6 「3」
不自然な地震を起こしている原因の方向へと誰もが顔を向ける。
言葉を忘れたかのように誰1人として声を上げない。
決して静かなわけではない。
それは声と呼べない荒い呼吸音の連鎖。
そうさせるのは歪な地震の元凶。
ナナカもその一人に含まれていた。
(デカイ……! 大きいにも程があるだろう)
もちろん館でシェードから聞いた報告を忘れたわけでない。
ただ遠くに見えるそれが予想外だった言うだけ。
おそらく距離にして1キロ程度は離れている。それにも関わらず奴の移動だけで震動と音まで伝わってくるのは、あの大きさであれば不思議ではない。
20m級の生き物が動くという事を言葉で聞くのと、それを実際に目にするのとでは全く違っていた。自分の予想する1キロという距離は間違いではないかと思いたくなる程に遠近感が狂う。だが消光の森の入口にある監視塔が自身の距離感への修正を果たし、それほど間違っていない事を脳に伝えてくる。
誰もが言葉として声を出せない中で、ナナカの手を包み込む優しい柔らかな手があった。振り向かなくても何故か、それが姉である事が分かってしまった。
姉の行為を忘れたわけではない。
全く怒りの感情がないかと言われれば嘘になるだろう。しかし、あの時に姉に言われたとおり、自分の力不足である事は理解していた。怒りはあれども恨みは自身へ向けるべきだと。そして、姉の手からの温もりは自分を思っている事と力になり続ける事をやめない意志を感じ取れた。それはナナカの心に安定をもたらす。
「あれがミドアースで間違いがないな?」
震えそうになる声を押し殺し、戦場で止まりかけた時計のゼンマイを回す。
「ああ、あれがミドアースだ。本当に森の外に出てきちまったな……」
シェガードは忘れていた言葉を思い出したかのように返答してきた。切っ掛けがあれば何時も様子に戻る辺りは流石と言うべきだろう。
「姫様。私のなかで3つ間違っていた予想があります。1つは消光の森から出てこない可能性も高いと思っておりました。餌場を求める為に多くの力を消費してまで町へと移動するわけがないと。奴を行動へと駆り立てるだけの理由が見つからないからです」
「お嬢。俺も同意見だ。森の出口に向かっているとは聞いていたが、もしかすると出てこないんじゃないかとな」
「しかし結果としては外へ出てしまっています。出てくる可能性も考慮していなかったわけではありません。ただ出て来なければ良いな程度に考えていましたが、現実は甘くありませんでした。とりあえず問題は2つ。1つ目は早過ぎる事です。森から出てくるには、まだ時間があると思っていました。ところが既に出てきてしまっています。見た所、移動速度も歩くと言うよりも走るに近いです」
専門家たる勇者の言葉は聞くほどに心を曇らせる。
更に続きをシェガードが引き継ぐ。
「ああ、俺も何度か甲殻竜を見た事があるが、あそこに見える奴は早すぎる。普通は人間の歩く速度よりも遅いんだ。ところが奴は、かなり無理な速度で移動しているように見える。町まで2,3日はかかると思っていたが、今晩には到着しそうな勢いだぜ」
2人の告げる内容からすると体勢を整え直す時間が減る。下手をすれば無いと考えた方が良いと言っているのかもしれない。それは町に戻っても意味もなく、無駄に終わるかもしれないと言う宣告。
「そして、もう1つが……」
マコトは出かけた言葉を口に出来ずに黙ってしまう。ここまで、あれだけの力を示していた勇者の沈黙は空気を重くする。
「マコト、俺から言ってやる。お嬢、シェードの情報不足だ。ありゃ20m級じゃねえ」
「どういう事だ?」
「通常はな、頭から尻尾までの大きさで話すもんだがな、ここから見ても分かるくらいに”それが間違い”だったって分かっちまった。森の中で遠目に見ても分かり辛いから仕方がないと思う部分はあるがな、あそこにいるバケモンは背中に背負っている甲羅の部分だけで20mはある。頭と尻尾まで入れたら30mに届くかもしれねえぞ?」
「30m! 30mだって!?」
その違いは「夢の世界での経験」がナナカに明確な差として脳内を駆け巡る。20mと30mでは別物だ。重さで比べれば4倍近い差となるはずだ。下手をすればそれ以上の可能性も高い。シェガードやマコトの戦闘力を目の当たりにした自分でさえ、それがどれだけ非現実的な化け物なのか理解するしかない。
「この状況では2つしか選択肢はないかもしれません」
「ああ、そうだな。お嬢なら既に答えは出ていそうだがな。片方の選択肢は拒否の方向なんだろ?」
こんなときでもシェガードは楽しそうに、ナナカの答えを口元に笑みを浮かべて待っている。
(こいつ壊れているいるんじゃないか? こんな力のない自分に求めてくるモノが大きすぎだ。7歳にもなっていなんだぞ? そんなに俺に期待しているのか? ああ、いいだろう。そこまで期待するなら行く所まで行くまでだ。どこまでもその笑みを浮かべて無茶に付き合ってもらおうか!)
「町をあんな化け物に明け渡してやらん! 全力で食い止めるぞ!」
ナナカの諦める事を知らない言葉に座り込んでいた傭兵達が立ち上がる。
「戦闘継続が難しい者たちは町へ帰還しろ! そして散らばった冒険者も集めてこっちに送ってくれ! 残った奴らで時間を稼ぐぞ!」
ナナカの子供とは思えない的確な指示に傭兵達に興奮を示す顔色が表れ始める。
「ここまでどれだけの魔物を倒してきた!?」
ナナカの問いかけに傭兵達は忘れかけていた自信を取り戻す。
「30m級だ? ――それがどうした!」
ナナカの決意を込めた一言が傭兵達に武器を空へと掲げさせる。
現実の世界の記憶も思い出も残っているとは言い難い。
しかし目覚めてから少ない時間で生まれた繋がりはある。
そして、これからも自分が時を刻む場所は、あそこなんだと決めているのだ。
(きっとやれる! 今度こそ皆を守るんだ!)
ナナカ達の心など化け物は理解しない。
震動は止まない。
音は響く。
行進は続く。
遠い人間達から向けられる敵意など感じる事もなく、30m級の化け物は歩む事をやめる事はない。たとえ、それが化け物自身の「意志ではない」としても。
危機に次ぐ危機で、やりすぎた感があるかなっと。
流石にナナカ姫には同情……しません!
主人公とは窮地に立たされて成長するものと信じていますから。頑張ってもらいましょう(笑)
2015.9.26
描写と表現の変更修正を致しました。




