5 美しき化け物
魔物すら魅了するほどの銀の力。
その力はこの戦いを終わらせるだけの力を示せるのだろうか?
誰もが呆然と光景を眺めるだけだった。
魔物ウィッシュは間違いなく、こちらの2倍以上いた。
少なくても数分前までは100を超える魔物がいたはずの戦場。
しかし眺めている先にあるのは魔物だった過去など分からないほどの惨状。何も知らない人間が見れば、本当に魔物だったかも判別が難しいと言っていい。
結局はナナカの見せた対応策が呼び水となったかのように、一気に流れ出して戦場を飲み込んだのだ。もちろん簡単な戦いではなかった。あのシェガードですら笑みはなく、口を真一文字に結んで状況を眺めている。
例外は一人だけ。
その流れを作り出した張本人のマコトのみが、一度の深呼吸を見せただけで当然の結果と受け入れている様だった。この異様な光景の中身は魔物だったモノの残骸だけではなく、それを行った側も含んでいる。短い時間とは言え、激しい攻撃をかわし続けた後にも関わらず、深呼吸のみで何もなかったかのように平然としている。
「お嬢。こりゃ、魔物よりも怖い”化け物”を味方につけちまったかもしれねえぜ」
呆気にとられていたナナカの背後から声を掛けてきた相手は振り向かなくても誰か分かっていた。
「全員が動けずに眺めているだけの状況の中で既に行動を始めているシェガードだって十分に”化け物”の資格があるんじゃないか?」
「否定はしないが俺の声に普段通りに返答してくる、お嬢だって結構なもんだと思うがな」
「私はお前と違って否定する。泥だらけになって今の見た目はあれだが、容姿的には誰も化け物だなんて誰も言わないと思うぞ?」
「この状況で冗談を言える、お嬢はやっぱり大したタマだよ」
(女性に使うべきではないはずのタマと言われても、それほど怒りも湧き上がらないのは精神的に其方方面だからなのだろうか?)
自身について考え込むナナカに男の様に扱われて機嫌を損ねたのだと勘違いした様子のシェガードは「言いすぎたか?」と言葉を残してマコトの方へと歩み始める。珍しく反省の色を見せるシェガードを追いかける様に、ナナカも慌ててマコトの方へと歩き出した。
近寄っていけば行くほどに魔物の血の匂いは濃くなっていく。
その中心にマコトはいる。
流れる銀髪はそれが武器になった事が信じられないほどに美しく、そして輝いていた。しかし、この銀髪が先程まで魔物を料理して行ったのだ。なのに赤いものが全く付着していない。それが更に異様さを浮き彫りにしている。
ナナカ達が数歩の距離に近づいたのを感じたようにマコトが振り返る。その姿は魔物達が一瞬戸惑ったのも無理がないと思わざるを得ない。いつも見せていた短髪の姿と、口にしては失礼にあたるのだろうが女性らしくない胸が男性と勘違いさせるだけの理由を与えていた。だが目の前にいるマコトは人間離れしている程の美しさを放っている。銀色に変化していたのは髪だけではなかった。瞳も唇でさえも、その色を纏っていた。
「いったい……どうなっているんだ?」
「聞いたことはある。一部の錬金術師で銀を操る奴らが居るってな」
ナナカの問いを返ってきたのはシェガードだった。つまりは知識として持っていたから他の人間よりも動揺が小さかったのかもしれない。
「知っている方がいるとは驚きました。そうです。私は銀を操る魔法を会得しております」
「マコトよ……しかし、そのなんだ。す、すごく綺麗だ」
「姫様。ありがとうございます」
「ずっと、そのままで居ればいいのに」
「いえ、そういうわけには……この状態を保つのは少々難しく、感覚も過敏になりすぎて不便が多いのです。何よりも変に目立ちすぎます」
「そうだぜ、お嬢。こんなすっげー美人で有能な奴がいるって、貴族や他の王族に知られてみろ。横取りされちまうぜ?」
言われてみれば確かにシェガードの言う通り。
自分の様な力のない王女よりも有力な王族や他国に仕えた方が良いに決まっているだろう。不安を覗かせた瞳でマコトを見つめる。しかし、マコトは顔を左右に振ると――
「私は姫様以外につくつもりはありません。それは心配なさらなくても大丈夫です。それに身体までに影響する変化状態は長く持たない上に、一日に一度が限界でもあります。もうすぐ自然に元に戻る事になります」
「えっ!? じゃあ、あの髪型に戻るのか!?」
残念そうなナナカの言葉で、魔物の大群相手にも表情を崩さなかったマコトの瞳に、一瞬だけ炎の様なものが見えた。
(どうやら自身の意思で、あの髪型にしているわけではなさそうだ)
「お嬢。どうやらそれは禁句の様だぜ?」
(もう気付いているわ! 言葉にしたら火に油を注ぐようなものだろ!)
そんなナナカの心を理解する様子もなくシェガードは言葉を続ける。
「銀使いって奴は銀に自分の体の一部を溶かす事によって、その銀を自身の延長線上の様に使うって聞いたことがある。マコトは髪を混ぜたんじゃないか?」
「そこまでご存知でしたか。それなら話は早いです。師から離れる際に選別にと、この銀を頂く事になったのですが私の断りもなく寝ていた私の髪を全て師が……」
「自分でやったんじゃなくて勝手にやっちまったっていうのか……恐ろしい師だな」
シェガードの言葉にナナカも同様の意見だと頷く。
「もちろん。去り際にボコボコにして木に括り付けてきました」
(無口で冷静な勇者だと思っていたが、激しい部分もある事が確認できたのは収穫と見るべきなのだろうか?)
「と、ともかくだ。これでおよそ500匹近くの討伐したんだ。これで残す問題はミドアースとか言う甲殻竜だけなのだろう?」
これ以上は髪について話すのは不幸しか呼び込みそうに無い。特に遠慮と言う言葉を知らないシェガードが余計な事を口にすれば「傭兵」対「勇者」の構図が出来上がるのを心配する事になる。そう判断したナナカは無理やりに話を変える。
「いや、お嬢。そのミドアースが一番の問題だぜ? こっちの状況を見てみろ」
マコトの圧倒的過ぎる力を見せられて、自分たちの現状を忘れていた。
圧勝したのだと勘違いしていた。
そう、違うのだ。
初めて傭兵達から死者が出た。
傭兵達の前にも姉が行った策により奴隷の死者が出ていた。
あの時にもう見たくないと思っていたナナカの思いは簡単に砕かれた。
そして今、自分の目の前で指で数えきれないほどの被害が出ている。どれだけ戦える傭兵が残っているかも把握すら出来ていない。
「はっきり言って勝ったとはいえ、こっちの方も壊滅に近い状況だぜ?」
一般的に5割の戦闘不能者が出れば隊は壊滅と言われる。
つまり今はシェガードの判断からすれば、それにかなり近い状況という事だろう。動ける者は半分いるか、いないか。更に動けたとしても20m級の魔物と戦えるだけの力は残っているのだろうか? そして勝つ事が出来るかどうか?
まだ不安が消えるだけの状況には至っていない。
ここでの勝利も最後に立っている事が出来なければ意味がないのである。
「お嬢。一旦引くべきだ。幸いと言うべきか、ミドアースの奴は移動速度はそれほど速くはないはず。町に向かってきたとしても2,3日はかかるかもしれない。こっちの体勢を整え直すくらいの時間はあるはずだ」
「姫様。シェガード殿の言う通りかもしれません。このまま進んでも戦力的に無理があります。何よりも疲労がピークに近いと思われます」
2人の言葉にナナカも納得する。
大規模な魔物の方の討伐は終わり、最後の難敵である甲殻竜ミドアースが町にくるまでに2,3日かかるというのであれば、引く事に反論すべき部分はない。
「そうだな。いったん……」
ナナカは口から出る言葉を続ける事が出来なかった。
小さな震動が足元から伝わってくるため。
それはあまりに不自然であり、地震の様な連続性は感じられず断続的に続く終わりのない震動。
誰もが言葉を発する事が出来ない。
震動は耳にも伝わる音となり、それは無理やりに頭へと侵入してくる。
誰もが震動と音の発生する方向を理解し始める。
自然が起こすものではなく、巨大な物体の生命の息吹を感じて。
誰もが消光の森の方向へと顔を向けざるを得ない。
それはついに姿を見せた。
2015.9.24
描写と表現の変更修正を致しました。




