12 これが魔法使いへの第一歩?
マコトの提案により、ナナカ自身が魔法を使う事を決断する。
魔法への過度な期待と現実の魔法の力の差に不安を持ちつつも、残された道を進む為に準備に映るが……
マコトから伝えられた事は多くなかった。
戦場にいるのだから仕方がないと言えば仕方がない。
ナナカを魔法執行者に選んだ理由は昆虫系に有効である炎魔法の威力が一番高い効果を発揮できる可能性が高いからだという。
それぞれの人間に合った魔法は容姿に現れやすいとは以前にもカジルに聞いていた。つまりはナナカの赤髪は得意魔法の現れと判断したという事。
ただし、ナナカとしてはカジル達の風魔法を見る限り、本当に自身の操る魔法が女王を殺す事が出来るだけの効果を発揮できるかは心配ではある。とはいえ、今の状況では選択肢は残されてはいないようだった。
やる事としては魔法の精製まで行えば、ナナカの持つナイフに具現化するだけの状態へと、マコトが魔力サポートしてくれるらしい。ちなみに飾りと思っていたナイフが王族が持つに相応しいクラスの魔具である事を、ここで初めて知らされた瞬間でもあるが、驚いている場合ではない。後、残された大きな問題は具現化が出来るかどうかという事だけだが……
「姫様、具現化は想像力です。年を重ねた魔導師が、強く大きな魔法を使用出来る理由はここにあります。想像力とは経験と知識によるところが大きいのです。魔力が高いに越したことはありませんが、大事なのは強いイメージと魔法の濃さです。本来は存在しないものを魔力を通じて実在させてしまうのが魔術なのです。ですから、絶対に魔法の存在を否定してはいけません。そして想像を現実にしてください」
(結構な無茶を言ってくれる……)
魔法を使うところを見たのは今回が初めてではない。目の前で使うところを見ているのだから、魔法の存在を信じていないという事はあるわけがない。ただし、それは風魔法だけである。
「炎の魔法なんて見たこともないぞ? 想像しろと言ってもどうすればいいんだ?」
「イメージする為に、必ずしも他人の魔法を参考する必要はありません。実際の炎を想像すれば良いのです。とにかく姫様の知っている出来るだけ強い炎をイメージしてください。それが出来たら、呼吸をするようにナイフから魔力を吐き出してください。きっと具現化出来るはずです」
「試しに、ここで一度……」
「ダメです! 無駄な魔力の消費は行けません! 大丈夫、大丈夫です。姫様ならきっと出来るはずです」
不安は残るものの根拠もなしに大丈夫などと言っている様には見えない。ナナカ自身では分からない事もマコトには見えているかもしれない。今は信じるしかない。
「分かった。マコトの信頼に応えて頑張ってみる」
ナナカの心の不安を含む表情とは反対に、マコトからは心配しているような表情は見られなかった。
◇◇◇
2人が準備している間、戦場は急激に変化していった。
ナナカからの指示により、地面に投げていた酒はミドアースに直接叩きつけられていった。それほどの時間を待たずとも、その効果は戦場に居る誰もが感じ始めている。
アルコールを直接触ったことがある人間なら経験があるのではないだろか。
接触した部分が冷たく感じる事を。それが全身にぶっかけられているのである。武器で攻撃するとの違い、液体が付着する事を防ぐ事は難しい。甲羅に守られているとはいえ、体の一部だ。全身を濡らすアルコールによる、気化の温度低下を防げるわけもない。
更に追い打ちをかけるのは、シェガードも認める自身の娘シェードの風魔法。それは低気圧の勢力を大きく発達させ温度低下を加速させる。ナナカからは「風魔法をミドアースに当ててくれ」という指示をだしただけ。疑問をぶつけてくることもなかった。たぶん本人は理解してないがナナカの指示を忠実に実行している。
もちろんカジル達と同じく、ミドアースに魔法で傷をつける事は出来ない。だが威力は方は先ほどのカジル達3人よりも高い事は認識できる。小さな竜巻のようなものまで発生している事がその証拠。
急速な体温低下のより、ミドアースは、ほとんど動けなくなっていた。獣蜂たちと違い、その身に酒を直接浴びたことの意味は大きい。巨体の表面温度は氷点下に近いかもしれない。真冬の空に放り出されたようなものだ。真冬に亀や蜥蜴が活動できるわけがない。
あの巨体と言えどもそれは同じ。ただ生命力はダントツの差があるだろう。その体内にいる女王は影響を受けてないと見るのが正しい判断だろう。つまりはナナカが魔法で体内に攻撃を仕掛けなければ終わらない。
夢を思い出す。
あの男は言っていた。
人間とは一つの生命ではなく、生命の集合体だという事を。
それを信じて体内の無数の生命の流れを感じ取る。
今からやる事は生きている上で無意識に命令を出している行為を遮断して、逆に魔力という力を分けてもらう感覚。
間違いなく感じ取った、あの感覚を再現するために。
「姫様、魔力が精製されています! そのまま維持してください! 私が発動可能状態に誘導します!」
対面するマコトはナイフを握るナナカの手を両の手で包み込む。
己の胸に熱のように感じる魔力と思われるものは、マコトの手と魔具であるナイフに引っ張られるように発生する熱と共に体内を移動していく。移動する魔力からの熱は自身を焦がすものではなく、温泉に浸った時の様に心さえも温める感覚。それは心地よいもの。
やがてナイフは光を吸い込んだかのように、刀身にほのかな光を灯す。これで準備が出来たことをマコトは頷きにより示す。
(これが俺の魔力……)
自分の残された仕事は具現化のみ。視線を魔法を叩き込むべき相手へと移す。
「マコト、護衛を頼む! シェガード、私を奴の呼吸口まで運んでくれ!」
マコトはナナカの視線の先へと向きを変えると銀槍を2本の短剣へと変化させる。対象は獣蜂。過剰な攻撃力よりも手数と速度を重視した武器の選択。
シェガードの方は待っていましたとばかりに片手でナナカを軽々と持ち上げると自身の大きな肩に座らせる。いくらシェガードが大きいとはいえ、この時に直接肌で感じた大人との体格差に忘れかけていた自身の6歳と言う年齢を実感する。
(夢の記憶のせいで変に大人でいるつもりになりがちだが、現実世界では6歳という事を忘れそうになるな。果たして、この戦いが終わった後に館の人間、町の人間、国の人間達はどう自分を評価するのだろうか?)
この戦いでナナカが示した力は飾りのままでいる事を許さない可能性がある。
兄弟たちが自分たちの強敵であると認識する可能性もある。
「王位継承権を正式に授かっていない6歳の姫が最前線で魔物を討伐する」という異常な実績が出来上がってしまうからだ。
状況が状況なだけに仕方がなかったとはいえ、どう考えても目立ちすぎである。
(ダメだな。既に勝った後の事を考えていては。今は戦いと魔法の具現化に集中しなければ)
無理矢理に未来の事を頭の隅に追いやり、シェガードへ作戦開始を視線で合図する。シェガードは、いつものように悪戯坊主の様な笑みを合図にミドアースに向かい走り出す。
肌に感じる風の勢いは馬に乗っている時と変わらない。もしかするとそれ以上だろうか。それは思わず手に握るナイフを落としそうにもなった程に。
走り出したシェガードを追い越し前方を走るマコトは、その速度の中でも向かってくる獣蜂を的確にルートから排除していく。戦闘経験などないに等しいナナカの目から見ても、やはり強い。もしかすると獣蜂を減少していなくても、突破出来たのではないかと錯覚すらしてしまいそうだ。
だが華麗な双剣での艶舞だったが見とれていられる時間は少なかった。
シェガードは既にかなり弱っている、ミドアースの側面から呼吸口に張り付くと「ここからは、お嬢の役目だ」と器用に片手でぶら下がりながら、もう片方の腕でナナカを自分の胸の前へと抱っこする形へと体勢を変化させる。簡単に口にした言葉だったが、それはあくまでも6歳の少女を緊張させない為の優しさだったかもしれない。ならば、ここはこちらも多少の冗談を含ませる返答を選ぶ。
「ああ、やるとも。成功させてやる。ここで失敗したら苦情が来そうだからな」
少女の言葉に満足したような軽い笑いが聞こえた気がしたが、確認する為に振り向くことはない。今は前に集中するべき時だから。
近くで見る吸気口は遠くで見た感じより気持ち悪い。
これだけ大きな蠢く呼吸口が全体から見れば、ほんの一部だと忘れてしまいそうだった。
うっかりシェガードが手を放してしまえば、ナナカくらいならば呑み込んでしまいそうである。そして出入りする風は、シェードの風魔法にも負けていないかもしれない。
一番の問題は匂いがひどい。この匂いには記憶がある。
時間の経過した生ゴミの匂いと、菓子を焼くときの甘い匂いが混じったもの。
動物の死体が腐敗するのではなく”発酵する”と同じような匂いになる。ちなみに、これも夢の中で仕事中に経験した体験。
(思い出したくもない事を思い出させやがって!)
必要としていない思い出を振り払うかのように、魔具であるナイフを吸気口へと向ける。初体験となる魔法を、一匹で安全な場所に隠れている女王に叩き込むために。
今、失敗の許されない、初体験となる魔法に挑戦する時が迫っていた。
2015.9.26
描写と表現の変更修正を致しました。




