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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
4章 ベルジュ防衛戦 前半
38/142

8 戦場の発射台

傷つき膝をつく傭兵ミゲル。

護衛の居ないナナカ姉妹。

そして入り乱れる戦場に人間側は対応できるのだろうか?

 戦場は人間側にとっては最悪の状態と言えた。

 先程戦闘した魔物ケダルと目の前のサーベルターガーに似た魔物達はサイズ的には近いとは言え、単純な攻撃力で言えば前者に勝敗は上がるように見える。しかし俊敏さでは後者。魔物同士の戦いであれば、その差は大きなものにならなかったかもしれない。では、人間相手となればどうだろう?


 過剰な力など必要は無くなる。

 俊敏さこそが人間相手には有効となる。

 そしてそれは目の前で証明されていた。


 ケダルとの戦闘ではスピードで翻弄していたものの、今の傭兵達は防衛に回るしかない姿が所々で見られた。問題は猪タイプの魔物だった。他の2種に比べれば小柄と言える体格も、やはり人間から見れば十分に巨体であり、その体から繰り出される捨身の突撃が戦場を巨大な矢となり駆け抜ける。


 もちろん全てが人間に向けられたものではなかった。ナナカ達がここへ来る前にも、この2種の魔物は対峙していたのだろう。餌を争った跡がそれを物語る。この場は言ってしまえば三つ巴の戦い。これが戦場を難しくさせていた。


 そしてナナカの目の前で傭兵ミゲルが次の餌食になろうとしていた。

 対人のプロが魔物に対して犯したミス。それは自分たちの倍以上の相手にまともに武器を合わせてしまう行為。咄嗟の行動として染みついた戦いの経験から出た行為だったのだろう。人間を倒す為の武器は魔物の持つ武器に傭兵の心と共に折られた。

 

 誰かに助けを求めようとするナナカが、それが無駄な行動である事は頼りになるはずのシェガードを見た時に理解した。圧倒的な強さを持っているはずの傭兵ですら余裕がない。


 いや、唯一3匹のサーベルタイガーを同時に相手をしている。決して1対1なら問題にしない相手かもしれないが、この状況ではシェガードの所が崩れれば魔物へと勝負の天秤が傾く事は目に見えていた。

 

 つまり、現在の戦場で余剰は戦力にならない自分達姉妹の2人だけ。


「誰か……誰かっ!」


 赤髪の少女の空しい声が戦場の荒々しい風に消される。

 その声に応える様にミゲルが口元に笑みを浮かべながら、声の主である自分へと視線を流す。


(何故、そんな表情を見せる!)


 次の出来事にナナカは魔物の脅威を改めて思い知る。

 ミゲルと相対していた魔物は方向転換すら終えていなかった。

 1人と1匹の間に追加された出来事が事態に止めを差す。


 視界の外からミゲルへと向かうそれは人間の出せるスピードを超えており、ナナカに声を出す暇すらも与えずに膝を付き笑みを浮かべる傭兵を空へと発射させた。発射速度も飛距離も人間が生み出すのは難しいレベル。


 空で5回6回と回転する。

 その威力は地面に激突後も同じ数だけ転がり続け岩にぶつかる事でようやく止まる。何かの競技中のボールの様な動きを人間が代わりとなって見せる光景にナナカは声を失った。


 発射台の正体は対峙していた相手と同じタイプの魔物。笑みなど見せるはずのない魔物が笑ったように吠えた。そのまま2匹は動きを止めた獲物へと悠然と歩みを進める。


 横たわる傭兵の腕から生えていた折れた剣は見当たらず、その部分にあったはずの腕すらもない。突撃を受けた右の足は太腿辺りから曲がるはずのない方向に曲がっている。先程まで着ていたはずの鎧は、回転の遠心力で飛ばされたのか部分部分が見当たらない。


「あっ……だっ……!」


 助けの声を出したつもりだった。

 しかし口からは音にならない空気が漏れるのみ。

 もし声に出したとしてもそれに意味があったかは疑問。

 分かっている。でも助けを求めずには居られない。分かっている。そして、そんな状況で自身が無力である事も「分かっている」。


 気付けば走り出していた。後ろで姉が何か叫んでいる気がする。

 はっきり聞こえているのは自身の荒い呼吸音と心臓音。

 あそこにあるのは自身の手に届く命だと信じて進む。


 幼い人間の子供の行動を確認した魔物はそれに合わせる様に加速する。

 たとえ無力な餌であろうとも全力で叩きのめす為に。


 結果は――魔物の急停止に終わった。いや、急停止させられていた。魔物の額に何かが「生えていた」。先ほどまではなかった角が1mほど斜めへと魔物を縫い付ける様に。


 一瞬の出来事に誰もが状況を理解できていなかった。

 本当は、それが角ではない事でさえも。


「姫様!!! 遅れました! 申し訳ありません!」


 覚えのある声を聴き、その方向を向きその姿を確認する。勇者マコトの姿を。


「なぜ! ここにお前がいるんだ!?」


 北の集落の護衛に行った勇者。

 コボルトの集団が向かった先で苦戦しているはずの勇者。

 守るべき集落で合流すべきはずの勇者。


「適材適所です。女傭兵……シェードさんでしたか? あの方が来るまでには、ほぼ片が付いていました。後始末を引き受けてもらえたので私は、こちらの大物の相手をする為に参りました」

「ほぼ片が付いていただと……!?」

「所詮はコボルトですから敵ではありません。集団で固まってくれば、まとめて蹴散らすのも簡単でした」


 100匹を敵ではないという言葉に味方と言えども背筋に冷たいものが流れる。


(勇者マコト。とんでもない拾いモノだったのか……!?)


 その勇者は恐れる様子もなく猪タイプの魔物へと近づくと、額から生えた「角」に手を掛けて引き抜いた。ただし、その認識は間違いであり、良く見ればそれは額を貫き地面に縫いとめた2m近い長さの銀槍だった。


「姫様はお姉さまと、そちらの傭兵の方の所で待機していてください。この戦場は私が預かりましたっ!」


 前面へと構えられた銀槍は魔物の返り血など一滴も残っておらず、マコトの声に反応するかのように太陽の光を反射していた。それが反撃の狼煙へと変わる。


 対人のプロと対魔物のプロの差を理解させられる時間が迫ろうとしていた。

2015.9.16

描写と表現の変更修正を致しました。

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