1 戦場の突風
傭兵達の活躍、勇者マコトの躍動、姉レイアの策により10倍以上という戦力差は大きく縮められた。その姉の策で心が重くなる中でも戦場はナナカを手放してくれないのだった。
周りには誰一人として余裕がある人間はいない。
現在の戦力図は「人間側50人前後 対 魔物100匹以上」
いや、既に動けなくなっている戦力を考えれば、こちらの戦力と呼べる数は40人居るかどうかも分からない。なぜ、このような状況になっているのか?
時は戻る。
先の戦場では姉レイアの戦術と呼ぶべきか? ナナカが納得できないでいるとはいえ、実際に戦果としては、こちらの戦力を使用することなく、相打ちにより200匹近い魔物を無力化したのは間違いがなかった。
その後、丘の上から消光の森の方面を確認したのだが続いてこちらに向かう魔物は見えなかった。自分たちの居る場所へ合流し、シェガードと傭兵部隊は餌の取り合いに負けて動けない、息のある魔物達に止めを刺していった。そして休憩を取る事にしたのだった。
時間は経過し、十分とは言えなくも前進するには問題がないだけの力を取り戻した頃、それはやってきた。
傭兵達が立ち上がり準備を整える中で何かが跳んできたのだ。いや、飛んできたという方が正しいのかもしれない。
最初は強い突風が横切っただけだと思われたが、本来は見えないはずのソレが通り過ぎた後には上半身のない傭兵が残った。
2度目の突風が吹いた時には傭兵達は危険を察知して姿勢を低くした。
遅れた何人かは命までは刈り取られなかったものの小さくない怪我を残す。
3度目の突風で、それが自然現象でなく魔物の一種である事をようやく理解する。
「お嬢! 頭を上げるんじゃねえぞっ!!」
次々に訪れる変化に、シェガードの焦りの混じった言葉が良くない状況を連想させる。
「姫様。あれはウィッシュと言う魔物です。1対1なら問題はないのですが……これはまずいかもしれません」
さすがと言うべきだろうか? 勇者マコトはどんな魔物であるか分かったようだ。ナナカから見た印象としては夢の世界で言う「トビウオ」に似た魔物。つまり魚である。魚が陸上に居て更には空を飛んでいるわけである。
「ウィッシュだと!? 魚じゃないのか!? 第一に、どこから飛んできたんだ! こいつらは!?」
ナナカにとっては魔物自体が今回の戦場で初めて見たのだ。飛ぶ魔物がいないとは思っていなかったが、それが魚というのはさすがに不気味と言えた。しかもそのスピードが異常だった。
推測するに200キロを超える速度で飛んできたのではないだろうか?
その無数の弾丸が次々と空を流れていく。
「このウィッシュと言う魔物は本来は臆病で単体で人に向かってくる事はありません。つまり50人近い人間の群れに向かってきたという事は少なくても倍以上、いえ、もしかするとそれ以上いるかもしれません。数の有利がこちらへ攻撃を仕掛けた理由かもしれません」
「倍だと!?」
「はい。正確な数は分かりませんが、それほど大きくない体格の不利を数で圧倒してくるのが彼らの戦い方なのです」
「まだ、こんな魔物が残っているとな……」
恨み節を口にして赤毛の少女は状況を再確認する。
近くにはマネキンの残骸のように、あっさりと下半身だけが残り活動を終えた数人の傭兵の姿に、夢の世界にでも居るのではないかと思えるほどに現実感がない。
狼、熊、虎、猪と各タイプの魔物と戦ってきても、ここまでは傭兵達が自身達の仕事を永遠に終えるような事はなかった。だからこそ傭兵達は死なないのだと、ナナカは勘違いをしていた。しかし幻想は実にあっさりと崩れてしまったのだ。
「お嬢。俺とマコトくらいしか、この状況で戦闘を続ける事は出来ないだろう。たとえ俺たちが死んでも頭を上げるんじゃねえぞ?」
「まて! 何か方法がっ」
「姫様……ありません。この速度と数で飛んでくる魔物の相手を出来る力を持つ人間は私たちだけです。ただし1つだけ幸運な点は彼らの攻撃は自分たちの死を含んだ突撃なのです。あれを見てください」
マコトの指差す方向には動かぬ下半身だけの肉塊となった傭兵だったものがあり、その奥には突撃してきたと思われる魔物ウィッシュが地面に横たわり動きを止めていた。
「間違いなく私たちにとっては脅威の攻撃力ですが、突撃に成功した魔物側もただでは済みません。下手をすれば着地に失敗しただけで骸となる奴もいるかもしれません。私たちが交わし続ければ”いずれ”は勝機が見えてくるはずです」
「まあ、お嬢。そういう事だ。標的になる奴がいなけりゃ意味がないわけだ。全員が伏せたままじゃ何も起こらないのさ」
シェガードは言葉と共に口元だけに笑みを作り、マコトに視線を送るのを合図にして、ナナカから離れる様に勇者と共に戦場を駆けだした。
(シェガードの奴、眼が笑ってなかった)
残されたのは心の距離の広がったままの姉妹だけ。
言葉のない空気が訪れると思ったがレイアはナナカとは違い、距離を広がったとしても構わないとばかりに口を開く。
「……ナナちゃん。戦場である限りは誰かが死ぬのよ。今はそれが傭兵達。さっきは……それはもういいわね。もし、あの2人が死んでも私たちは生き残らないといけないわ。それが単なる数時間、いえ数分先であってもね。最後まで生き残って、看取る人間が居なくなって、そして1人で死んでいくのが私達王族よ。常に看取る側で看取られる事があるのは平和の中だけ。戦場では看取り続けるの。その為に誰を犠牲にしても生き残る義務があるの。それが上に立つものの役目」
「……」
ナナカは言葉を無くす。否定するだけの言葉を見つけられない。
姉レイアの言っている事は間違っていないのだろう。
だがその考えに共感出来ない、と言うよりも共感したくない。
だが、実際に何も出来ない自分に選択の権利がない事は理解している。だからこそナナカは言葉を返せない。
(でも……何を、何かをするべきじゃないか?)
戦場に立つ人間は2人だけという無謀な戦い。
そして「人間側2人 対 魔物側100匹以上」という戦いが火蓋を切った。
ナナカは考える。
飾られているだけの人形から卒業する為に。
シェガードとマコトの力になる為に。
これ以上の死者を出さない為に。
魔物の飛び交う中で考え続ける。
2015.9.20
描写と表現の変更修正を致しました




