3 魔物×魔物
魔物ケダルの集団の首領ドンケダルとシェガードの戦いの幕が開けようとしていた。
6mの魔物を前に対人のプロはどう挑むのか?
魔物の首領は自身に向かい歩みを進める人間の男を見つめながら威嚇とは違う声を仲間へ向けた。他の傭兵と戦っていた魔物達は首領の声に応える様に後ろへと歩を取り始める。
この行動に拍子抜けした傭兵たちは追う事もなく見つめるだけだった。
人間同士の戦いを主戦とする傭兵達には、それが魔物達の取るボス同士の正式な戦いの合図であり、ボスの戦いを見守る為に引いた事を理解するのに時間を要した。
その姿を眺めながら相手のボスへ向かうシェガードには、ある程度予想していたかの様に動揺の色は見られない。逆にその顔には笑みすら見えた。
(あれは何か企んでいる顔だ)
短い付き合いながらもナナカには、あのシェガードの悪ガキスマイルは相手にとって厄介である事を見てきた。となれば自身の取る行動は自然と決まってくる。
「皆の者! こちらもいったん下がるぞ!」
それまで傍観が続いていたナナカからの指示に、一瞬どうしていいのか迷っている様子を見せたものの、シェガードからも左手で下がれというような仕草に警戒体制を取りながらも、いざとなれば飛び出せる距離へと移動を始める。
「シェード。全員の状況確認と回復優先の指示もしてきてくれ」
「わかりました。ナナカ姫も警戒は解かないようにしてください」
一瞬、視線を遠くに流した後、後ろの動きに満足したように戦闘態勢を取り始めるシェガードの様子に、ナナカは自身の判断は間違っては居なかった事の安心を覚えた。
ただし、何を企んでいるかまでは現段階では分からなかった。単純に回復の為の時間稼ぎと考えたいところだが、魔物はこのグループだけではない。いつ次の集団が来るかは分からない中で時間稼ぎは命取り。シェガードの笑みは、それも込みで出たものだと考えると、何か深い考えがあると思いたい。
「じゃ、いくぜ!」
吐き出す声をスタートの合図とばかりに牽制もなしで、ドンケダルの懐へと飛び込んでいく。それまで戦っていた通常のケダルの5mが可愛いものだと思えるほどに並んだ1人と1匹の体格には絶望的な差があった。
シェガードの持つ得物は対人用としては大きめの両手剣とはいえ、6mサイズの魔物に立ち向かうには小さく、冗談にすら思えるほどだった。しかし実際に戦いが始まれば杞憂に過ぎなかったと笑いたくなる程に、その動きは圧倒的だった。
先程までの集団戦は手を抜いていたのではないか疑いたくなる。
三倍以上の体格差を埋めるように相手の三倍以上のスピードで翻弄する姿は、ブロンスクラスを超えてゴールドクラスの実力を持つと言われる傭兵の実力を垣間見た気がする。ただし攻撃へと積極的に出る様子はなく、相手との一撃の大きさの違いから慎重になっている姿にも感じた。
(いつもは大雑把と言える性格ぶりを見せているが、戦いとなれば安全マージンを取る慎重さも併せ持つか)
それこそが「トップクラスに立つ者の姿」という、ナナカの感想は大きな間違いであることを後に思い知る事となる。
「ナナカ姫。戻りました」
傭兵達の状況確認と指示を終えたのであろう、シェードが自分の父親の戦いを気にした様子もなく迅速に報告に戻ってきた。
「父親の心配はしていないようだな」
「あたしがどれだけ近くでオヤジの戦いを見てきたと思っていますか? あんなのは遊びですよ」
「遊びだと? あれで本気ではないのか?」
「先ほどまでは他の奴らに被害が出ないようにサポートに回っていましたからね。周りを気にしなくてもよい状況でオヤジなら本気を出したら、あそこにいる魔物クラスだって相手になりませんよ」
「命があってこその稼業。相手を倒す事よりも防衛を重視するということか。じゃあ、まだ本気を出していないのは何故だ?」
「たぶん、それは……」
答えが口から出る前に1人の傭兵が「お姫様!!」と慌てた様子で会話に割り込んできた。
「なんだ? 何かあったのか?」
「それがコボルトの集団がこちらではなく、北の集落に向かっている様なのです!」
「それが問題があるのか? 集落には勇者をまわしているぞ」
「いえ、その集団が100を超えている様なのです!」
「100だと!? ここに来るまで1匹も見ていなかったが、コボルト達は最初から集落を目指していたという事か?!」
「恐らく違います。ナナカ姫。あたしはコボルト達の事はよく知っている。あいつらは臆病だ。相手の力を見て脅威と思ったら決して戦わない。このタイミングで集落を目指し始めたって事は隠れて見ていて、あたしらには敵わないと判断して脅威が少ない集落へと方向を変えたんだ!」
「ちょっと待て……北の集落はマコトの1グループが向かったはずだ。彼女らでは対応しきれないという事か?」
「1グループ……ブロンズにも達していない下位クラス冒険者5人では、いくら弱いコボルトと言えども、100匹を超えるコボルトを相手は難しいかと。集落の者が協力しても犠牲は大きなものになる可能性が高いです」
顔が強張るのをナナカは抑えれなかった。
シェガードが時間を稼いでいるとはいえ、ぶつかり合いが再度発生する可能性は常にあるのだ。ここで戦力を裂くわけにはいかない。余剰戦力など……
(いや!)
「私の知識に間違いがないなら、コボルトの体格は人間と大差ないか!?」
唐突な質問に何が言いたいのかと不思議な顔を見せていたシェードだが、ナナカから注がれる自分への視線に表情が一変する。
「まさか……あたしに向かえというのですか!?」
「そのまさかだ。ブロンズクラスの傭兵が魔物とは言え、人間に近いコボルトの相手ならば力は十分に発揮できるのだろう?」
「もちろん! コボルト如きなど物の数ではありません! が、しかし……!」
コボルトの部分に感情の高まりが見えたような気がしたが、それが何かはナナカには分からず、心に留めておくだけにする。
(今はそんな場合ではない)
「時間がない。直ぐに向かってくれるか?」
「護衛はどうするのですか!」
「今の余剰戦力は私の護衛をしているシェードだけだ。役に立たない人間の護衛を集落の護衛に回すだけの話。これ以上の方法はないと思うが?」
「いくら傭兵のあたしにだって、ナナカ姫と集落を比べたらどっちが大事かわかるよ!」
「あぁぁ、そうだな。1人の命より集落の何十、何百の命の方が重いに決まっているな」
「ナナカ姫!!!」
「私はシェードを雇った覚えはない。だから命令じゃない、これはお願いだ。集落を救ってきてくれないか?」
何を言っても無駄と感じ口を結び苦渋の顔を浮かべるシェードに、戦場で場違いな空気を作り出す様にナナカが静かに頭を垂れた。
王族が一傭兵に頭を下げる奇妙な空気の中で誰かが騎乗する気配を感じてナナカが頭を上げる。
「オヤジが気に入るわけだ。今回は「お願い」を聞いてあげます。でもね、あたしがオヤジから怒られそうになったら、間に入って弁解してくださいよ? あのオヤジ怒ると物凄く怖いんだよ」
「わかった。約束する」
「じゃあ、直ぐに片づけて戻ってくるから、大人しく待っていてください」
その言葉を残してシェードは新たな戦場へと馬を駆けた。
ちなみに後日、シェードが怒られる事はなく、逆にカジルとシェガードに怒られ続けるナナカを庇ったのはシェードだったらしいが、もちろんメイド達の噂話の1つである。
2015.9.11
描写と表現の変更修正を致しました。




