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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
1章 王女の目覚め
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4 若き勇者

勇者バモルドは投棄奴隷を迎えに行った。ナナカ姫と執事カジルは残された、もう一人の勇者へと意識は向けられた。

 勇者バモルドが会見場から一時的に居なくなると取り残された、もう一人の勇者が気まずそうに周りを伺っていた。状況が状況なだけに色んな意味合いで取り残された感覚があるのは仕方がない。自身に関係がないとはいえ、ご融資の相談に来たら商売品の話になるなんてナナカ以外は誰も想像もしていなかっただろう。残された方も自身にはどんな無茶ぶりが来るのだろうかと不安が生まれるのは当然だ。例えそれが戦いに慣れた勇者であろうとも、専門外の世界が見え隠れすれば不安が心配事になるまでに時間は掛からない。おそらく、目の前の勇者マコトもその状況であろう。


「そなたはマコトと申したな」

「は、はい! ラッシュ、あっ、正式にはサトー・ラッシュ・マコトと申します!」

「サ……サトー・ラッシュ・マコト?」


 まるで2流マジシャンの様な名前である。同時に29年の記憶の中に聞き覚えがあるマコトという名前が気になってはいたが、更にサトーという名前まで混ざってくると感じるものがある。今度はこちらが戸惑いを見せてしまう。とはいえ、夢の世界だけでなく、現実の世界でも珍しい名前ではないのかもしれないが。


「気にはなるのですが、もしかしてミドルネームのラッシュ……とは魔導師ラッシュ殿の事ですか?」

「はい。同じラッシュかは分かりかねますが、魔導師ラッシュ様は我が師でございます」


 何かを感じたのか質問を挟むカジルだったが、魔導師ラッシュの部分で驚きを見せる。

 ナナカの方はその名前以上に魔道師という言葉に興味が湧き上がる。魔導師がいるという事は魔法も存在すると考えるのが自然だからだ。夢の世界なら空想の力である。勇者と同じ、いや、今なら残念職業の勇者以上に興味があると言っても良かった。いや、その前に師が魔導士という事はマコトも魔法を使える可能性もある。もしかすると先ほどのバモルドでさえも。


「その魔導師ラッシュとは有名なのか?」


 だが、とりあえず魔法について質問は控えた。ここはカジルの驚きについて質問するのが自然な流れだからだ。


「はい。世界的な魔導師である事と、特に錬金の魔法に関しては多くの魔法関係者が最高クラスの一人として認めております。ただし、弟子を取る事は避けているとも聞いておりましたが……ラッシュ殿の他に良く似た名前の魔法関係者は聞いたことがありません。恐らくは間違いがないと思うのですが……」


 カジルの返答からすると魔法が存在することはほぼ確定的だ。問題はどの程度のものなのかという事だが、過度の期待はしない方が良いのかもしれない。何しろ夢の世界でも錬金術などは有名な魔法の一種でとして扱われているが、実際はほぼ科学である。進んだ科学技術は魔法と変わらないという言葉が頭をよぎる。民衆が魔法と認識しているだけで本当は種も仕掛けもあったりすることはあり得るのだ。


 まあ、それに関しては後でカジルに確認してみるとして、今は目の前の勇者マコトを優先しよう。


 まず名前について。今朝、メイドから説明を聞いた限りでは名前には師や地名、または血筋の名が含まれることがあるようだ。ナナカの名前場合で説明するならば、シャールス(国名)ベイル(父名)ナナカ(自身の名前)となっているらしいが、この勇者の場合は、サトー(出身地?)ラッシュ(師)マコト(名前)なのだろう。便利なように思えて複雑でもある。


「もし。あの魔導師ラッシュ殿の名前が出れば、それだけでもどこの国へ行っても良い待遇で迎えられる可能性は高いでしょう。それほどの人物だと認識していただければよいと思われます」

「私自身は師である、ラッシュ様以外には魔導師に会った事がないのでよく分からないのですが、それほど高名なのですか?」


 カジルの説明に続くマコトの言葉に、返答されたカジルの眉毛が芋虫が這うように揺れている。

 弟子であるはずの人間が師の外での評価を知らないとは珍しいのだろう。


「よく分からないのですが、ラッシュ殿の事をあまり知らない状態でどうやって弟子になったのですか?」

「はい。簡潔に言ってしまえば、道で拾われました。」


 拾われるとは人間に対して適切な表現とは言えない。この勇者は生き倒れにでもなっていたのだろうか。カジルもそれは感じたらしく複雑な表情を浮かべている。もしかすると自分の知っている魔導士ラッシュとは違うのかもしれないとも考えていそうである。


「当時行く宛てもなく戸惑っていた私に手を差し伸べていただき、一緒に住む事までを許してもらったばかりか、師事もさせて頂きました」

「つまりは弟子としてラッシュ殿の元へ行ったわけではなく、保護された流れのままに弟子になったという事ですか」


 魔導師ラッシュとしては弟子を取るつもりはなかったが、気付いてみれば弟子になっていたと言う可能性もありそうである。しかもただ困っている人間を見つけたからと住む場所を与えて、師事することまで許すだろうか。いくら何でもそれでは単なるお人よしである。何か裏がありそうな気もするが、当人がいない状況ではこれ以上の聞き込みは無駄であろう。ならば気にしても仕方がないのかもしれない。


 そんな思考に耽るナナカを置いて、カジルの質問は次の段階に入っていく。


「しかし弟子はともかくとして、ミドルネームまで授かったとなると相当に気に入られたのではないですか?」

「気に入られた……とは若干違うと思いますが、ただ「ラッシュ」の名前を出すだけで色々便利だぞと言われました。減るものでもないし、名乗れ名乗れと押し付けられたような感じではあるのですが、あの爺様……いえ、ラッシュ様はそんな有名な魔導士だったのですね……」


 途中1人の世界に入ったようにつぶやく姿は、まる師に悪戯でもされて苛立つ隣人の様である。しかし便利だから使えるものは使ってしまえというのは一癖ありそうな師と言えそうだ。有名人の名を名乗るのは利だけでなく、不利に働く場合もあるというのに安易すぎる気もする。つまりはそれは何かあれば問題を被るのは恐らくマコトであろう。だが興味はそそられる。


「ちょっと興味が湧いてくる人物ではありそうだな」

「ご紹介したいと言いたいところですが、師は逃げ……いえ、行方知れずで私も次に会えるのは何時なるのか分からないもので申し訳ございません」


 ……今、確かに逃げたって言おうとしたよね?


 どうにもマコトと師であるラッシュの関係性が見えてこない。嘘をついているわけではないことはわかるのだが、なんとも不安な関係である。カジルも感じるものはあるように眉を寄せていたが、反対するほどの事ではないのか話を繋げ始めた。


「姫様。確かに少々の疑問はありますが、魔導師とは放浪癖のあるものが多く、特にラッシュ殿はその色が濃いと噂で耳にします。会うのは簡単ではないのかもしれません」


 弟子ですら会うのが難しいと言われれば逆に会いたくなるのが人の心情である。とはいえ、わがままを言ったところで仕方がないのは分かってはいるつもりである。それに人の繋がりとは奇妙なもので、吊るされた1本の糸だったものが、気づけばロープや梯子に変化する事など良くあることである。いずれ機会はあることだろう。


「気にしないでくれ。もし機会があれば会いたがっていた事をラッシュ殿伝えておいてくれればよい」

「畏まりました。会う機会があれば、お伝えさせていただきます」


 こちらからの話に終わりが見えるとカジルは他にまだ疑問があるらしく、ナナカに視線を流してくる。別に許可を求めてこなくてもと思うのだが、これは自身の立場が王女である意識が薄いせいなのかもしれない。とりあえずは好きに話せとばかりに視線は返しておく。


「しかし魔導師の弟子が勇者の道を歩むなど珍しい話です。当然、魔法は使えるのでしょう?」

「はい。魔法も使えるようにはなりました。そのまま魔導師を目指す事も考えましたが、小さな頃から勇者への憧れの方が強く、最後はこちらを選択しました」


 人の事は言えないかもしれないが「憧れ」とは子供っぽい理由である。しかし、子供が夢見る事はあってもそれを実際に叶えたとなると少々変わってくる。こちらとしては、マコトの理想とする勇者がどんなものかが大事なのだが。先ほどのバモルドの件でも選択の意志については大きな相違はなかったようにも思えた。今回はカジルも任せておいてみようと、2人の会話を聞く方へと回る。


「魔導師と言わずとも魔法使いと言うだけでも勇者になるよりも安全で良い暮らしを求める事も可能だったと思いますが、それでも勇者を目指したかったと?」


 それは、ナナカでもなんとなく気付いていた。勇者の存在価値が冒険者のリーダー程度の扱いのこの世界では、もしかすると普通に国に仕えていた方が安全と安定もあり、待遇も良くなる可能性もある。ではあえて勇者を選んだ理由は何なのだろうか。


「勇者でなければ見られない景色や、勇者でなければ出来ない事も多く存在していると思っております。私は魔法使いや魔導師としてではなく、勇者として世界に接して行きたいと思っております」

「では、富や名誉が目的ではないのですか?」

「当然、富はあれば困る事はないと思います。しかし、過剰な蓄えは成長の妨げになります。名誉も求めるつもりはなく、人々の笑顔がそこにあれば必要がないと私は思っております」

「変わった……いえ、それが本来あるべき勇者なのかもしれません。貴方の勇者として目指すものは分かったような気がします」


 随分と勇者バモルドとは目指すものは違っているようだ。若いようだが変に染まっている様子は見受けられない。ナナカの期待する勇者像にもかなり近いのではないだろうか。

   

 とりあえず、師との関係性は見えた。考え方や目指す方向も文句はない。見た目的には中性的で胸も薄く、なんとも色々と判断のつかない部分もあるが、能力的には未確認ながらも有名な魔導士の弟子であれば低い事は考えられないだろう。ナナカとしては十分に合格ラインに達していると思えた。後は世間話程度でも問題はなさげである。


「少々気になったのだが、随分と若いようだがいったいいくつなのだ?」


 実はこれも気になっていたことである。能力に年齢を気にする方ではないが……というよりもナナカ自身も6歳なのだから気にしても仕方がないのではあるが、幼い影が残るのに対応はそれらしくない。湿原は少し見られたものの、物腰が妙に落ち着いて見えるのだ。だから聞いてみたくなったのである。もちろん本来は女性に年齢を聞くなど失礼に当たるのかもしれないが、いくらなんでも30歳は超えていないだろうし、それならば問題はないと思えた。


「私ですか? 確か。今年16になりました」


 若い。20歳くらいだと思ったがそれ以下。物腰よりも容姿の方が適正だったらしい。

 カジルも思った以上に若い事に少々驚きを隠せないようで思わずと口を挟む。


「たしかに冒険者ギルドで勇者の試験は16歳から受けられます。ただし年に1度であり、合格率は高いとは言えません。リーダーである勇者の資質は、そのパーティーの生存にも関わってくるため難易度は高く設定されているはずです」

「簡単とは言いませんが、運も良かったのかもしれません」

「運ですか……」


 現実世界の記憶がないと言ってよい、ナナカでも運に左右されるような試験にしているとは思えないのだが、質問したカジル当人からも納得した様な表情は見て取れなかった。


「もし宜しければ、ギルドカードも後で確認させて頂けますか。もちろん、詳細までは確認致しません」

「特に問題はありません。どうぞご覧くださいませ」


 マコトはそう口にすると財布のようなものから、夢の世界で見たキャッシュカードと言われるものに近い大きさのカードが取り出されると、カジルが受け取り、ナナカへとカードを渡してくる。


 素材はよくわからない。見た目にはただの金属板のようなものだった。しかし実際に触ってみると金属独特の冷たさというものがない。光の反射で若干、虹色に輝くように見えるような気もする。そして何よりも何も書かれていない。


「ナナカ様。勇者マコトの名を念じるのです」

「名を……?」

 

 言われたようにサトー・ラッシュ・マコトの名をカードに向かって念じてみる。

 するとそれに反応したかのように情報が頭に流れ込んできた。


 ……おおおっ! 魔法だ!


 大したことではないのかもしれないが、確かに魔法の片りんであろう。それに触れたという興奮にナナカ自身の赤髪にも負けないほどに心が熱く燃え上がる。しかも仕掛けはどうなっているかわからないが、考えようによっては発動したのもナナカ自身である。興奮するなというのは無理がある。


 ただし……得られた情報は名前と年齢と称号程度。もっと色んなことが分かると思っていたが、そこまで便利なものではなかったようだ。何よりもナナカの気になっていたことが情報が得られていない。なら聞くしかないだろう。


「ああ、一つ質問だが……マコトは女でよいのだろうか?」


 川の流れに水滴を落とすように自然と口にしてみたつもりだが、その言葉を受けるとともにマコトは突然、膝が地面を離れ飛び上がるように立ち上がり


「中身は間違いなく男です!!!」


 と拳を握りしめ会見場に大声を響かせた。

 あまりに突然の変貌に護衛の兵も槍を両手で構え戦闘態勢を取りそうになっている。


 ……中身!???


 マコトは間違いなく「中身は」と言った。胸が平野のように平らだとは言え、女性だと思っていただけに、その行動とともに驚いてもいい流れである。深く突っ込みたいところが、今の行動見るとマコトにとっては触られたくない心の傷がありそうなので、掘り下げない方がよさそうである。掘った先に必ずユートピア温泉があるわけではないのだ。出てくるものが溶岩だったなんて事もありえるのである。実際、マコトの様子を見れば溶岩だった可能性は高い。


「おほんっ。姫様の前です。失礼ですよ」


 しかし突然の出来事にも冷静にカジルは護衛に手出し無用と合図を送るとともに、へたな役者の様に咳払いと共にマコトへの注意の言葉を口にする。表情の良く変わる面白い執事ではあるが、無能ではないようだ。


 マコトの方はというと指摘されて己の失態に気づいたようで、トマトの様に顔色を変化させ自身の失態を隠すように俯いた。


「本人もワザとではないようだから、多目に見てやれ。しかし、今後は勇者としてだけでなく人としても成長して冷静な対応を求めたいものだ」

「はい! 申し訳御座いませんでした! 今後は気をつけます!」


 ナナカも王族らしくは釘を差し置いてみた。先ほどまでの落ち着いた様子と違い、あわてた様子の今のマコトは年相応の女性にも見える。胸はただ小さいだけだったと言うのが正解のようだ。


 そう感じてしまえばとてもかわいい少女に見えてくる。中身は男(百合?)のようだが……掘り下げない掘り下げない。自分も人の事は言えないのだから。


「ところでだ。勇者とは、どうあるべきだと考えている?」


 ナナカにとっては能力よりもあり方を重要視する。つまり自身の理想に合わない、期待している事を裏切る人間に融資する株主がいないのと同様に勇者に自身の理想を求めたいと思っている。


「弱きを助け、魔を倒し、災を憎む。世界の景色と秩序を守り、新たな発見と景色を求める。それが勇者としての進む道だと思っております」


 多少、中二っぽく感じるがマコトの言っている事を信じるのならば、思った通りこちらの理想に近いのかもしれない。ただし人は経験と成長により成長するとともに理想が私欲に変わりやすい。純粋だった子供が汚い大人へと、そうやって知らず知らずのうちに汚水を呑み込む人間へと変わっていくものだ。今は心が真っ直ぐに伸びてくれる事を願うしかない。


「良いだろう。マコトへの検討の材料は揃ったものとする。支援については協議の上で決める。後で使いに結果を持っていかせる。今日のマコトとの会見はこれで終いとしよう。カジルもそれでいいか?」

「はい。姫様の心のままに」


 当初、カジルとしては本来は力を図る必要を感じていたようだったが、ここまでの話の中で十分な納得が得られたようだ。恐らく、師のラッシュとやらの名前も大きかったの違いない。例え力不足でも高名な人物との繋がりが出来る事を考えればサラブレットとしては悪くはないはずである。


「では、そういう事だ」

「ははっ。本日は、ありがとうございました。良い結果である事をお待ちさせて頂きます」


 マコトは深々と頭を下げると会見場から立ち去った。

 カジルは勇者が居なくなった事を確認して、一呼吸置いた後にナナカに視線を移す。


「姫様。予定よりも私の仕事が少なかったように感じられます」

「すまないな。カジルの仕事を横取りしてしまったな」

「聞きたいことは近いようでしたし、性別に関する質問以外は特に問題はないかとは思います。姫様の成長と考えればうれしくもあります」

「カジルだって、気にはなっていたんじゃないのかな……?」

「気になっていても口にする事はないかと、ギルドカードに書かれていないのも気にする必要がないからです」


 なるほど、夢の世界だけではなく、現実世界も個人情報に関してはある程度保護されている事か。夢のせいでも個人情報保護でうるさく感じるほどに世間が騒いでいたのを、糧と出来なかった自身のミスに今更ながら夢は夢でしかないのかもしれないと感じる。これからはもっと気を付けることにしよう。


「カジルは出来る執事なのだな」

「この程度は当たり前でございます」


 半分仕事を奪われ身としての恨み言でも言うかと思ったが、口元に笑みを浮かべ満足そうな表情を見せた。表情の変化は兎も角としても、仕事が出来る執事であることはやはり間違いがないようだ。


「ちなみにカジルから見てどうだった? やはり有名な魔導師ラッシュとやらの弟子として期待できそうか?」

「ラッシュ殿の弟子でなくとも魔導師の修行から卒業をするには10年以上かかると言われております。彼、いや彼女ですか? 何年修行していたかにもよると思いますが師の元を離れて、16歳で勇者試験に合格したと言うのは非常に早い。控えめに見たとしても何年かに1人の逸材である可能性は高いと思います。それにナナカ様はお気に召されたのではないですか?」


 控えめに見ても。つまりは才能は間違くなくあると思ってよいようだ。そしてしっかりとナナカの事も理解した……いや、この場合はこちらが記憶がないだけで、相手にしてみると昔から理解していたのかもしれない。ただその場合は夢の経験があり、現実の記憶が失われていようとも性格的なものは変わっていない証拠ともなるのだが、当然ながらナナカに確信などあろうはずはない。


「そうだな、マコトが偽りの言葉を口にしていなければ、あの勇者としての在り方は私は嫌いではない」

「それは私も同意致します」

「カジルはマコトへの支援をどう考える?」


 直ぐに返答があるかと期待していたが音のない時間は一瞬には感じられなかった。

 何か気になることでもあるのかもしれない。


「少々問題はあるようですが、有能と考えて支援をしていくべきかと」

「なるほど、では支援する方向で話を進めておいてもらえるか?」

「かしこまりました。今度こそは私にお任せいただきましょう」


 最後に皮肉を入れてくるとは、この男のユーモアセンスは意外とあるようだ。だがそういうやり取りは嫌いではない。もしかするとこれもカジルがナナカを理解しているからなのだろうか。そのうち分かる時が来るかもしれない。


 それよりも今は皮肉に対して、こちらがどうやり返そうかと悩んでいるとタイミングが悪いと言うべきか、もう一人の勇者バモルドが投棄奴隷を連れ戻ったらしく入室の許可を求めてきた。どうやら、とことん嫌いになれそうな勇者である。


 カジルが入室の許可を出すと会見場の扉から外の光が広がっていく。

 自身が拒絶反応を示す勇者が光の中から現れる姿は、先ほどのカジル以上の皮肉にも思えたが、心の戦闘態勢は整えつつあった。この切り替えの速さは29年の経験のおかげで間違いないだろう。夢も全く無駄ではないようだ。


「さて、次が本番だな」


 ちなみにナナカは先ほどカジルが言う『少々の問題』が見た目の性別的な問題だと思い込んでいたが、それが違っていたと知るのは、このバモルドとの本番の終わった午後になってからだった。

2018.11.06

表現と描写の変更と追加と修正を行いました。

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