9 酒と風と大地
ついに最後の決戦の戦場を迎えるナナカ達。
最終防衛ラインを前に人間達が勝てる可能性は?
闇が支配を強める時間が迫っていた。
同じく、大きな暴力と災害も近づいているに違いない。
ここを突破されれば500m程で町への侵入を許すことになる。
それは人間側の決定的な負けとなる。そんな事になれば、この戦いで死んでいった者たちの意味がなくなる。
明日への道を繋ぐために通してはならない道。
つまりは、ここが最後の防衛ライン。
「いよいよ、この戦いの終盤戦だな」
全員の顔が言葉を発した幼い姫へと向けられる。
カジルの手配により集落の防衛に回っていた冒険者たちも合流をはたしていた。もちろん、冒険者たちも無傷とは言えない。戦闘が難しいと判断された者は除外した。
残っているのは傭兵隊20人ほどと、冒険者はその半分。
合計30前後の戦力。
あとは50人程の義勇兵と館の人間が4人。
ただし、義勇兵と館の人間たちに直接戦いに参加する事を許可しなかった。
日中の魔物たちとの戦いで、どれだけ人間が魔物と戦うのが難しい事なのか理解をしたからである。対魔物のプロでなかったとはいえ、傭兵ですら犠牲者を多く出したのだ。今回は相手は大きさから言えば最大クラスの魔物、甲殻竜ミドアース。
一般人がこれに対応できるはずなどあるわけがない。
獣蜂は大きさはナナカの記憶からすれば十分に大きいと言えるが対応出来ない事もないだろう。それは「1対1」であればではあるが、1万匹の規模となれば、そんな状況はあり得ない。
カジルからは義勇兵の参加は反対されていた。「かえって邪魔になるだけだ」と。普通ならそうだろう。だからナナカは戦闘以外で活躍してもらうつもりで参加させた。その考えに「お嬢の事を信用しろ」と口添えがシェガードからあり、カジルも納得するしかなかった。
「カジル。予想以上に早く堀が完成しているんだな」
「はい。以前にお話しした通り、魔法を使える者が館に何人かおります。その中で土属性の魔法を得意とする者であれば時間はそれほどかかりません。ただし魔力量の都合で予定よりも掘れる数が少なくなった為、小さめの堀を断続的に作る事により範囲拡大の方向で手配しておきました。通行止めとはいきませんが足止めには十分かと思います」
「なるほど。それで、もう1つの魔法の準備は大丈夫だろうな?」
「風属性の使い手でしたね。もちろんです。私を入れて3人が準備しております」
「3人か…」
正直なところ、3人では厳しいと思っていた。
風属性の魔法は他の属性と違って負荷が小さい為に継続時間は長く、範囲も広い。それだけ利用しやすく難しくないと説明があったにはあったが、ナナカの考える作戦には足りないかもしれないからだ。
「傭兵の中でも使える者はいないのか? そうだ、マコトは無理なのか?」
マコトは無言のまま首を左右に振る。
ナナカとて何となくは無理ではないかと思ってはいた。魔物ウィッシュとの戦いで、かなりの無理をしたのは分かっていた。1日に1度しか使えない戦闘技術を見せた後だ。あれも魔法の一種であることは、あそこに居た人間であれば誰もが分かった。当然、相当の消費をしている事も。ただ、もしかしたらという可能性に望みを持っただけだ。
「傭兵達で使える者は、私の記憶ではシェードだけかと」
「シェードか……。まだ戻ってきていないな」
「冒険者達も魔法を使えるだけの余力を残したものがおりません。やはり私と魔法の使えるメイド2人、計3人でやるしかないようです」
「そうか……それでも、やるしかないんだがな」
すべてに対して不安の残る中で奴らは姿を見せ始めた。
奴らは前進する事に迷いはない。
一直線に進み続け、人間たちを餌とする為に止まらない。
うれしくもない再会に軽く舌打ちさえ出てしまう。
「きやがったぜ。お嬢。それでどうするんだ? 何かあるんだろう?」
もう迷っている場合ではない。やるしかないのだ。30m級魔物と1万の虫どもの暴力の嵐を捻じ曲げるしか。
「この町はあいつらの餌場じゃない! 私たちは蹂躙されることを許さない! 動かなくなるのは奴らだ! ここへ来た事を後悔させてやれ!」
ナナカの号令は決して大きな声とは言えない。6歳の子供なりの大きさだ。しかし、闇夜が迫る冷たくなりかけた空気に不思議と響き渡る。
ここにいる誰もが聞き逃しはしなかった。小さな体で本来はこの場に居るべきではない立場の人間が最前線にいる。この事実は大人である傭兵も冒険者にも勇気と力を与える。
「ほほ~う。お嬢、どんどん頼もしくなっていくな。カジルが呑気に、ぶっ倒れている間の活躍もすごかったがな。こりゃ、この戦いが終わった後は大変な事になりそうだぜ?」
「シェガード様。それもこの戦いが無事に終わればです。いざとなれば姫様を連れてお逃げください」
「ありえねえな。お嬢が逃げると思えるか?」
「それでもです。必ず逃げてください」
「ああ分かってるよ。そして勝てば逃げる必要がない事もなっ!」
誰もが手にもつ酒の入った陶器に視線を落とす。
ナナカの指示で各自持たされたものである。
それは戦闘に入る前にナナカから伝えられた、一番大事な攻撃手段であり、先制攻撃に使う為の物。
「よし! 投げろー! 投げて投げて投げまくれ!」
「お嬢! まだまだ早いだろう!? 全く届く距離じゃない!」
無理もない。
姿が見えているとはいえ、まだ500m以上ある。
人間の投擲で届くような距離じゃない。
今投げたところで地面に落ちるだけだ。
「いいんだ! 私を信じろ! 投げるんだ!」
ナナカの言葉に疑問を持ちながらも全員がミドアースへと向かい投げる。
最初に投げたのは一般人ではない。戦いのプロ達である。
投げられた酒の入った陶器は放物線を描きながら飛び続ける。
しかし、やはりと言うべきか届かない。届くわけがない。
シェガードの言葉通り、100m近く飛ばされたものの地面に落ちて割れる。
人間たち側から溜息を漏らす者もいた。「早すぎたんだ」と。
しかし、これは決して失敗ではない。ナナカにとっては予定通りである。
落ちる予定の場所は住民たちにより固められていた。普通に落ちたところで、土の上では割れない可能性を考えて魔法で更に強化までして。そして、もう一つの理由があった。
それは”酒を地面に吸い込ませないため”の対策。
傭兵たちが投げ始めると同時に風魔法を担当する3人達が馬車で、そこへと運ばれていく。――荷台で魔法の準備をしながら。
「お嬢。カジル達に何をさせているんだ?」
「直ぐに分かるはずだ」
説明する時間すら惜しい。
何よりも説明しても理解できない可能性がある。
それは夢の記憶の知識を利用した作戦だから。
こちらの世界では持ち得ていない知識の可能性が高いから。
話している間に馬車は酒が投げられた地点にたどり着く。
屋根が取り付けられているため、この後も酒を投げても危険は少ないはずである。馬は鎧だけのため、当たれば多少の痛みがあるだろうが仕方がない。我慢してもらうしかない。
魔法部隊の3人は当初の予定通り、酒が散乱している地面から空へと向かい風を巻き起こしていく。
それは話には聞いていたが確かに範囲は広い。
だが殺傷能力は低く実践で使う人間がいないと言われる理由も十分に理解できた。
獣蜂に向ければ、バランスを崩すことは出来ても被害は与えられない。だからこそ、魔物たちが到着する前の場所で風を起こさせる。
上昇気流を。
周りにいる人間の誰もが何をやっているのか理解していない。
これもナナカの予想範囲内だ。
ただし魔法を、あの地点で使っているカジル達なら、もう理解し始めている事だろう。
魔物たちは人間たちの無駄な足掻きと見ているのか、酒の撒かれた場所を避けることなく真っ直ぐに町に向かってくる。その様子を見て下がりながらも魔法を使用し続け、魔法部隊はこちらへと戻ってくる。ナナカとカジルの魔法部隊以外は逃げたとしか思っていないに違いない。
そして奴らは踏み入る。入念に準備された場所へと。
効果が真っ先に表れたのは獣蜂達。
高度が落ち始める。
見ようによっては地上にいる人間達への攻撃態勢に入ったようにも見えた。
人間側は身構える。
1万匹の獣蜂の先兵が突撃してくるだろうと死を覚悟したように。
確かに圧倒的に数の上では不利な人間たちが、その数の暴力に襲われる未来を見ても仕方がない。
対する相手は高度は益々下がり続け、もはや人間たちの頭の高さすらもない。
人々は予想しているだろう。
きっと落下速度を利用してスピードを上げたのだと。
――次の瞬間それが間違いであると傭兵たちが理解し始める。
獣蜂達のスピードは上がっていない。
それどころか数匹が地面に落ち始めた時だった。
「第一段階は成功だ」
つぶやいたナナカの顔は悪戯の成功した、ガキ大将のそれ。「シェガードに似始めた」と言っていたカジルの言葉を証明するような姿だった。
2015.9.26
描写と表現の変更修正を致しました。




