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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
5章 ベルジュ防衛戦 後半
51/142

8 カジルは突然に

打つ手がなく、魔物ミドアースと獣蜂の群れが通り過ぎるのを見つめる中でカジルは現れる。その登場は何をもたらすのか?

「姫様ー! よくぞ、ご無事で!」


 馬上から飛び降りるように地に足を付けたカジルから発せられた声には、いろいろな感情の混じりが感じられる。


「カジル! なぜここに!? 寝ていたはずじゃなかったのか!?」


 消火作業の報告の後に倒れた、あの時のカジルは擦り切れたボロ雑巾の様に酷い状況だった。翌日までは起きないだろうと思っていたのに、あれから数時間でここに現れたのだ。つまりは寝ている事を阻害した何かがあったと見るのが普通だろう。


「申し訳ございません。この様な状況の中で遅れを取ってしまうとは一生の不覚でございます」

「仕方がない。お前はやるべき事をやって、自身の務めは十分に果たしたのだ。この戦いは最初から私がやるように決められていたのかもしれないしな」


 この出来すぎている状況が自然の中で生まれた流れだとは思えないからである。それは神の悪戯だけとは考えられないほどの疑惑。


 たとえば、何者かがバモルドを関与させた事は既に分かっている。

 そしてそれによる火事。

 人工的な災害による魔物の大移動。

 ミドアースという大きな暴力。

 更には無数の獣蜂――。


 小さいとは言えないような出来事が重なりすぎている。火事以外の出来事も繋がっていると思うのは仕方がない事だ。


「いえ、姫様が居るべきところに私も居るのが普通なのです。その普通が出来ていない今回は私の大きなミスでございます」

「ああ。私も今回は失敗だらけだ。どう取り戻せばいいのか分からない」

「お嬢、失敗話をしている場合じゃないぜ。今はやる事が残っている。それにカジルがここに来たのには理由があるんだろう?」

「理由? 何かあるのか、カジル」

「実は状況については大体予想できています。まずは、あちらに乗って頂けますか。移動しながら説明いたします」


 そう言ってカジルが指差す方向からは何台もの馬車がこちらへと向かってくる。それはカジルの言う予想が現状を把握しており、馬車という移動手段も必要である状況ですら予想していたいたという事。つまりはミドアースと獣蜂への対応についても、何らかの準備をしていると考えていいのかもしれない、わずかな希望。


「ああ、ぜひ聞かせてくれ」



 ◇◇◇



 ナナカ、レイア、シェガード、マコト、カジルの5人だけの馬車の中でナナカの正面に座ったカジルの口が開かれた。


 まず始まった説明は、カジルが自身で起きたわけではないという事。

 ルナとサンの姉弟によって、かなり強引に起こされたらしい。目を覚ました時には寝かされていたであろうソファーから落とされて、頭には腫れ上がった感覚と痛みが数か所あり、瞼を開いた目の前には花瓶を持ち上げて、カジルの頭へと落とそうとする姉弟の姿があったという。


(きっとロリコンの扱いはそんなものでいいだろう。変態に対する対応を本能で感じ取ったに違いない。どんな世界でも変態に容赦の必要はない。帰ったら、ルナとサンもなかなかやるもんだと褒めてやろう)


 そんなナナカの内心を知る由もなく時間は進む。

 とりあえず今回はカジルの登場により、続いていた緊張もほぐれて、体力的にも余裕は出来つつある。「ロリコン如きが生意気な」と、なんとなく癪に障るものの、あの状況では確かな光となった事は評価できるのだ。


 そして、どれだけギリギリ状況で戦闘を続けてきたのか思い直す。

 きっとカジルが現れなかったら、余裕のないままで精神論だけの悪手に出ていた事は間違いがない。それは勝機が薄い無謀な戦い。やはり強引にでも起こした2人の活躍は大きい。目の前の男はおまけだと言っていい。ただ、その判断に至った理由がわからない。


「そこまで強引に起こしたという事は何かあったからなのだろう?」

「はい。サンが予知の続きを見たと言っていました。それは――」


 戦いに出る前に言っていた「何かが起こる」と言っていた事の続きだった。

 

 サンが見たそれは……

 大きな脅威が町に迫っている事。

 これについてはカジルを起こす際の物音で駆け付けた、メイド長からも状況を確認もできたらしい。ミドアースが町へ向かってくるかもしれないという事実を。それが20m級であれば、何とかなるかもしれないと。ただし実際は30m級。それを突き付けられた時、カジルもかなり厳しい表情を漏らしたという。

 

 そして、もう一1つ。

 多くの「破壊衝動の嵐」もやってくると。

 その言葉だけで獣蜂の事を指しているのではないかと行き着いたのは、消火作業を行っていたカジルだからかもしれない。


 というのも、本来は虫の繁殖期にも関わらず、火事の現場で厄介者の獣蜂だけが姿が見えなかった。きっと既に何かが起きているかもしれない。作業者の間でも大きな繁殖行動がどこかで発生している可能性の現れではないかと指摘されていたという。そのおかげで「破壊衝動の嵐」と聞いたときに、その可能性に結び付ける事が出来たという。


「もしかして、カジルは何らかの対策を準備してあるのか?」

「もちろんです、姫様。町の入口手前500mに移動を阻止するための堀を作らせております。それほど深く掘る事は出来ないでしょうが、ミドアースへの足止めには有効と思われます」

「足止めか……出来ると出来ないでは大きな差があるな。しかし、足止めしても獣蜂がいては簡単に近寄る事が出来ないんじゃないか?」

「それについても準備中にございます。大量の油を使用した火が有効だと思い、町中から集めさせております」


 これについてはナナカは疑問が残った。

 たしかに自分の知識の中に「飛んで火に入る夏の虫」という言葉がある事を思い浮かべたが、これは本当は小さな虫にしか効果は見られない。一定の大きさに達した虫は、ある程度の知力と認識力を持つために火に入る何て事はまずありえない。実際、カブトムシや蝉という生物が火に飛び込むところなど、夢の中でも見た記憶はない。火に弱い事は間違いないとしても、人間の頭ほどの蜂ならば「火に入る」などと低知能な行動は期待出来ないだろう。


「油だけでは弱い。出来るだけの量の布も手配しろ」

「布ですか?」

「布だ。上等な物は必要ない」

「お嬢。布を何に使うっていうんだ?」

「油を染み込ませた布を広げて蜂を包み込む。1匹1匹を相手していたのでは切りがないだろう?」

「それでも戦力差が埋まるとは思えないが、その差はどうするつもりだ?」

「もう一つ考えてある。上手く行けば町を守れるはずだ」

「姫様。成功の可能性はどれくらいなのですか?」

「5分……、おそらくな」


 作戦としては難しくないはずのモノ。だが、この世界の知識の足りないナナカには予想しきれない部分がある。それが想像のレベルにあるかないかで成功率が変わってくる。今の状況では5分としか答えられない。


「さっきまでは戦う事すら無理があったのに五分なら悪くねえ」

「それとだ。陶器に入った度数の強い酒を出来るだけ用意してくれないか?」

「姫様。油は十分に用意できると思われますが酒も必要なのですか?」

「いや、油と別に必要なんだ。油以上に重要だからな。とにかく大量に集めてくれ」

「かしこまりました。1人先行させて準備に当たらせましょう」


 ようやく調子を取り戻し始めたナナカをいつもの笑みを浮かべて見つめる、シェガードとレイアが戻ってきていた。


「お嬢と居るとおもしれえぜ。今度は何を見せてくれるんだ?」

「亀と虫に人間との知能の差を思い知らせてやるだけだ」

「カメ……? なんだ、そのカメってっていうのは?」

「あああ、甲殻竜の事だ。ある地域では、あれを亀と呼ぶらしい」

「お嬢は時々、よく分からない言葉が出るよなぁ……」

「あまり気にしないでくれ。ただでさえ、過去の記憶が薄いんだからな。間違った知識の可能性だってある」

「ところで姫様、戦場に出てシェガード様に似てきたんじゃありませんか? 特に口調あたりが……帰った時にその姿をメイド長が見られたら、教育課題が恐ろしい事になりそうです」


 この後で「それは見物」だと楽しそうな表情を浮かべるシェガードと違い、苦笑いを浮かべるナナカを見て満足そうにするロリコンが居たとか居なかったとか。黙って見ていたレイアとマコトが情報源となって、後日にメイド達の茶会の話題になったらしいが、それはまた別の話である。

2015.9.26

描写と表現の変更修正を致しました。

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