。
「魔法を発動したら直ぐに離脱してくれ! シェガード!」
「任せておけ!」
(後は解き放つだけだ)
夢の中で「言葉が魔法を強める効果もある」と言われた事を思い出す。
(やれる事は全て出し尽くす! 出来る限りの強さを言葉でイメージする!)
「この炎に焼き尽くされろ! 炎魔法 インフェルノ!」
ナイフから光の弾が生み出される。
大層な名前の割にはナナカの片手に収まりそうな大きさ。
それは紙飛行機を投げたような速度でミドアースの呼吸口へと吸い込まれていく。
正直、ナナカ自身は失敗したと思っていた。
いくら圧縮をイメージしたとはいえ、あんなに小さくて弱々しい速度で飛ぶ光の弾が成功と呼べるわけがないと。
たぶん速度については、圧縮と威力に集中するあまり、具現化後の速度にまでイメージが回らなかったことが原因。魔法効果については外れる事はない状況とはいえ、下手をすれば直ぐにでも消滅してしまう可能性すらありそうだ。現状は薄っすらと前に進んでいるだけマシと言えるかもしれない。
――しかし、シェガードの行動が落ち込む寸前の思考を断ち切る。
「これはやべぇ! 間に合うか!?」
鍛え上げられた両足から生み出される空への加速は、胸に抱かれたナナカの呼吸を一瞬止めてしまうほどの衝撃。呼吸が止まりながらも視界に映った、次の光景は呼吸が止まったくらいは仕方がないと思うしかない状況だった。
吸気口へと吸い込まれた魔法「インフェルノ」はイメージ通りにミドアース体内で爆発を起こしていた。
爆発を真っ先に感じたのは体。
大気すら揺らす爆発は離れた場所に居る傭兵たちにも伝わっていた。
次は全ての音を打ち消す爆発音。
低く重い音は心臓の鼓動すらも止めてしまいそうだ。
最後に訪れたのは炎の乱舞。
体内を暴れるそれはミドアースの内部で出口を求めて穴と言う穴に殺到していた。
口からは自らの舌を伸ばすように、代わりに炎の柱が真横へと伸びる。
瞳は爆風の圧力により、今にもこぼれて落ちそうなほどに飛び出し、血の泡を吹く。
それは魔法を吸い込んだ穴にも例外なく現れる。
噴出した炎が空へ離脱した、シェガードとナナカにも襲い掛かる。
「まにあわねぇ!」
巻き込まれる事を諦めたシェガードが、ナナカを包むようにして後方に体をひねる。少しでもナナカへの被害を抑えるための身を挺した行動。
――しかし目の前に迫る炎の爆風が二人を呑み込まんとした瞬間、突風が炎を上空へと捻じ曲げた。
何が起こったのか空を舞う2人には一瞬理解出来ない。
先に気付いたのは当然ながらシェガード。
大地へと視線を向けた先……突風の発生源にはカジルとシェードが安堵の顔を浮かべて、こちらを見つめていた。
(2人の魔法に助けられた……)
危機から脱した直後、地上に降り立ったシェガードだが、さすがにいつも笑みはなかった。無理もない。魔法を使ったナナカ自身も予想外であり、予想以上の威力だったのだ。きっと脱力したのだろう。
「姫様! ご無事ですか!?」
落ち着く間もなく駆け寄ってきたのはカジル。
その表情からは自分たちに迫った危険が、ギリギリのタイミングの回避だった事を示す焦りが、まだ残っていた。ナナカは無事である事を示すように、シェガードの腕の中から飛び降りるとカジルへと歩み寄る。
「ああ、大丈夫だ。ありがとう。助かった」
「姫様が、あれほどの魔法をお使いする事が出来るとは知りませんでした」
「それは使った本人が一番驚いているよ」
完全に失敗だと思っていた。
シェガードが危険を察知した時ですら、そこまでの危険をナナカ自身は感じていなかった。離脱は指示していたものの、あそこまでの危険が身に迫るのは予想外だ。
後日、カジルから聞いたところによると、あれほどの光を放ちながら具現化された魔法は滅多に見る事が出来ないらしい。それだけにある程度、魔法に接した経験の持ち主なら具現化された瞬間に、その危険度を理解する事は難しい事ではないらしい。
それをまともに受けたミドアースに視線を移す。
完全に活動を止めていた。
口からも目からも流れるそれが、大地に鮮やかな絨毯を敷きつめていく。
体全身で引火したアルコールが燃え続けている。
立ち上る煙は辺りに焦げ臭い肉の焼ける匂いを漂わせる。
内部に居た女王が生き残れる状態ではないだろう。
巣となっていたミドアースですら、死んでいるであろう事は誰の目にも明らかだ。
何よりも、残っていた獣蜂が統制を失ったようにバラバラに散開していくのが、その証拠。
後は事前に用意していた油を染み込ませた布に火をつけて、戦場に弱って残った獣蜂を包むようにとどめを刺していくだけだ。
「獣蜂の女王をやるだけの作戦が、まさかミドアースまで倒してしまうとは……」
カジルの言葉は誰もが感じたことだろう。
ミドアースを倒すことが目的はなかった。
女王を倒す事が出来れば十分な成果だと。
それがまさか、6歳の王女が1発の魔法で両方を倒してしまったのである。驚いていない人間がいるわけがない。
しかし、あの威力を生み出したのが全てが魔法の力だけではない事を今ならナナカには理解できる。もちろん魔法の力が低かったとは言いはしない。十分にナナカにとっても予想以上の出来だった。
ただ、あれほどの成果を上げれた原因は密閉空間での爆発だったからではないか。爆発と言うのは十分に広がる空間があれば、その威力に準じた強さを発揮するだけである。だが、その空間が狭ければ狭いほど、逃げ場がなければ逃げ場がないほどに破壊力を上げる。
例えば、ある爆発物でも無傷の板があったとしよう。しかし、その板で爆発物を密閉してしまうと、あっさり爆風で板は粉々になってしまう。今回の結果は同じ事がミドアースの体内でそれが起こった事による勝利だ。この場ではナナカだけしか理解できていない可能性が高いようではあるが。
「シェガードの力と判断力がなければ、2人とも丸焦げだったがな……」
言葉と共に背後のシェガードに振り返る。いつもの笑みを期待して。
ナナカの期待していたものは、そこにはなかった。
あったのは重力に引かれるように膝から崩れ落ちる巨体の姿。
ここまでの戦闘で何があっても、訪れる事がないと思っていた光景だった。
「シェガード!」
勝利で賑わうはずだった戦場に、ナナカの叫びが響き渡った。
なんとか5章終了。
次話はいつものチョイ話になります。
2015.9.27
描写と表現の変更修正を致しました。




