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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
4章 ベルジュ防衛戦 前半
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9 死との対面

傭兵ミゲルが倒れる中で戦闘は続く。

現れた勇者マコトはこの戦場の流れを変える事は出来るのだろうか?

 勇者マコトがこの戦場に降り立った意味の大きさは、ナナカにですら効果を理解させられる。


 傭兵達が防戦に回るしかない状況を作り出したのは猪タイプの突撃。

 サーベルタイガーに似ている虎タイプと向き合わざるを得ない傭兵が死角からの横やりを気にして、どうしても攻撃へ専念出来ないのだ。それを素早く理解したのか、マコトは猪タイプを自身の標的と捉えた様だった。


 槍を右手に持ったままで腕を交差させるように頭の高さで構えると、一呼吸する間のわずかな時間で銀槍はハルバードの形状へと姿が変わり、その成果は直ぐに現れる。


 攻撃に移った勇者マコトの動きは沢の流れの水の様に綺麗だった。シェガードの様にスピードを以て魔物を制するのではない。ナナカですら追える程度の動きにも関わらず、魔物の攻撃が当たる気配はない。魔物にしてみれば風で揺れ落ちる葉を攻撃している気分だろう。


 そして、いざ攻撃に移ると同じ人物とは思えないほどに無慈悲な攻撃が振り落とされていく。力を込めている様には見えないが、武器の長さを利用した遠心力と自身体重を刃の部分に余すことなく乗せられているのだろう。



 <一撃>



 魔物の首から先が立ったままの体を無視して地面へと落ちる。まるで斬首刑に晒された囚人の様な最後。抵抗らしき抵抗を見せる事も出来ずに、1匹2匹と数を減らしていく。


 およそ30匹近い数がいたはずの猪タイプは土へと還る準備を終えるまでには、さほどの時間を要する必要もなかった。


 いくら虎タイプが傭兵と対峙していて、マコトがフリーな状況だったとはいえ圧倒的と言っていい結果。これが対人のプロと対魔物のプロとの差なのだろうか。それとも冒険者として勇者としての力が高いからなのか。ナナカには判断はつけられない。ただ大きく戦況を変えた事には間違いがない。


 厄介な相手が居なくなってからは一方的な狩りが始まり、戦場は魔物の血で染められていく。戦場の大勢は決したと言えた。劇的な流れの変わり方に呆ける様に立っていたナナカだったが、戦闘の終えた傭兵達の視線が集まる先に自身も視線を落とす。


 先ほどと変わらない姿で横たわる傭兵ミゲル。

 彼に近寄ろうとする途中の足元で転がる何かに視線を奪われた。

 それは白い球体。いや、ある一点が雲一つない空を見上げている。誰もが持っているはずのもの。本来は顔に2つ収まっているはずの球体。大きさからしても人の物である事は間違いがない物。見慣れているはずの物体が、こんなに人に恐怖を与えるものなんだと、ナナカは初めて知った。


(なぜ、こんなところにあるんだっ。こんなところに転がって居るべきものじゃないだろ!)


 心当たりがあるのは目の前に横たわる傭兵のみ。あれだけの衝撃と回転。それが足元に転がる球体の原因となった事は想像に難くない。


 傭兵へとゆったりとした歩みを進めながらも、自身にとっては直に経験する戦場での「死」という言葉の重み。声を掛けたつもりだったが吹き抜ける風の音にすらも敵わないレベル。走って近寄っているつもりでも夢遊病者の様に進まぬ足。空気が体にまとわりつく。地面が足を放さない。そして現実の受け入れを体と心が拒否をする。


 ようやく辿りついた自分に反応する様子はなかった。

 膝を付く。

 手を伸ばす。

 きっと生きていると信じて。


「おいっ。お嬢。忘れもんだ」


 不意にシェガードの声が聞こえたと思ったと同時に、背後から何かが飛んできて横たわるミゲルにぶつかる。それはミゲルが欠損したはずの右腕。シェガードが自身の仲間に、それを投げて、ぶつけたのだと理解するのに時間が必要だった。


「シェガード! 貴様! 仲間に対する敬意を払うつもりがないのか!?」


 怒りが体に力を湧き上がらせ瞳に火が灯り、それは背後にいるシェガードへと向けられる。


「お嬢。冷静になれよ。俺たちの柱がそんなことじゃ安心して戦えないだろ?」

「こ……こんな状況で冷静になれるわけがないだろ!」

「シェガードの奴の言うとおりですよ。姫様には冷静でいてもらわないと苦労するのは配下の者ですよ」

「貴様まで! シェガードの味方をする……の……か???」


 聞こえるはずのないと思った方向からの声に口から出しかけた言葉が続かない。勢いよく体を声の方向に戻すと、声の主は起き上がるほどの元気を見せる事はないものの、ナナカに向けて白い歯を見せつけてきた。


「い……生きていたのか!?」

「あははっ。そのうち死ぬかもしれませんがね、それはもう少し後の話だと思いますね」

「お嬢。そいつの転がっていた腕と、その曲がった足は義手と義足だよ。死んだふりは特技だから騙されんなよ」

「いやいや、死んだふりとはひどいな。結構死にかけの状態だよ?」


 ミゲルは確かに生きているとはいえ起き上がれるだけの力はないのか、言葉を口にするたびに苦しそうな表情を浮かべていた。


「そいつは傭兵になる前は役者だったからな。演技がうまいんだよ」

「今回ばかりは演技でしたとは返答出来ないな。肋骨が何本かいってるしね。すまないが俺はここで離脱の様だ」

「ちっ、昔っから締まらねえ奴だな。町に戻ってお嬢の誕生会の準備するメイドにでも加わってろ」

「そうする事にするよ。良い知らせを待ってる事にするよ」


 旧知の仲を思わせる会話に、先程までは混乱して入り込む入るタイミングを失っていたナナカも余裕を取り戻す。


「よ……よかった……」


 ナナカから洩れた声に傭兵達も同様の気持ちがあったのだろう。温かい空気が場を満たしていった。


「姫様は俺たち傭兵ごときの心配をしすぎかもね。傭兵は使い捨て。1人の命に一喜一憂していたら心が持たないですよ」

「私の命だって! シェガードやミゲルの命だって同じ一つだろ!? 値段をつけるような真似をしたくない!」


 その声を聞いたミゲルと周りの傭兵達の驚いた表情と高揚する表情も視界に入る。ただ一人、シェガードだけが「始まったよ」というジェスチャーをとっていた。


「姫様。傭兵にそんな事を言うのは貴方くらいですよ。傭兵には値段をつければいいんです。お金で雇われて戦場に赴く職業なんですから。あっ、でも今回はお金もらってないな……」

「それでも! 私にとっては大事な命のだ!」


 ナナカは周りを見渡す。血の匂いで充満する戦場を。


「皆にも言っておく! 格好悪くたって、怪我したって構わない! だが、生きてくれ! 守ってもらう身で言うのもおかしな話かもしれない! でも死なないでほしい! こんなくだらない所で死ぬな! 明日の誕生会にも参加してほしい!」


 静寂が辺りを満たす。先ほどまでの戦いが嘘のように。それを破るのはいつもこの男だ。


「お嬢。俺たち傭兵は命あっての職業さ。ダメだと思ったら尻尾撒いて逃げ出すさ。だから俺たちの事なんて気にすんな。逃げるタイミングを見逃して戦場に置いて行かれないかの心配でもしていろ。それが王族の仕事ってやつだ」

「ああ、分かった。じゃあ、シェガードが逃げたら考えてやる」

「そりゃ、俺の責任重大じゃねーか?」

「シェガード。お前、随分と姫様に信頼されてるじゃないか?」

「動けないくせにうるさい奴だな。お嬢のやつは俺を勘違いしてるんだよ」

「じゃあ、私は勘違いし続けてやる。だから期待に応え続けてくれ!」


 ミゲルの横やりにも動じなかったシェガードだが、ナナカの強い言葉には、さすがのシェガードも観念した表情を見せて言葉を返せなかった。それに満足したようにナナカは次の行動をおこす。引き延ばされた説明を確認するために。


「じゃあ、状況の確認と回復を頼む。私は……姉と話がある」


 離れた位置から表情を変えることなく、こちらを眺めている姉レイアに視線を移す。この戦場を『作り上げた』自身の姉を。


 ナナカは姉レイアと繋がっている血が今は、とても冷たく感じるのだった。

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