3 小さな王女の戦い
魔物に押されて不利になる状況の中で、7歳に満たないナナカが初めて自身が戦う事を決心する。
立ち上がるナナカがその手に持つものとは……?
ナナカはついに戦場の舞台へと、その身を晒す。
驚きは魔物だけでなく傭兵達にも見られた。
あのシェガードですら驚きの顔を見せているのだ。それだけでも、この行為は十二分に価値があったと言いたいところだが、それだけで満足するわけにはいかないのだ。目的は魔物達への対抗手段であり、討伐する事が最終目的。
今、手にある「それ」を握りしめる事で震えだして動けなくなりそうな体をごまかす。もう動き出した時間は戻すわけにはいかない。やるしかないのだ。
(頼むぞ……! シェガード!)
心で念じると体をシェガードへと向ける。
向けられた側としては何を考えているか掴みかねているだろう。しかし全てを理解しなくても、やるべき事は傭兵としての経験で分かってくれると信じている。
魔物達が主役に躍り出ようとする人間の子供に向けて、攻撃の体勢を整えられるのを視線の端で捉えながらもナナカの覚悟は変わらない。
恐怖がないわけはない。バラバラにされた傭兵達の無残な姿は瞼に残っている。下半身だけになった傭兵もいた。首から先がない傭兵も見える。自分がその姿になる想像までも頭に浮かぶ。
(怖い! むちゃくちゃ怖い! でもっ!)
ナナカの取った行動は誰が見ても無謀だった。
狂ったようにしか見えなかったかもしれない。
大人も立つ事を躊躇う激しい戦場に、7歳にもなっていない子供が立ち上がったのだから、普通に見ればそう考えるのが当たり前だろう。
更に驚くべき事に、次の瞬間、赤毛の少女の瞳は閉じられていた。見る者にとっては諦めた姿にも映ったことだろう。
しかし本人には、そんなつもりは全くない。
どうせ目を開けていた所で自身に魔物の動きが見えるわけがないのであれば、無駄に恐怖を感じるだけの感覚など遮断するべきだと判断した結果である。
戦場の時が止まったかのように、先程までの空を切り裂く魔物達の飛空音が途切れる。それは標的を自分に向けた魔物達の合図でもある。
(まだか?)
それは時間にして2秒……いや1秒もなかったかもしれない。こんな状況でも走馬灯なんてものが訪れない事を知った。それは自身が諦めていないから。自身が死ぬつもりなんてないからかもしれない。
戦場に場違いな、春の暖かな風がナナカの頬を撫でていく。
(まだか!?)
「おじょ――うっ! 伏せろ!!!」
(来た!)
シェガードの叫びはナナカの考えを理解したものではないが、魔物の攻撃のタイミングに掛けられた事は間違いない。その声に反応するように両手の「それ」を身代わりの様に空に放り、自身は地面に迷いなく伏せる。
タイミングとしてはギリギリだったのだろう。
空にまだ残されていたナナカの赤髪が太陽の光を浴びて、まるで少女の背に炎が舞い上がったかのように空気を染め上げる。
既に地から空の魔物となったウィッシュ達は何が起こっているのかも分からずに、突然出来上がった赤い幻影へと飛び込んでいく。そしてそれは魔物の突撃によって舞い散る。
その様子はナナカが散ったと思わせるだけの演出力があった。
もちろん、意図していたわけではない。やられた振りなんてする必要ない。
ただ結果としては細いものが千切れる音が耳に入り、頭皮に刺激的な痛みはあった。剥げる事がない程度だったと思うが後で確認すればいいだろう。今の別の結果の方が大事なのだから。
何人かの傭兵から「姫さまっ!」という声が聞こえたが標的になっている状況の中で無事を知らせる為だけに頭を上げるわけにもいかない。正直な所は見てほしい所が違うだが、ナナカのやった事を理解していないのだから仕方がない。
標的の姿が見えなくなった事で魔物達のナナカへの攻撃が止まる。その事により冷静になり状況を理解し始める者が出始める。最初に変化を見せたのはやはりと言うべきか、あの2人のようだった。
自身に対する攻撃が手薄になったからだろうか?
ナナカの行動が満足いくものだったからだろうか?
シェガードの顔に満面の笑みが浮かぶ。
回避に専念していたはずのマコトも、見え始めた結果に何を掴んだかのように武器を構えている。
その2人の姿に違和感を感じていたような傭兵達だったが、ナナカを攻撃したはずの魔物が次の攻撃態勢に入る様子もなく、着地した後も動きがない事で徐々に理解していく。
今に空に放った物は手に持てる量だけの、ただの小石。
姉レイアはどうだったか分からないが、他の者にはそれが見えていたはずだった。そして、その場所を通過した魔物の何匹かは動かなくなっていた。
つまりナナカは小さな身で「ただの石」を使い魔物を倒したという事実。
魔物の力に対して人間が同じように力をぶつける事が危険な行為なら、相手の力をそのまま利用すればいい。
200キロ以上と見られる特攻攻撃は魔物にとっても危険な行為。
「ただの石」と言えども、それが200キロ以上で自身に放たされたのと同じ。傭兵にぶつかっても行動不能になる事があるのなら、そんなものでもタダではすまない。
先ほどからの魔物の動きを見ていれば、あの自滅気味の攻撃は「飛んで火に入る夏の虫」を連想させた。ただそこに獲物がいるからと飛びかかる低知能な小動物が見せる行動そのもの。
船の光りに向かって飛ぶ「ある魚」の行動を利用した漁業があるのを見た事がある。その漁では時々だが漁師にぶつかってしまう魚もいるという。過去にそれで死者も出た事があるらしい。その話は魔物から攻撃を受けてる今の状況に似ていた。
心配があったとすれば2点。
一つはシェガードの声にナナカ自身の反応が間に合うかどうか。
そしてもう一つの心配は、その似ていた状況というのは「夢の中での経験」を指し、それを元に考えた作戦だった事。
ただし、ナナカはこの何日かで「夢の世界」と「現実世界」の相違が非常に少ない事を感じ始めていた。いや、物理的常識の点だけで言うならば変わらないと言っていいレベルだ。もし違うとすれば魔法の存在くらいだろう。
つまりは物は地面に向かって落ちるし、空気も水もある。惑星である事すらも同じかもしれないし、人間の欲望や行動も基本は同じ。あまりに違いが少なすぎる事を感じていた。
姉は以前にナナカは「夢を糧にする力」を持っていると言っていたが違うのかもしれない。今回はそれについての確信こそはなかったが、それを利用して試すだけの価値は十分にある。最善だと判断したのだ。
小さな王女の行動は傭兵達の勇気を与えると共にウィッシュという魔物への対応方法が示された事で勝機を掴んだ人間の目へと変化する。理解した傭兵達の行動は早かった。
ナナカと同じように敵を呼び込み、伏せると同時に小石を置き土産にする。ハッキリ言えば地味な行動。しかし何も出来ない状況から攻撃に転じる事が出来たのは事実。あのシェガードでさえも同じ戦法を取っている事が有効性の高さを示していると言っていいはずだ。
そして思った通りと言うべきか、予想以上と言うべきなのか。対応され始めても魔物は同じ行動を繰り返す低能ぶりを見せていた。このまま続けて行けば、魔物に勝つ為の道筋は見えたと言っても良かった。ただ、1人だけが違っていた。
魔物の専門家たる勇者マコトだけは冒険者としてのプライドが邪魔するのか、魔物と真っ向から武器を構える動きを崩さない。しかし、その行動がプライドだけでない事が示されるまでに、それ程の時間は必要がないのだった。
2015.9.23
描写と表現の変更修正を致しました。




