+0.5 母マイカ (前篇)
今回のチョイ話はナナカ視点で「消光の森」の消火作業があった空白の2日間の出来事です。
俺は? 私は?
シャールス王家、ベイルが父、名をナナカという。
では母は?
この国の第三王妃であり、リズを父に持ち、マイカの名を授かった者。
シャールス・リズ・マイカ それが母。
そんな王族生まれで、ちょっとだけ眠りについていた間に「29年の男としての人生経験」をしてしまった6歳の姫様の日常。硬くならないで聞き流す程度に付き合ってくれればいい。始まり始まりってやつだ。
「ナナカ様! そのマナーは間違いです! そこもダメです! ああぁぁ・・・フォークが……」
ここは食堂。
本来ならあるはずの静かな食卓の姿は無く、メイド長の注意を受けながら冷たくなっていく料理を対戦相手として格闘している。
なぜそんな事を?
それは誕生日会に向けたマナーの勉強の為にとメイド長に、ここへ連れてこられたのだ。
「今回の火災で誕生日会は間違いなく延期となるでしょう。ですが、無くなるわけではないのです。最低限のマナーは身に付けなければいけません。いずれ来る、その日に向けて頑張ってくださいませ」
その言葉通り、消光の森では火災の消火作業が始まった頃だろう。
いつもメイド達が動き回っているはずの館内は、かなりの人間が出払っている事もあり静かである。その中でメイド長の注意の声は山彦の様に響く。
「この後は言葉使いの勉強も待っております。決して、どこかへ逃げようなどと考えたりないようにお願いいたします」
「ええええっ! この後も続くの!? せっかくカジルも居なくてのんびり出来ると思ったのに……」
「何を言われているのですか! 皆が消火作業で頑張っているのです。ナナカ様もここで頑張るべきです!」
皆がという言葉を出されてはナナカとしても強い拒否は難しい。
「第一にナナカ様はハッキリ言えば、昔から男っぽいのです。しかも起きてからは更にそれがひどく感じます。もうすぐ7歳……それなのに、その言葉使いでは王族全体の恥にもつながります」
「そういうのは、なかなか直らないものだし、その時になれば何とかなるはず……?」
「いえ! お気づきでないでしょうが、ナナカ様は寝言で「俺」と言う言葉を使っている時がございました! ええ、わたくしも幼少から王族らしい言葉を使えとまでは言いません。ですが……最低でも自身を男の様に話すのだけは直す必要がございます!」
ナナカ自身も気を付けてはいたつもりだったが寝言とは、さすが知らなかった情報である。しかし「わたくしがナナカ姫でございますのよ! おほほほっ!」なんて言葉使いは気持ち悪くて想像もしたくない。想像しただけで背筋が凍りそうである。
(なんとか回避しないと俺の乙女改造計画が進んでしまう!)
「メイド長! ほらっ! あれだよ! えええっと……そう! そんな事よりも覚えてない、私の母の事を教えてほしい!」
実際、本当にナナカは母マイカの事を何も覚えていない。そのせいもあって母親へも父親にも感情が気薄である。普通に考えてみてれば誰だってそうなるとは思う。記憶に無い人間は血が繋がっていようが他人としか認識出来ない。その相手が死んでいようが殺されていようが「かわいそう」で終わってしまうレベルである。
では何故あえて、その話を出したか?
それはまだ乙女になりたくないと言う抵抗からだけ。
逃げる口実に使うくらいに母マイカの死に重さを感じていなかった。
ただしメイド長は、ナナカの明らかな苦し切れの言葉を重く受け止めたように表情を曇らせる。そして、その表情は予想以上にナナカを驚かせる。当初からメイド長は40歳半ばと思っていたのだが、いつも冷静なはずの表情が崩れた時に一瞬だけ本当の素顔が見えた気がした。
その表情は40歳を過ぎた人間ではなく、20代半ばくらいを思わせる若々しさの影がある。普通の女性は若作りしていて、何かの拍子に素顔を見せると思った以上に「アレ」な場合が殆どだと思っていたのだが、メイド長はその逆だった。
(いつも厳しい視線と冷静さを持っている事で老けて見えていたとか?)
しかし本当に一瞬だけ垣間見えた素顔。29年の経験を持つナナカだからこそ気付いた事かもしれない。
「ナナカ様。もし宜しければ、午後はマイカ様のお墓へ行ってみませんか?」
メイド長からの提案は普通の親子だったら眠りから覚めて真っ先に考えそうな事。長い眠りから覚めて以来、記憶が曖昧なナナカを思って今までは口にしなかったのかもしれない。
こちらとしても、やはり他人感が強いのだが話題を振ったのは自分である。拒否権などあるわけもなかった。
(それに夢や眠りの原因も何か分かるかもしれない)
こうしてメイド長とナナカの思いにズレを発生させながらも、午後からの墓参りは決定されたのだった。
2015.9.25
描写と表現の変更修正を致しました。




