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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
5章 ベルジュ防衛戦 後半
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+0.5 母マイカ (後編)

メイド長から指導を受けるナナカだったが、自身の発した一言から母の墓へと足を運ぶ事になる。


 ナナカはメイド長と目の前にある墓に花を添えていた。

 ここは館の敷地内の小高い丘にある、たった1人の為の墓地。家族がいなくなり、1人となってしまったナナカの為に作られた場所。


 この館に働く者たちにとっても神聖的な場所として、一部の人間しか立ち入る事を許されていないらしい。そこにポツンと1つだけ存在する、母マイカが世界に存在していない事を示すそれは、たとえ記憶にない人物であっても悲しさや寂しさが心を襲ってくるのは悲しい物語を読んだ時と同じ様な現象なのか、それともナナカの体に刻み込まれた記憶なのか?


「これが母の墓なのか」

「ナナカ様が眠られている間に手配させて頂きました」

「そうか、私が寝ている間に色々と手間を掛けてしまったようだな」

「いえ、これは当然の義務であり、わたくしの望みとも一致しております。ナナカ様が気にする事ではありません」


 ナナカはメイド長の言葉に頷きだけで返事を返すと、静かに母親のマイカが眠る場所に足を進める。


(これが母の墓か、ダメだ。思い出せる事が何もない)


 確かに何か感じるモノはあったが、それ以上は何もない。

 やはり記憶が戻る事はなく、よくある物語を聞いて感動する程度のレベルの心の揺れのみ。ハッキリ言えば他人事の域を超える事はなかった。夢の中での29年と言うのは思っていた以上に心や記憶を風化させるのだろうか。その答えは今は出ない。


「メイド長。母の最期を教えてほしい」

「はい。わたくしの知っている事で宜しければ……。マイカ様の死の原因については、カジルからお聞きになったかとは思います」

「弟だったか? 難産の為にと聞いている」

「その通りです。そして、その難産はナナカ様が倒れた同じ日に始まったものだったのです」

「同じ日にか?」

「はい。その後、翌日には何とか出産されましたが、弟君はこの世界に祝福される事はなく、マイカ様もこの世から去る事になってしまいました」

「ふっ。まるで呪われた一族だな」


 父である王が戦死。母は難産の末になくなり、弟はこの世界に愛される事がなかった。そして自分は3ヶ月もの間の眠りについた。これが呪いでなくなんだというのだろう。言葉の前に乾いた笑いが出た自分を誰が責められるのと言うのか。


「呪いなどございません。現にマイカ様の愛情をこれ以上ない程に受けた、ナナカ様がここに生きておられます」

「だが私に母の記憶はない。その愛情も失われたも同然ではないか?」

「いえ、記憶に無くても体や心が覚えているはずです」


 無茶を言う。記憶とは脳の記録だ。心なんて記録の積み重ねでしかない。その積み重ねられた経験が喜怒哀楽を生み出す。つまりは記録が失われているナナカに「母への感情」は無いに等しい。これも「夢の中」で科学と言うものを学んだ経験からくる考え方だ。ナナカの中では恐らくは正しい考え方だと認識していても、それをメイド長に説明したところで理解してもらえるとは思えない。


 つまり自然と返す言葉は限られる。


「そうだな。心のどこかにあるかもしれないな」


 満足のいく返答を得られたからか、メイド長から更なる返答はなかった。


 ナナカは悲しさを実感する事はなかったが、この現実世界は悲しさを演出するかのように、晴れた蒼い空にも関わらず、降ってくるそれは体を冷たく濡らし始める。


「青空なのに珍しい事があるものです」

「狐の嫁入りか……」


 メイド長にも届かないほどの声で夢の世界で聞き覚えのある迷信を口にする。


「何か、おっしゃられましたか?」

「いや何も。独り言だ。本降りになる前に館に戻ろう」

「そうでござますね。ようやく長い眠りから覚めたばかりだと言うのに、また寝込まれては館内どころか国中の騒ぎにもなりかねません。早く戻る事に致しましょう」


 意見が一致すると2人は小走りに館へと走り始めた。

 

 ただ一瞬だけ、雨音に誰かの声を聞いた気がして母の墓へと振り返る。

 当然、誰もいないし何もない。


(気のせいなのか? それとも物語に触発されたのか? または本当に心のどこかに?)


 その様子を見たメイド長は急かす事もなく、ナナカが自然に再度足を動かすのを黙って見守っていた。


 館からは、それほど離れていない場所だった為に、思った以上に濡れることなく2人は戻る事が出来た。表ではなく、近道となる裏口から入った事も濡れなかった理由の1つかもしれない。


「ナナカ様。あまり濡れていないとはいえ、お体を冷やすといけません。幸いにわたくしの部屋が目の前にございます。そちらでお待ちくださいませ。直ぐに着替えを持ってまいりますので」

「そうか。分かった。中に入って待っている」


 ナナカからの返答を最後まで聞く時間も勿体ないとばかりに、慌てた様子で廊下を走っていくその姿は、過剰に心配している様にも見えた。


(もしかすると母もメイド長の様に、いつも俺を心配していたのだろうか?)


 何となく、想像の姿を重ね合わせながらメイド長の部屋へと侵入する。

 これが若いメイドの部屋だったら心臓も高鳴っていたかもしれないが、メイド長の部屋ではそんな現象も起こることなく自然体のままで入った”はずだった”。


 目の前に現れた一枚の絵がナナカの心を揺れ動かす。

 それは記憶に無いはずの存在。

 それは言葉で聞いても思い出せなかったはずの姿。

 それは心の……いや記憶の鐘を鳴らすモノ。

 周りの空気が煉瓦の様に固まり、己の体を自由を奪われる感覚に襲われる。


(なんだ! この絵の人物は!?)


「あっ! ナナカ様っ! これはナナカ様の誕生日に、わたくしがプレゼントととして送らせて頂く予定の絵でございましたが……」


 ナナカはメイド長が声にするまで、戻って来ていた事すらも気付かないほどに絵に魅入られていた。それ程に自身に心をゆさぶってくる。しかし描かれたそれが誰なのか分からなかった。いや、予想はついている。


「もしかして……」

「はい。マイカ様です。わたくしは少しばかり絵心がございましたので、この数日で描かせて頂きました。もしかしてマイカ様の絵を見て頂ければ思い出してくれるかもしれないと」


 記憶にはないはずだった。

 実際に一緒に暮らした思い出が蘇ってきた感じはない。

 しかし絵から感じる、それは心が波打つと言って良い感覚。

 記憶なんて記録に過ぎないと思っていたはずだった。

 なのに何かを感じる。

 もしそれを表すなら「懐かしい」というのが一番近い。

 そして、その「懐かしさ」の波に引き込まれるようにナナカの意識は飲み込まれた。

 

 ◇◇◇

 

 1時間もしないうちにメイド達に囲まれて目を開く事になったが、今回の件は疲れが出たせいだと誤魔化した。ナナカ自身にも説明できない事なのだから仕方がない。


(何か、何か大事な事が抜けている気がする)


 結局は明確な答えが出る事も、ゆっくりと考えさせてくれるだけの時間も与えられず、翌日にはカジルからの、あの報告がナナカの自由を奪う事になるのだった。


 ナナカの心に細い細い糸を垂らしたままで……。

一つの謎を生み出しだけなったかもしれませんが、母マイカ編はこれで終了です。

心の生まれた糸が物語にどう繋がっていくか楽しみの1つとして考えて頂ければと思います。

2015.9.26

描写と表現の変更修正を致しました。

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