4 銀光
ナナカの初めて活躍は戦場に勝機を見せ始めた。
勇者マコトはそれに何かを見出したように行動に出るが……
戦場には自然から生まれる風と、飛び交う魔物が生み出す無秩序な風が吹き荒れていた。
確かにナナカが生み出した対応策は間違いなく効果を上げて、その無秩序な風を消して行く事に成功していた。ただし小石が与えるダメージでは完全な致命的とはいえず、対応策としては一歩足りないとも言える状況でもあった。負ける確率は減少して勝機が見え始めた程度と言えなくもない状態。
ただ1人。勇者マコトだけがナナカの対応策を取ることなく、自身の武器である銀槍を真横に構える様に真っ向勝負の姿を見せていた。
(さっきまでは避ける事に専念していたのに何故?)
ナナカとしては当然の疑問だと思っている。
自分以外の人間も疑問符をつけているはずだ。それでもマコトを止める言葉も口にしないのは、ここにいる中で唯一の冒険者であり勇者だからだ。自分たち以上に魔物を理解しているはずのマコトが自分たちの対応を見た後に出た、その行動には何か意味があると感じているのだろう。
変化は現れる。
ここにいる中では接点が多少なりとも多いナナカだからこそ、誰よりも早く気付いた事かもしれない。最初の変化は髪。マコトのは黒色である。ナナカの「夢の中では」国中の人間が同じような黒だった。だからこそ、あまりに自然に受け入れていた色。
たとえ館の中では黒髪が珍しくても、ナナカから見れば逆だったのだ。ルナの黒髪は「奴隷」と言う言葉を意識していたからこそ、注意深く見て気付いただけであり、やはり29年間見続けた黒髪は普通に感じすぎた。
その黒髪が灰色へと、まるで色が落ちて行くように変わっていく。いや、日の光を浴びた髪は灰色と言うよりも手に持つ武器と同じく「銀色」に輝いていた。
空からの光を反射するほどに綺麗な銀髪から、同じ色の粒子が風に流されるように空気中に広がりを見せる。やがて、それは本当の髪の様に変化していき、短髪だった男性的な髪型から膝辺りまであるロングヘアーの女性へと風貌を一変させた。更に変化は、それだけに留まらなかった。マコトの手にあったはずの銀槍の姿が消えていた。まるで髪と入れ替わりになったかのように。
目の前で姿を変えた獲物に魔物達ですら一瞬の躊躇を見せていた。
それも仕方がないと言えるほどに今のマコトは銀の光に包まれて神々しく見える。魔物にとっても何か感じるものがあったのかもしれない。
しかし、それも長くは続かない。
結局は自分たち以外は敵である事を思い出したのであろう。一旦は動きを止めたとはいえ、攻撃を再開するとなれば目立つそれは恰好の的でしかない。魔物の3割近くがマコトを標的にする為に向きを変えていく。
武器が消えてしまったはずのマコトは自身に集まる魔物の視線を気にした様子もなく、戦場に仁王立ちを続けている。
(あの髪は? 槍は? 武器は? 魔法でも使うのか?)
疑問は増え続けていくが説明してくれる声はない。
耳に届くのは魔物の空気を切り裂く狂気の音だけ。
5つの弾丸がマコトへと襲い掛かる。
囲むようにして打ち出された、それはナナカには下にしか避ける方向は考えられない。しかし、マコトが見せた動きは下ではなく上だった。魔物の飛び込んで来る高さのギリギリを飛び越える様にバック宙を見せる。魔物の飛び込んだ先にあったのはマコトの体ではなく「銀の光のカーテン」。その正体はマコトの体のあったはずの場所に取り残されるように舞っていた「銀髪」。
「光りのカーテン」を通り過ぎた魔物達は攻撃を外し、着地の体勢に入ると思われた。ただ、その着地は魔物達の思っている形とは違っていた事は誰もが簡単に認識する事になる。
魔物達の残した着地音は柔らかく、生物のモノとは思えない音。
いや、軟体動物であれば同様の着地が可能だったかもしれない。
だが地上で生きている者が出すには存在そのものを変えなければ無理な音。
着地した魔物の姿は……スライスされていた。
もしかすると千切りになっていると言った方が主婦の方々なら想像出来るかもしれない。イコール、それは致命傷など通り越して絶命している状態。小石でダメージを与える様な攻撃とは違い、彼らの活動を確実に終わりを告げた結果。
恐らく、マコトは切れ味の鋭い何かを自身の髪の様に装着して、それを小石の変わりに空に舞わせていたのではないだろうか。
(さっきの戦場でも槍をハルバードに変化させたのは見間違いではなく、この力の片鱗だったのか? しかし、マコト自身に魔物の攻撃の衝撃が伝わっているように見えない。いったい、どれだけのキレ味があればこんな芸当が出来るんだ?)
魔物の方はこの状況を作った敵を前にしても動揺らしきものは見えなかった。
人間であれば目の前で仲間が刺身になっている姿を見てどう思うだろうか。少なくてもナナカの感覚からすれば恐怖を感じるレベルであり、逃げ出しても仕方がない。ところが魔物達は違った。
攻撃を仕掛けた仲間全員が形も残さずにやられたのが分かると、全ての魔物の標的はマコトへと移る。その行動へと走らせたのは仲間意識、怒り、仇。どれなのかは人間である自分達には理解は難しい。ただ、マコトを強敵と認めた事は間違いない。
その攻撃はまさに雨あられと言う言葉がふさわしいもので、命を失う事を恐れていない。ただ敵を倒す事を目指した特攻、連鎖、自殺行為。
不気味なのは狂った行動に見えても魔物同士での接触が見られない事。
ナナカはこれと同じ状況を「夢で見た」事がある。鳥の群れ。大量発生した虫。小魚の大群。彼らは万単位で動いていても仲間同士で適切な距離を保つ。それは群れと言う1つの命となり動くため。
つまりは動物的な行動が死への恐怖を薄れさせ、勝ちが見えない罠へと無駄に飛び込んでいく光景が目の前で繰り広げられているのだ。戦場を支配してしまっている一人の勇者へ、心配と同時に恐怖すら感じる。
「マコトっ!」
高まった感情がナナカに声を上げさせるが魔物は反応しない。
もはやマコト以外の人間などは目にも入っていないのだろう。一瞬の気を取られる事すらない迷いのない攻撃。対峙するマコトも攻撃をしているわけではなく、ただ避ける続ける事に徹している。自身が避ける前に存在した場所に残像の様に「銀のカーテン」を残し、空を舞う姿は蝶のようだ。
こちらの世界であるかどうか分からないが、闘牛士と呼ばれる職業を思い出す。的になりつつも紙一重で交わし続ける光景は被る部分が多いかもしれない。
ただ、ナナカでも認識できる程度の速度にも見える為、例え圧倒的に見えても落ち着いている事は出来なかった。それはサーカスで大丈夫だと説明されてもドキドキしてしまう状況に似ている。だが、ナナカの心配を余所に攻撃の為に飛んだ魔物が死のカーテンを潜る度にその数は減っていった。
「これが勇者の力。いや、マコトの力なのか?」
それから数分もしないうちにマコトを中心にして、魔物だったものが地面を深紅の絨毯へと染めて上げていったのだった。
2015.9.24
描写と表現の変更と修正を致しました。




