5 奴隷の世界と人生
勇者マコトとの会見は終了した。しかし、会見が全て終わったわけではない。開けられた扉から勇者バモルドと投棄奴隷の影が会見場の絨毯を黒く染める。そして、ナナカは世界の現実に触れて行く……
現れた勇者バモルドは入口にて、もう1人の勇者が居ない事に戸惑いを覚えたように一瞬、辺りを見渡した後に連れてきた2人の投棄奴隷と共に頭を垂れるがそのまま頭を上げる様子がない。どうやら奴隷を王族の会見場に入れていいものか悩んでいるのだろう。
「一緒に入ってくればいいだろう。そこでは奴隷の様子も話も聞けないじゃないか」
「では、失礼いたします」
プリンセスの許しを得て電源の入れられた機械のように動きで、バモルドは奴隷と入室してくる。勇者は何やら嫌な予感でも感じ取ったのかもしれない。ナナカからしてみれば勇者らしく見えないが勘の鋭さは合格点と言えるかもしれない。そして先の勇者マコトとは有意義な会話と知識も手に入れられが、この勇者バモルドには、それを望める可能性は低いとは思っている。そもそも目的もそこでは無いのだから当たり前といえば当たり前の話である。
ナナカの前まで来たバモルドは先ほどと同じく膝をついた姿で再度、頭を垂れた。その動きを倣い奴隷達も遅れながらも同じ行動を取り、ナナカの言葉を待つ。それを見届けたナナカは、いよいよとばかりにプリンセスと勇者のバトルスタートの合図を口にする事にした。
「ご苦労だったな。そこに居るのが投棄奴隷とやらか?」
「はい。現在の私の投棄奴隷にございます」
予想外だったのが2人の奴隷は女性だった。いや、女性と言うには若すぎるかもしれない。間違いなく18歳にもなっていないだろう。少女と言った方が正しい。
服装は腕や素足の露出が多く見える。きっと捨てる予定のものにお金をかけるのももったいないからだろう。ますますバモルドを嫌いになれる理由が増えた。身長から推定するに2人の年は離れている。黒髪に小麦色に焼けた様な肌は共通点と言っても良い。ただ目が覚めてからメイド、カジル、勇者達も肌は白く、髪に関しては黒髪などおらず、光がなくとも分かるくらいに明るい色の髪の人間しか見ていない。そこから考えると珍しい色なのかもしれない。
「この奴隷たちは人種が違うのか?」
ナナカとしては自然と感じたままに出た言葉だった。
「ナナカ姫は見た事がないかもしれませんが、この2人は地上に残された民の子孫。つまり土子族です」
「土子族だと……?」
見た事がない人間は居ても、土子族自体の認知度は高いという事かもしれない。単純に王族は目にする機会が少ないという事も考えられる。
「すまんが、起きてから記憶もあいまいだ。土子族について説明してくれるか?」
「えっ……あ、はい。申し訳ありません。私の説明不足でございました」
ナナカが求めた内容に一瞬、「なぜ知らないのか?」と言う様な意図が含まれていたようにも感じられたが、自身の配慮不足による失態もあることも感じ取ったようだ。バモルドは誤魔化すように土子族が生まれた歴史について慌ててに語り始めた。
土子族とは……
元々は同種族ではあった。
もちろん何千年も前の話だ。
一部の人間は地上では、もう生きられないと判断して地下都市に逃げ込んだ。
ただ地下都市も無限の広さがあるわけではなかった。
当然、制限がある。
殆どの人間は外に残されたのだ。
外の環境は当時の人間には、かなり厳しい状況だった。
何が原因でそうなったのかは現在の人間には、もう分からない。
ただ、その時代の事を人々は「赤極の時代」と言っている。
原因不明の何かによる気候変化で地面が干上がり、大地を赤い土の絨毯が世界を染め上げたのだ。
人によっては大地が人の血で染め上げられた時代というのが言葉の由来だと言う者もいるらしい。共通する事は多くの人間が環境の変化に順応出来ずに死を迎え入れるしかなかった。地下へ逃げた人々は世界が人間を許してくれるのを、そこで待ち続けた。
そして……気が遠くなるほどの地下生活が始まった。
大地の中で何年も何十年も何百年も何千年も……許しを願い続けて。
文明を失いかけていた頃に地底人としての生活に疲れ果てた人々は、もう一度地上へと生活の場を移す事を決心した。それで死ぬ事になろうと仕方がないと。
しかし地上に死は満ちていなかった。
あったのは緑だけでなく、多くの生物も存在していた。
弱肉強食だけが死を与えてくれる世界へと戻っていたのだ。
つまり、環境の変化から逃げずに生物たちが対応した結果である。
当然……その生物の中に多くはないが人間も含まれていた。
地底人として生きていた人間以上に文明を失ってしまっていた人間達。
一般的に『土子族』は、その人々の事を指すらしい。
話は以上であった。
しかし生物は自分とは違う異物を見つけ出すと排除、もしくは見下す傾向が強い。
ナナカには29年の夢で経験済である。恐らくは土子族もその可能性があると思えた。
きっとこの2人も……いや、土子族などと別種族として区別しており、実際に投棄奴隷として使われている時点で間違いがないだろう。土子族が全てが奴隷扱いされているに違いない。でなければ人として扱われていない目の前の現実の説明がつかない。
「バモルド。この2人は会話に問題などはないのか?」
「読む事や書く事は難しいかもしれませぬが、話をする程度には問題はございません」
「では、私との会話に問題はなさそうだな」
「奴隷ごときと姫様が話をする必要はないと思われますが……」
バモルドの言葉は、この世界の奴隷の扱いが犬や猫よりも家畜に近い扱いである事を指していた。先ほどの予想が確定した瞬間である。だが世界の常識と状況を飲み込むことをナナカの心は拒絶していた。心は熱く、言葉は冷たく、バモルドの言葉を最後まで聞くことを拒むように口を開く。
「会話をするしないを、ただの勇者ごときであるはずのお前が王族に意見するのか?」
奴隷をごときと口にしたバモルド自身が勇者ごときと見下され、その口は固く結ばれる。先ほどに続き、2度目の失態に表情も硬くなっている事は、この場にいる誰もが感じ取っている事だろう。
「まあ良い。せっかくの投棄奴隷と話せる機会を運んできた事に免じて、お前の王族に対する無礼は聞かなかった事とするか」
「ははっ! ありがとうございます!」
ここでバモルドを追い詰めると後の楽しみがなくなってしまう。おいしいものは最後に取っておく主義だ。端から足場をなくしていき、片足で立つしかない状況に追い込まれてこそ自身の立場というものを理解できるものである。
「では奴隷共よ、面を上げるがよい」
「「は……はいっ! 失礼致します!」」
奴隷2人は重ねた声と共に視線をナナカと交わした。
綺麗だ。小麦色の肌に光を反射しそうな程の黒髪と黒い瞳。意志の強そうな眉と小さめの口は印象が強く与える。29年の夢の世界ならば、アイドルやモデルだと紹介されても違和感はないだろう。何よりも2人とも顔がそっくりだ。片方は年の差による幼さが残るように見えるが共通の美しさが多い。
「ほう……綺麗だな」
その言葉を聞いたバモルドは「奴隷ごときに何を」と正気を疑うような表情が見えたが、三度目の失態を恐れて言葉を発する事は抑えたようだ。もちろん、人生経験豊富なナナカにはお見通しである。
「貴様たちは姉妹か?」
ナナカの質問に返答して良いものか瞳が探し物でもするかのように助けを探している。
「気にするな。発言しろ。質問に答えればいい」
王族から出された許しに、一呼吸して気持ちを落ち着けた後に姉と見られる少女から、ようやく言葉が紡ぎだされる。
「わ、私たちは姉弟にございます」
緊張により声の震えは抑えきれていないようだが、ナナカに対する恐れは感じられなかった。
「そう緊張しなくてもいい。多少の無礼があろうと知識がないのであれば仕方がない。気にしないで話してくれ。ちなみに、そちらの奴隷もそなたに劣らず綺麗に見えるが男というのか?」
言葉と共にナナカは視線を、その弟に向ける。やはり少女としか見えない。髪は言われてみれば姉よりは短めにしているとはいえ、姉と比べても違いは年の差程度にしか感じられない。
「私たち投棄奴隷は容姿や性別について口にする方もおらず、そのような事を話をされたのは姫様が初めてです」
投棄奴隷と言う立場を考えれば、勇者たちの命の代わりに差し出す餌の様な考え方なのだろう。捨てられる事が最初から決まっている道具に人は容姿を求めないのだろう。ましてや自分達よりも下と思っている人種であれば尚更。食べると分かっている家畜の容姿を気にする人間がいないのと同じと言えるかもしれない。
「そうか、見て感じた事を素直に言ってみただけだがな。他の者たちがどう見ているかは知らないが再度いう。私は2人とも綺麗だと思うぞ」
再度、赤髪の少女の口から出た「綺麗」と言う言葉は、嘲笑や冷やかしというような様子も感じられない事に、バモルドはもちろん、言われた本人たちも驚きが強かったのか瞳が大きく開かれていた。
バモルドの驚きは一般の考え方とナナカとの感覚のずれに対するそれである事は予想しやすい。ところが奴隷の2人にしてみれば自分たちが褒められる事などありえないのだろう。本来は姫と言う立場から考えれば奴隷など塵ほどの価値。バモルド以上に瞳は大きく開かれると共に微かに頬に赤みも差す。
「姫様ほどのお綺麗な方に、私たち奴隷にお褒めの言葉をくださるなんて、勿体ない……いえ、申し訳ございません」
……褒められた事に謝るのか、これは奴隷に対する世界の扱いは俺の思っていた以上かもしれないな。
「そう自分たちを卑下にするな。その……貴様、なんと呼べばよい?」
「は、はい。父や母は私をルナ、弟をサンと呼んでおりました」
こちらの世界の言葉としては意味など持っていない言葉。しかし、29年の夢の中では確か、月と太陽か。面白い偶然である。
「良い名だな。では、ルナよ。お前たちは何故、奴隷の身分なったのだ?」
その言葉に会見場の空気は水が張ったかのように音を消し去った。
カジルが状況を見かねたのか音の回復に努める。
「姫様。この国では土子族は生を受けた瞬間から所有者は決まっております」
「生まれてきた時から所有者が決まっているとは、どういう事だ?」
「所有者の居ない土子族は基本的にはこの国にはおりません。土子族と言うもの自体が奴隷種族と言っても過言ではありません。所有者のいない土子族は蛮族として扱われ、討伐の対象となっております。当然、土子族に子供が生まれても親の所有権を持っている者がその子供も所有物とします」
ある程度は奴隷と言うものは分かっていたつもりだが、種族自体が全て奴隷で生を受けた瞬間から自分自身に何も権利がないという事か。そこから外れれば蛮族扱い。奴隷どころか獣と同じ扱いだという事だ。先ほど考えていた可能性は当たりということだ。更にナナカ以外は常識として知識は持っているらしく、カジルの言葉にショックを受けているのは、ナナカ1人だけの様である。しかし……ここで引くつもりはなかった。常識がどうであろうと心から湧き出る反論が、たった6歳の少女であるはずの赤髪の姫ナナカを突き動かし続けるのだった。
2018.11.09
*表現と描写変更。矛盾点の修正を行いました。




