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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
4章 ベルジュ防衛戦 前半
35/142

5 命の天秤

シェガードの策は実った。

強い追い風を受けて戦いは加速する。

 戦いは一方的な展開へと傾いて行った。

 2対1の状況を作る事に成功したシェガードの功績は高かった。

 ここにいるメンバーは傭兵で構成されており、個々の戦いよりも連携を重視して数で押す事を得意としているのだから、この状況は人間側の背を更に押す。


 当然、それは魔物に対しても有効であり、不足気味の攻撃力を十分に補って余りがある結果を生む。中でも一番大きな強みとなったのが魔物に対しても個で十分な強さを発揮していたシェガードをフリーにすることが出来た事だろう。


 支援に徹する必要がなくなった状況で時間稼ぎに利用していた魔物の首領に対して役目は終えたとばかりに全力で潰しにかかり、動かぬ肉の塊へと料理したのだ。そうなってしまうと士気の下がった魔物達は統制をなくし、半刻もかからずに血と肉だけの存在へと変えられた。


 何人かの離脱者が出たが開戦前に近い戦力は場に残された。

 時間は予定よりも掛かってしまったとは言え、状況としては善戦していると言ってもいいだろう。


 今回の戦いは時間との戦いでもある。こちらに交代要員はなく、終わるまで続けられる戦いは体力を減らす一方である。10倍近い敵を相手にするとはそういう事だ。


 それにこちらは籠城を選択しなかった。

 本当のところは籠城するほどの施設すらないのだが、野戦を選択するしかない状況で被害は最小に抑え続けなければいけない。戦うべき相手は、まだ多くいるのだから。


「お嬢。まあぁ……なんだ。なんとなく状況は予想出来るが護衛に付けたシェードをのやつにコボルトを追いかけさせただろ?」


 魔物の返り血を拭いながら歩み寄ってくる、そのシェガードの声は館にいる時と変わらず、既に顔にはいつもの笑みすら浮かべていた。 


「首領と戦いながら良くそこまで観察が出来たものだな。まだ余裕はあったと言う所か?」


 先程の戦いを見て、その強さは十分に理解出来たつもりだったが、まだその上があったという事だろう。


「おいおい。まだ序盤だぜ? そりゃ適度にやらなきゃもたねぇだろ。第一にコボルトの姿は俺にも見えたからな。お嬢の考えることくらい予想出来るさ」

「間違った選択だったと思うか?」

「ハッキリ言って間違っている。シェードがコボルトと戦う事がというわけじゃない。100匹くらいアイツは捌いちまうさ。まあ簡単にとは言わねえが、あいつは「コボルト」相手になると目に色が変わっちまうからな……だから、そっちは問題はない」

「そうか。お前の娘を無謀な戦いに向かわせた事を怒ると思っていたが、その話を聞く限りは心配はなさそうだな。じゃあ間違いと言うのは?」

「お嬢。分かってねえのか? 俺が言いたいのは戦場で護衛者を放棄した事だ!」


 先程までの笑みから変貌して、奥歯が見えるほどの大きな口が開かれ、飛び出る怒りがナナカに向けられた。魔物さえ圧倒する傭兵から向けられた感情の勢いは、長かった夢の記憶の中にすらない程に身を竦ませた。


「しかし……、あのままでは集落とマコトが危険だったんだろう?」

「ああ、危険だろうさ。でもな、集落が消滅しようがマコトの奴がコボルトに攫われて孕まされようが、それでこの戦いの負けではないんだよ。お嬢だ! お嬢が死んだら、終りなんだよ! お嬢はこの戦いの旗で力の源だ! そこが崩れたら全部台無しになるんだよ!」


 ナナカは自分の考えが甘かった事をここに来て理解出来た。

 自分が全ての先頭で責任者で王将である事を頭では理解していても、心構えも覚悟も出来ていなかった。そんな重要なポジションは夢の中ですら経験した事がない。だが……


「すまない。甘かったと言うしかないかもしれない。でも……やっぱり同じ状況に迫られたら同じ選択すると思う。いや、絶対に同じ選択をする!」

「ダメだ。それじゃあ不幸な人間をもっと出す事になる。百人の人間を助けて一万の人間を殺す気か? お嬢の命が消えるって事はそういうことだ! 重いんだよ! 自分の命を守る為に百人を捨てる選択も必要なんだよ!」


(自分の命が百人を超えて一万に匹敵すると言うのか……)


 己の命を万の命を比べるように天秤にかけられた気分は最悪だった。

 これが仕事等の価値としての評価なら、そうはならなかっただろう。

 しかし、たった1つの命が他の人間の人生を奪う事に繋がると言われれば、その重圧は恐ろしいものである。


「ここにいる傭兵達だって同じだ。必要なら捨てろ。必要なら囮につかえ。必要なら死ねと命令しろ。それがお嬢の役目だ……!」


 守るべき多くの命の事を口にした後で、簡単に自分達の命は捨てろというシェガード言葉に、湧き上がる……怒り。それは落ち込みそうな心を吹き飛ばす。


「それは出来ん!!! 言っただろう! 手の届く、声の届く、力が及ぶ限り助けると! 私の命に1万の価値があるだ? 私の命は重いだ……?」


 もちろん、ナナカとしてもシェガードの言う事を理解しなかったわけではない。しかし、理解と納得とは別だ。受け入れらない。例え、万の人生の糸がこの手にあるとしても、曲げられない。ナナカは思いを吐き出す為に空気を吸い込む。


「それがどうしたぁぁぁ!!! 私にはお前達がいるだろう! それとも守りきれないとでもいうのか!? 私はお前達を信じている!」


 その言葉に返す言葉を無くしたように静けさが戦場に満たす。


 どれくらい風の音を聞いていただろうか。

 意外と短い時間だったかもしれない。

 それとも長い時間だっただろうか。

 次第に流れてきたある波がその空気を乱した。


「「「くっ、くっ、くっ! あははははっっっ!」」」


 感情をぶつけ合い押し黙る2人を残して、周りの傭兵達が笑いと言う波で場を包み始めた。


「シェガード。お前の負けだよ! おっもしろいっ姫様を見つけたもんだな! うらやましいぜ?」


 ミゲルからの傭兵たちを代表するかのように発せられた言葉は、シェガードの力を抜くには十分な効果を見せた。


「はぁぁぁぁ……。お嬢が頑固な事は分かってはいたつもりだが、俺もここまでとは予想できていなかったぜ」

「頑固って……お前は他人の事言える立場かよ」

「ああんっ。俺は曲がった事が嫌いなだけだ! 一緒にスンナ!」

「いや~、面白い劇場だったぜ? この劇場に今後も通わせてもらう為にも、この戦いは生き残らねえといけないな。なあ、みんな!」

「「「おうよ!」」」


 ミゲルの意見に反論はないとばかりに周りも同調する。

 その状況に、さすがのシェガードも諦めたような表情を浮かべて降参を告げるしかなかった。


「わかった。わっか――ったよ! 続きは戦いの後でだ。お嬢。カジルにも手伝って貰うから覚悟しておけよ?」

「いいだろう。受けてたつ。その為にも、まずは終わらせようじゃないか。この戦いを!」


 2人から自然と漏れる笑みは、その場にいる人間に感染して行った。

 皆で明るい未来を手に掴むために。


 ただ、自分達よりも森に近い戦場でナナカの気持ちに反する動きが行われている事を知るのは、それほど先の未来の事ではなかったのだった。

2015.9.13

描写と表現の変更修正を致しました。

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