6 戦場の花
魔物達との序盤戦は最善とも言える形で終える事が出来た。
しかし、魔物の後続に対する心配を見せないシェガードに違和感が消えないナナカ。
いよいよ中盤に差し掛かる戦場にナナカは耐えられるのか?
傭兵達と幼女と言われても仕方がない幼さを残す王女ナナカは、森の方向へと慌てる事もなく歩を進めていた。回復を優先しながらの前進は傭兵シェガードの意見だったが反論はない。
もちろん先程の戦場で待ち構える選択肢もあったのだが、援軍を期待できるわけでもなく、壁となる要塞もない。魔物に先手を取られるよりは、常に先手であり続ける事を選んだ結果である。別ルートから町へ侵入する魔物も居ないとは言えないが、森までを直線で結ぶ主力ルートを潰す事が最優先だと言えた。抜けた少数の魔物については警護兵に頑張ってもらうしかない。
「しかし、シェガード。下手に時間を掛けて、多数の魔物が一斉に向かってくる可能性はないのか? 各個撃破はスピードが命と言うではないか?」
「あああ。人が相手なら時間を与えたら陣形を組まれて痛い目にあうだろうな。だが、相手は魔物だ。同族同士ならまだしも、他種の魔物の混合は考えにくいのさ。と言っても各個撃破については確かに少数のこちらとしては迅速に行って有利に進めるべきではあるがな」
「じゃあ、なぜ歩きながら回復優先なんてするんだ?」
ナナカの質問に言った方が良いのかどうか、シェガードにしては珍しく悩む姿を晒している。
「まあ、もうすぐ答えの方から、やってくるとは思うぜ」
思わせぶりな返答はシェガードが答える事を遠回しに断ったようにも見えた。だが、聞かないという選択肢を選ぶつもりはない。人は良い出来事を隠す生き物ではない。つまりはナナカに知らせたくない内容を含むという事。聞かずにはいられない。
「やってくるだと。誰がどこから?」
「丁度、そいつが見えてきたぜ」
答えは指の先にいると、シェガードが前方を示す。
そう、今自分たちが向かっているはずの方向へと。
人影が見える様にも感じた。
魔物達が居るはずの方向から人が来るはずもない。
しかも、その人影は1人に見えた。
(どういうことなんだ? まさか誰かが1人で「ここから先の魔物を全滅させた」なんて言って現れたりしないよな?)
疑問は人影が近くづくに従って、自分の考えが馬鹿な考えだと気付く事になった。同時にここに居るなんてありえない、その人物の姿に事態が飲み込めないで嫌な予感だけが心を締め付ける。
やがて話せる距離まで近づいた、その人物は――
「なぜ、ここにお姉ちゃんがいるんだ?」
「久しぶりって言っても半日も経過していないのよね」
「答えになっていない! なぜ、ここにいるんですか!?」
「やっぱり言ってないの? シェガード」
「言ったら、お嬢が反対するに決まってるじゃねーか」
(ちょっと待て、「言ってない?」「反対?」)
大人2人の会話にナナカの心が乱れる。
「2人は何を言っているんだ!」
「まあいいわ。私が説明すればいいのね」
シェガードの方は姉レイアに後は任せたとばかりに背を向け先へと歩き始めた。
「これだから傭兵と言うのは困ったものなの。ナナちゃん歩きながら説明するわよ。ついてきて」
ナナカは無言の頷きで応えるとレイアを追いかける様に歩き始める。
どうやら姉は説明するよりも見せる事を選択したようだ。
よって会話は少女から質問ないとは違う方向へと歩き出す。
「何から話そうかしらね……。ここに来るまでの戦いはどうだったのかしら?」
「うまく行っていると思うけど……シェードは防衛の為に集落に向かわせた。傭兵の離脱者は数名。被害は最小限と言っていいと思っている」
「そうね。被害を少なくする事は今回の戦いでは一番の重要課題だもの。上出来だと思うわね」
「魔物が新たに現れたら危なかったかもしれないけど、シェガードの策もあって最高に近い結果を得られたと思っている」
「そうね。誰かが”魔物を抑えて”いなければ、まずい結果になっていたかもしれないわね」
「魔物を抑えて? どういう事?」
「答えは、そろそろ見えてきてもいい頃なの」
姉の言葉に誘われるように鉄と生臭い香りが風の運ばれて流れてくる。
先程の戦場でも嗅いだばかりの新しい記憶の香り。
(どこから?)
香りは歩みと共に強くなる。
やがて見えてくる馬車と思われる残骸の数々。
(数が多い。1台2台じゃない)
先行する傭兵達が武器を抜き、戦闘態勢を整え始める。魔物の気配を感じ始めているのかもしれない。
残骸から100mも進まないうちにレイアの言う答えが見え始めた。そこには誰かに見せる為に準備されたかのように、いくつもの紅い花を咲かせていた。
「うぐっ……」
言葉にならない声と共に口へと湧き上がり広がる液体。それを吐き出す事は、その花たちへの冒涜に思えてナナカは耐えた。
戦場を彩っていたのは少し前までは人だったと思われるモノ。
肉食動物は一番栄養があり、美味しいとされる内臓を好むと聞いた事がある。
その結果として巻き散らかすように赤が地面を染め上げて、まるで1つの命により、戦場に1つの絵画を作り上げたかのようである。
ただ与える感情は決して感動などではなく、不快感のみである。
当然、その花達の表情に楽しさや幸せは見えてこない。残されているのは生きたまま食べられたであろう事を表す恐怖と苦悶。更に内から食べられる事に抵抗したと見られる血に塗れた両腕。それらが、その瞬間の状況をナナカに思い起こさせる。
食べられる前に死んだ者は幸せかもしれない。生に長く縛られた人間ほど痛みによる気絶と痛みによる覚醒を繰り返した事が、これらの紅い花を大きく開かせる役目に繋がった事は容易く想像がつく。
「なぜ! ここに、この人たちはいたんですか!?」
そう、レイアが現れた方向の延長線上がここであり、レイアは間違いなく「魔物を抑えて」と言っていた。間違いなく姉が何かを知っているに違いない。
しかし、その赤髪の少女から疑問に対する答えは受諾者から返ってくる前に、花を咲かせたであろう魔物達の叫びにより中断されたのだった。
今、戦いの第二幕が開けようとしていた。
2015.9.15
描写と表現の変更修正を致しました。




