3 太陽の軌道
キエル教会の司祭「ラムル」との会見の場に現れたルナとサン。
3人の存在は何をもたらすのか。
会見場の雰囲気は2人の月と太陽に見事に変化させられていた。
キエル教会からの来訪者も流れの変わった空気を読み取ろうと耳を立てている事は、ナナカでなくても分かる状況だった。それまで自身に有利な状況を作ろうとしていた人間が流れの変化に逆らう事なく、流れに身を置いたのである。
つまりはキエル教会絡みではないのはハッキリした事になる。
「あなた方は前回と違い、ここにいることが場違いである事は理解していますか?」
強張る様子の2人を完全否定はしないものの、この場に来るべきはなかったと、それとなく注意する執事もナナカと同じくではなくとも「司祭ラムル」への何かを感じていたからこそのソフトな対応だったかもしれない。
「こいつらを通したのは俺だ。ちょっとだけでも話を聞いてやった方がいいと思うぜ?」
2人から遅れて現れたシェガードが後方支援とばかりに甥っ子のカジルへ忠告を与える。その顔に浮かぶ、いつものガキ大将の様な笑みはナナカとカジルに向けられたものではなかった。
「あ、あなたは『戦場の災厄』! なぜ、こんなところに!?」
笑みと視線を当てられたラムルの動揺は、先程のルナ達の登場よりも大きい事は間違いない。その動揺を見て悪戯が成功したと自慢の表情のシェガードが、ナナカには少しだけ子供に見えた。
ただ、こんなガキっぽいオッサンが『戦場の災厄』の二つ名とはな。随分と大層なのもを背負っていると感じるのは自分だけではないだろう。おかげでラムルに2度の大きな動揺を与える事は出来たのは悪い気がしない。だが今はルナ達が緊急的な形で乱入してきた原因の方を優先するべきだと意識を切り替える。
「大事な会見を乱すような行為をしたのだ。それなりの理由があるのだろう? サンよ」
場の空気に耐えながら言葉を受けたサンは押しつぶされまいと強く拳を握り声に力を込めている。
「ナナカ様に伝えたいことがあります! もうすぐ消光の森で大変なことが起きます!」
声を出すまでは弱々しい姿に見えたはずのサンの声は、その姿と違い力強く空気を響かせた。
「何かとは曖昧な表現だな? もう少し具体的な事を教えて欲しいな」
「お嬢。土子族とはそういうもんなんだよ。予知みたいなもんだ。長い間、外界で生きてきた土子族だからこその危険予知能力って言ったところだ。本人にも具体的に何が起こるかまではわかんねーんだよ」
「予知能力か……しかし、それだけでは動きようがないではないか。せめて危険の規模くらいは分からないのか?」
「そのサンって奴の能力次第だが……どうなんだ坊主?」
12歳のサンは自身の倍近い上から発せられる、シェガードの声に怯えを見せながらも出来る事を頷きで応え、落ち着きを取り戻すかのように一呼吸すると瞳は静かに閉じて、見えないはずのその目で何かを感じ取るように体が消光の森がある方向へと向けられる。その様子に誰もが呼吸を忘れたかのように無音が世界を染め上げる。
どれくらいそうしていただろうか。
無音に世界が征服されるのではと思い始めた頃に、その瞳は闇の世界から光の世界へと戻ってきた。
「森が騒いでいます。もし、このまま何もせずに放っておくと、この町が大きな被害を受ける事になりそうです」
聴いた後も言葉の意味が理解出来きず視線を交し合う。
ただナナカと他の人間は納得出来なかった『意味』が違っていた。
「森で何かが起こると町に被害が起きるという事か?」
視線の全てがナナカに集中する。
……間違った事を言ってしまったのか。どこがおかしかった?
「姫様。消光の森とこの町『ベルジュ』がどれくらい離れているかお分かりですか?」
「どういうことだ?」
「ここから、早馬で半刻はかかる距離なのです。つまり……」
……なるほどな。そういう事か
「森で何かが起きても、その被害が町に大きな被害を与える事は考えにくいという事か?」
「そういう事になります。間接的にならまだしも消光の森の騒ぎと町の被害をつなぎ合わせるには無理な距離があり、何が起これば町にまで及ぶのかが予測出来ないという事です」
隣に立つ執事の言葉は知識不足の姫に優しく教える家庭教師のようでもあるが、内容が見えてこないだけに周囲の緊張は緩まない。いや、唯一、先ほどまで準主役だったラムルだけが子供のたわごとと思い始めているのか、興味のなさそうな表情が漏れていた。
「少々、気を削がれましたね。あまり、ナナカ姫様も土子族のいう事を真に受けない方が宜しいかと思いますよ」
ナナカには話の内容よりも土子族を同じ人間と見てないかのような口調と言葉に、ラムルと言う人物とは友好関係を築けるとは思えなかった。とは言え、「キエル教会」の事を、よく知らない現状では安易な選択は出来ない。
「申し訳ない。本日は会見を進めるには向かない空気となったようだ。日を改めて……」
言葉が終わるか終らないかのタイミングで先程以上の緊迫した空気を衛兵が持ち込んできた。
「大変でございます!!」
「なんだ! 騒々しい! 大事な会見の場であるぞ!」
さすがに本日、二度目の邪魔が入った事でカジルにも苛立ちが見られた。
とことん、この館はラムルを追い出したい人間で溢れ返っているのかもしれない。少々苛立ちを見せるカジルはともかく、ナナカとしては悪くはない気分。
ただし、その内容を聞くまでは。
「消光の森で火災が発生しております! 規模はまだ掴めていませんが、かなり大きなものと見られます!」
衛兵の言葉に全員の視線がサンに向けられるもの、その表情は予知した人間とは思えない驚きを見せていた。
「直ぐに消火部隊の編成と情報収集の人間を向かわせてください! 何かあるかもしれません! シェガード様は姫様の警護から離れないでください! 申し訳ありませんが、ラムル様は本日はっ……」
「えええ、本日は帰らせて頂きます。もし何か手伝えることがあれば教会に申し出てください。出来る限り力をお貸しいたします」
言葉の内容と釣り合わない不敵な笑みは、ドラマで見た闇金業者のようだ。
この男に借りを作れば利息が高くつく事くらいは予想出来ると言える。
「現段階では状況がつかめていない。そちらの力が必要であれば、その時はお願いする。今はお気持ちだけ受け取っておく」
ナナカは王女の立場上、無難な返答を返しながらも「とっとと帰れこの野郎」と視線を送っておいた。
その視線に言葉を返してくる事は無く、形式上の礼だけを取り、ラムルは館から立ち去った。消え去る彼の背中に軽蔑のまなざしを送りながらも思わずにはいられない。二度と来るなと。
邪魔者が居なくなった後は事態を加速させる事へと目を向けた。
「カジル。まさか教会がこちらに協力を迫る為に仕組んだなんて事はないだろうな?」
「それにしては言葉を聞いた時の動揺は予想していた流れではなかったように思えます」
「そうか。しかし、あまりにタイミング良すぎるな。消火も必要だが情報収集の方も忘れないでほしい」
「その方がよさそうですね。かしこまりました」
火災は問題ではあるが先程のカジルの話を聞く限り、この町へ火の手が届くとは思えない。当然ながら大きな被害に繋がるはずもない。見えそうで見えない状況で更に暗い雲が太陽を暈すように。
ただ多少なりの情報収穫があったのはあった。
何もしていないはずなのに問題に追いかけられる状況でこれが王族の立場からなのか、それとも別何かの意思なのか、または偶然なのか、現在ははっきりしない雲行きの中で歩みを止めることは許されないようである。
ただ、急激に慌ただしくなる館の中で、主役に躍り出た土子族の少年の「違う、違う」と繰り返す言葉がナナカの耳を手繰り寄せるのだった。
2019.1.13
描写と表現の変更修正致しました。




