3 勇者来訪
いよいよ、勇者との会見に臨むナナカ。
心の中の理想の勇者を思い描くが、その理想は果たして正しいものなのか?
そして、二人の勇者はナナカにどのような影響を与えるのか?
そろそろ勇者達をこの目で見る事の出来る時間の到来が迫っていた。
もちろん会う前にカジルから、勇者と我が国との関係と存在意義も簡潔には確認済だ。
勇者とは――
1「この世界の魔物を狩る者たちである」
魔物はどこにでも居るわけではない。主な生息場所は各国の主要都市にある『旧地下都市の廃墟』、または我が国の東に広がる『消光の森』等の人類の未開の地などが現在は存在が確認されている地域である。
2「国同士の戦い、つまり戦争には不関与である事」
勇者と呼ばれる者たちは規則や法に縛られているわけではないが、人類全体を守る為に魔物と戦うことが目的であり、戦争には手を貸さない。あくまで心得のようなものらしい。
3「勇者は人々の為に貢献する事を最大の目的とする事」
本来は一番大事なものと言われているが、現在はこの貢献について幅広く解釈した勇者が多く、名誉職と言うよりも国や商人と契約して活動をする職業勇者となりつつある。つまりは魔王や悪魔などは存在しておらず、ゲーム的な勇者とは違うようだ。言ってしまえば『冒険者のリーダー』=『勇者』のような扱いらしい。
4「有力勇者は力の象徴である」
考え方としては競馬のサラブレットに近い。勇者が活躍すれば支援していた者の評価もあがる。また、勇者たちが旅で手に入れた宝や依頼があれば魔物の素材等が支援者の手元へ渡る事もある。今から会う勇者たちも支援が狙いだとの説明も受けているが、正直にいえば期待していた勇者と違う気がする。ゲーム的な想像の『勇者』に会える! と思っていただけに、ガッカリ感は決して小さくない。勇者が冒険者と違いが殆どないと言ってもよいくらいだと分かってしまったのだから。ただ勇者を表向きは激励する事も自身の仕事の一つだと言われれば会わないわけにもいかないだろう。
とりあえず、なかなか面倒な立ち位置らしいが勇者というのはナナカの思っているようなものではないはハッキリした。その先については会ってみて判断するしかない。
覚悟を決めて廊下をカジルに案内される途中で、ようやく自身の居るこの館の確認も出来た。ナナカの視感で言えば、多くの人間が住んでいる雰囲気はない。館と言う認識レベルであって城ではない。王族であり、近々7歳になるとはいえ、継承権が低いからかもしれない。またはこれが元から自身に与えられている権限を表す物差しなのかもしれない。とはいえ、29年の夢の中の生活から考えれば間違いなく大きい。家族だけで住む為の建物ではない為、当たり前ではある。しかし比較対象を知らないとはいえ、王族としては小さい気がする。
その周囲を確認するように城内案内されている、ナナカの雰囲気を感じてかカジルは独り言のように言葉を口にする。
「姫様が小さな頃に一度来ただけですから記憶にないかもしれません。ここは王妃様の実家の邸宅にございます。姫が眠りから覚めない状況で治療を兼ねて、王妃がこちらに姫様の身を移すようにと指示がありました」
もちろんカジルの言っている意味と、微妙に違う意味で記憶にない。
現状把握している事と言えば自身がナナカ姫であるのと、会話に問題のない程度にはこの国の言葉に対しての不安はない事くらいだ。
「勇者達一行は数日前からこちらの方に滞在しております。姫様の目覚めは丁度良かったと言えるかもしれません。姫は簡単な一言を与えるだけで良いです。後の対応は私にお任せください」
「カジルに頼るしかないか。すまないな」
「まだ目覚めたばかりです。徐々に慣れて行けばよいでしょう」
「だな。勉強させてもらうよ」
「お力になれるように努めさせて頂きます」
会話が終わる頃にはカジルの足が止まり、行き止まりにある会見の間の扉が開かれる。その先には来訪者に対する見栄か威圧なのか、建物サイズの割には無駄に広く、天井の高い部屋に、決して安くはなさそうな装飾品が並んでいた。そしてどうやら自分たちのいる2階から1階へと階段で降りて行くつくりになっているらしい。更には仰々しい館の主の為と見られる玉座までが用意してあり、ここだけを見るなら確かに王族の血を意識させられる造りと感じられた。どうやらサラブレット扱いの勇者といい、見栄を張るのが貴族や王族の仕事なのかもしれない。
そんな中で2人の勇者が片膝をつき頭を垂れて、姫であるナナカを待っていたようだ。
一方の勇者は経験については問題なさそうなひげ面のこげ茶色の髪の年配の勇者。ただ妙に高額に見える装備をしており、これが自身達の力の象徴だとでも言いたげにしているように思える。しかしそれは旅を重視したものにはナナカの目には見えなかった。もしかすると現実の世界とはそれが普通なのかもしれないが、一般的な勇者を見るのが初めてのナナカからしてみると少々疑問を持ってしまう姿である。
もう一方は若い。女性なのか男性なのかも分からないような中性的な顔立ちだ。ショートボブのような髪型が更に中性を強調している。変わったところ言えば銀髪であることだろうか。格好としては旅の途中と言った方が良いような装備で、勇者というよりもナナカの目には旅人と言った方が近いと言えた。当然ながら動きやすさを重視しているようで、長旅にも向いているように感じられる。もちろん高額な装備ではないだろう。その程度はナナカでもわかる。ただここまでハッキリと装備に差があると中身はともかくとしても少々感じるものはある。
そんな相反するような2人の様子を見下ろしながらナナカは階段を下りた。そのまま玉座へと腰を下ろすと護衛の兵であろう4人が足踏みと同時に姿勢を正す。それを確認したカジルが視線をナナカに送ってくる。どうやら「ここで一言を」という事のようだ。
「勇者達よ。此度の来訪をうれしくおもうぞ」
「「ありがたき、お言葉でございます!」」
言葉を受けた2人が、ナナカの言葉を聞き、面を上げて感謝の意を表してくる。
勇者たちは動きは予想通りと言うよりも、お決まり事のような返答なのだろう。カジルに視線を送るが、こちらに視線を返す様子もない事から問題はなかったようだ。
ただ、この後に何をすればいいのか良く分からない。となれば後はカジルに丸投げだ。勝手に進行してくれるだろうとナナカは判断する。
その期待に応えるように赤髪の姫の隣に立つ男は時計を傾けた。
「勇者バモルドよ。今回の来訪を私も市民も歓迎している。これからも姫と人々の為に力を貸してくれ」
「はは、おまかせくださいませ!」
「勇者マコトよ。貴方は後で実力を確認させてもらい、今後の支援の判断としたいと思う。良いか?」
「はい。準備は整えてございます。宜しくお願い致します」
勇者バモルドは友好関係で、勇者ラッシュは新規と言ったところのようだ。何人も支援する必要性に疑いを持つが、これがこの世界のやり方だと言われれば従うしかない。記憶のないナナカにとって、全てが非常識だとしてもだ。
そこへメイド長が勇者バモルド側に渡す予定とみられる袋をカジルの元に運んできた。支援金が入っているのであれば、サイズから予測するに決して少ないとは思えない。おそらく、それなりの金額が投入されている事だろう。そして気になりだしたら、頭からなかなか離れなくなる。
29年の庶民生活は決して裕福とは言えない生活だっただけに王族と勇者の関係から生まれる価値を金銭にするとどれくらいになるのか。例えば金銭じゃなくて宝石が入っている可能性だってある。逆にあれでも小銭程度なんていう可能性もないこともない。
――やっぱり気になる。開けてみたい。確認したい。
「……それって、どのくらい入ってるの?」
黙っていれば王女のはずの口を小市民の心が開かせてしまった。
ただ出ちゃったものは仕方がない。「王族なのに、けちくさっ!」などと思われたとしてもだ。いつの間にやら背後にいるメイド長の冷たい視線を感じたような気がするが、もちろん気のせいだと思いたい。世間の視線は何時でも冷たいものだと、29年間で学んできている。こういう場合は無視するに限る。
ちなみに、こっそりとカジルから耳打ちで聞かされた内容は、この館のメイドなら3年分の給金に値する金額らしい。
「それ普通の金額なの?」
「はい。特に問題はない金額かと」
ちょっと挨拶に来て3年分とやらの給金とは随分と良い身分だ。元サラリーマンからすれば納得できない。「貰いすぎじゃね?」つつきたくなる。だが決して、ケチだからではないと再度断っておく。
「バモルドだったかな? 前回は何時来たの?」
「ははっ! 2ヶ月程前だったと記憶しております!」
「2ヶ月で全部使っちゃったのかな?」
事情聴取のようにも聞こえなくもない質問に、カジルがやや眉を寄せる表情を見せるが、この小さな口は動き出したら止めらない。ここは子供だと思って許してほしいものである。念のため、しばらく「勝手にやらせてね」とカジルに視線だけは送っておく。きっと分かってくれると願いたい。
「現在の旅先に強力な魔物多く、入念な準備が必要となりました。更に投棄奴隷を何度か失い補充を必要とした為にございます」
「投棄奴隷?」
奴隷。つまり奴隷制度がこの世界には存在するということだろう。夢の世界でも遠くない過去には、どこにでもあった制度だった。ないとは思っていなかったが、しかし投棄奴隷となると想像がつかない。
「投棄奴隷は良く知らない。普通の奴隷と何が違うのだ?」
バモルドは質問に対してどう応えた方が良いのか、カジルに視線を向ける。それに反応して、幼い姫に一言。
「姫、少々刺激の強い内容が含まれますので……」
「かまわない。教えてくれ」
カジルからの忠告を遮るようにして説明を求める。
自身の主からの強い意志を感じたのか、諦めたよう言葉を選びながらカジルが慎重に話し始めた。その説明がナナカの『勇者』と言うものの価値観を裏切る事になるとは想像もせず耳を傾ける。
「冒険とは常に危険と隣合わせです。当然ながら魔物にも強敵は当然おります。中には対峙しただけで勝てないと判断出来きてしまう相手もおります。勝てないなら逃げるしかありません。ただし、自分より強い相手から逃げるのです。普通に考えれば逃げ切れる事の方が少ないでしょう。それでは勇者は成長を迎える前に死を迎えてしまいます。では逃げるためにはどう致しますか?」
その先は察してくださいと言わんばかりに問題定義を赤髪の主に投げかけるカジル。
……危険……勝てない……逃げる……投機……。読めた。読めた読めたっ! 確かに合理的だ! でも、それが勇者か! 勇者でいいのか!?
その答えが分かってしまったナナカは話の続きを自らの口でする。
「つまりはこういう事か? 勇者が逃げる時間を作る為に餌を投げる。魔物に差し出し時間稼ぎをする餌。その役目を奴隷が担う。まさに投げ捨てる奴隷。投棄奴隷か。なるほど良く出来ている」
奴隷制度というのは国の制度の1つなのだろう。この場でも使われる言葉なのだから王族が認めているにちがいない。平和な夢の世界の住民だったナナカにしてみれば、明らかに倫理に反した間違った制度だと批判したい。しかし現在、国内が王の死によって乱れている状況で安易な行動は何を招くか分からない。王族である自身がそれを批判する事は、捉え方によっては他の兄弟や貴族から大きな反感を買う事にもなりかねない。ただ人々を守るべき勇者が自身の命可愛さに他人の犠牲にすると言うのは、やはり矛盾している。それがナナカだけの常識だとしても納得できる筈もない。もちろん王族としては納得すべきだろうが、夢の中での身に付いた29年の常識が心を熱くする。
……そんなものが勇者だと! 俺が思っていた勇者は違う! そんな事が許されるのか! そんなものが現実世界の常識なのか! 認めるべきなのか!? 認めてしまうべきなのか!? 現実の常識にとらわれるべきなのだろうか!? ダメだ! それを認めたら王族という立場ではなく、己の意志を否定するようなものだ! そんなものを認めるくらいならまた眠りについた方がマシだ!
だが心の怒りを表情にも声にも反映させない。
しかし怒りが瞳孔を開かせる。
だが気付かせるな。
怒りが指先を震わせる。
そんなもの袖の中に隠せ。
怒りが全身に鳥肌を立たせる。
発汗するよりマシだ。
表情と言葉を凍らせろ。
相手に内面を悟らせないために。
されど赤く心は煮えたぎる。ナナカの髪のように赤く。
しかし空気にその色を漏らさない。
「今、ここに投棄奴隷を連れてきているのか?」
「はい。表に待たせております」
バモルドへと静かに語りかけ、静かに言葉を受け取る。
「勇者マコト。そなたも、やはり投棄奴隷を?」
「いえ、私は力不足を自身の責任と考えておりますゆえ、その不足を誰かに背負わせたくはないのです」
「高い確率で逃げる為の手段があるというのに使用しないと言うのか?」
「はい。不足分はこれからの成長にて補っていきたいと思っております」
どの勇者も同じ考えとは限らないらしい。全てが悪い方向に向いていない事に多少の安堵も憶えつつ、今後の世界への関与の方向が少し見えてきた気がした。それはこの世界の中では間違っているかもしれない。だが何か変えたい。少しでいい。ここから何かを。
「実は私も奴隷に興味がある。一度見てみたいと思っていたんだ」
「姫! それは少々……」
「私が奴隷に興味を持っていけないのか?」
カジルが自制を求める前に、それ以上の言葉を続けるなとばかりに釘を刺す。
「というわけでバモルド。表に居るという投棄奴隷をここへ連れてくるがよい」
「姫様にご覧頂くほどの物ではございませんが……」
「くどい。これ以上、言葉を繰り返すつもりはないのだがな。そんなに勿体つけるほどの”道具”でもないのであろう?」
主である王族側から、ここまで言われれば従う他はないだろう。従って、次の言葉は当然といえた。
「かしこまりました。ただいま、こちらに連れてまいります。少々お待ち頂きますようお願い致します」
バモルドは言葉の後に頭を垂れると直ぐに行動へ移る。恐らく何か間違った事をしたのかと心情は穏やかではないはずだろう。
そしてその姿が会見場をから出て行くのを確認すると、先ほどは会話から取り除いたカジルへと意識を移し、確認に映る。
「カジル。メイド長の持つ支援金のようなそれはバモルドに渡すつもりの物だな?」
「はい。バモルドへの支援金で間違いありません」
「そうか、では私から直に彼に渡すとしよう」
「姫様がそのような事は……」
「気にするな。私に考えがある。悪いが少々わがままをする」
赤髪の主からの強い決心を向けられたカジルは、引き下がると言うよりも寧ろ諦めた様にも見えた。もはや会見前に話した「任せる予定」などというものは完全に消し飛んでいる。既にこの場の舵はナナカが握る事になっていた。そしてこれがナナカの現世に対しての初めての挑戦になるのだった。
2018.11.4 1~3話までの描写と表現の変更と追加しました。
もちろん物語の基本に変更はございません。