8 継承と選考
国内の状況を理解すべき時が来た。
3人から語られる内容はナナカに何か与えることが出来るのだろうか?
今後の事を話し合うという事になり、ナナカの寝室から会議室へと場所を移す事となった。現在は少しでも情報が必要であり、館で働く人間も現状理解をしてもらいたいと、メイド達からの代表としてメイド長を加えた5人での話し合いへと拡大された。
会議室は会見場の様に見栄を張った無駄な広さはなく、館の主であるナナカを中心に囲むように席が作られていた。
メイド長、カジル、シェガードは「必要ない」と座る事を拒否していたが、落ち着いて話をする為にと全員を座らせる事に成功した。王族として数日前からの記憶しかないナナカとしては自分達だけが偉そうに座って話すのは外部の人間との時だけにしたかった。そこはやはり、夢の記憶で暮らした庶民としての考え方が抜けないからだとも言えるだろう。
最初にレイアから説明を受け、そこへカジルが情報を加える事で現状を確認していく。
現在は先代王である、「シャールス・ミッター・バス」が王座に戻ってきている。周りの国への睨みは役としては問題はないが内政については全く関わるつもりもないらしく、ナナカの父の代から宰相を務めていた「ログイス・メッツ・バール」という男が実務を行っている。
このバールと言う宰相がかなり厄介である理由として、既に継承権のある8歳の第3王子「シャールス・ベイル・ラルカット」を次の王に押している事だ。
本来は王が変われば当然ながら内務官も総入れ替えとなるのだろうが、現在も実質的に権力のトップを手にしているのは同じ人物である。ラルカットが即位となれば支援をしていた人間の中で最も権力のあるバールが更にそのまま宰相を続けるだけでなく、ラルカットは傀儡の王として存在していく可能性は高い。現在の役職についている人間は喜んでバール派へと足を運ぶことだろう。それは勢力だけを力とするならば、自然とラルカットが最も王の座に近いと言っても良い。
だが歴史を紐解いても傀儡政権は長続きしない。
必ず反対勢力が出てきて内乱に繋がる。それを防ぐためにも同じ王族であるナナカは邪魔になる1人であろう。権力に目が眩み傀儡を求める人間ならば出来るだけ干渉されないように他の王族の排除に取り掛かるからだ。何か仕掛けて来るのは避けられないというのが皆の見解だった。
「カジルはどう考える?」
「執事である私が意見しても良いのですか?」
「情報と意見は多いに越したことはない。私よりは長く、この国を見てきているだろう?」
「畏まりました。私の考えと致しましては無難に第一王子である『ストレイ様』を支持するのは如何かと思います」
第一王子シャールス・ベイル・ストレイ。
彼は体が弱く、本人も長生きが出来ないと自覚もあり、継承については辞退を考えていると聞いていた。ただ、宰相バールの派閥に対抗する貴族達は本人の希望を無視するかのように強く推薦するものもいるのだろう。そこへナナカが加わる方向を勧めているという事だ。
だが、強い野心も持たず体が弱いという事は推薦した貴族たちで実権を握って行く事にもつながる。多少はマシと言う程度かもしれないが、やっている事は宰相バールと変わらないわけである。あまり違いを感じない気もするが……
「ラルカット派ではなく、短命政権の可能性の高いストレイ派を押す理由は?」
「宰相殿は姫様が好きなタイプではないかと思われます」
「どういう意味だ?」
「なるほどな。確かにお嬢向きではないかもしれないな」
口を重く鈍らせるカジルに代わりにとばかりにシェガードが口を開く。
「お嬢はこの間、投棄奴隷の土子族を勇者から買い取ったな?」
「人の命を買ったつもりはない。私が大っ嫌いな、ふざけた運命とやらを買い捨ててやったんだ」
「じゃあ、その奴隷制度は誰が推し進めて、この国に浸透させたと思う?」
質問の流れからすれば答えは簡単だった。
つまりは宰相バールが国に1つの人種の壁を作り出したというわけだ。ナナカは奴隷制度に異議があるからこそ、ルナとサンを助けたと思っているのであれば、その流れを生み出した人間と気が合うわけがないと考えたのだろう。
「それに、それだけじゃないと思うぜ? カジルの奴はお嬢の今後を考えてじゃないか?」
「今後だと?」
「ああ、お嬢。男好きか?」
「は、はぁぁぁ!?? な、なんで突然そういう話になる!?」
「そうね。男よりもナナちゃんは、お姉ちゃんの様な女性が好みよねぇ~?」
「そうそうお姉ちゃんのような……って、違う!」
全く関係性も筋も見えない突然の話題から、姉のナナカの内面を擽るような誘いに乗ってしまうところだった。もちろん、レイアが嫌いではない。体がどうだとか、深い意味はないと言っておきたい。
「そ、その男が好きとか関係性はあるのか?」
「ああ、あるぜ。レイア嬢ちゃんなら分かるよな?」
「ナナちゃんは、私が結婚した経緯は知っているかな?」
「えっ?」
「バールが政略結婚として使ったのよ。王族をね」
レイアの結婚は表向きはどうであれ、宰相のバールが王に結婚の話を持ち込み、国内でなく国外の貴族と結婚させたというわけである。となると女性に興味がないと言うのも織り込み済みの計画の可能性が高い。レイア女王誕生の可能性を阻止した上で、血筋である子孫を残す道も最初から閉ざすつもりだったのではないかと。
「そこまでするのか?」
「まあ、奴ならそれくらいはするだろうな」
その言葉に同意するかのように姉もカジルも沈黙により、それを答えとする。
「という事は、このままバールの好きなようにさせたら私も好き嫌いに関わらず、国外に嫁に出されるわけか?」
無言の視線が正解を表している。
……政略結婚とか冗談じゃない! 夢の中で29年間も男だったのに男と結婚とかマジ勘弁!
決まってもいない結婚相手が裸で迫る状況が頭をよぎり、ナナカの額から汗がしたたり落ちる。女性に興味のない結婚相手のレイアがうらやましい。
その姿を見ていたカジルは心配そうな顔を見せるが、メイド長を除いた残り2人は悪戯が成功した子供の様に笑みを見せていた。
「お嬢、まあそういう事だ。男好きで早く結婚したいなら宰相はお勧めだぜ?」
「ダメだ! 拒否! 完全拒否だ!」
「そうそう、ナナちゃんは私だけよね~?」
冗談かどうか疑わしくなる程の自分押しのレイアは放置して、カジルの提案を真剣に考え始める。ただし、その案は消去法での選択であり、結局は体の弱い実務が難しいストレイとて誰かが代わりに実権を握る事になる。そうなれば同じ運命を辿る事は十分に考えられるだろう。
「たとえば、バグダリアはどうなのだ? 今回の先代の選定基準からすれば十分に候補に上がると思うが?」
王の弟だった「シャールス・バス・ロット」の1人息子の「バグダリア」16歳。
幼少から天才的な才能は誰にも認められており、先代の王『バス』は、この『ロット』を次期王にする為に今回の選定基準を設けたのではないかと一部では言われているらしい。王国制の元では出来る人間が国を動かして行く事は間違いではない。ただし、その王が優秀であるほどに次世代は重圧に晒され、半数の国は交代が終わると程なく崩壊する。
だが、それは現時点では問題ではない。
「確かに優秀である事は間違いないでしょう。能力では1つ頭が抜け出ていると言っても良いのですが、丁度3か月前くらいから、ここ最近まで統治区域に居なかったとの噂が流れておりました。そのような状態の為、バグダリア様を後押しする勢力は体制が不十分だと言われております」
「それに前王のベイルが亡くなる原因を作ったのはバグダリアだとも言われてるぜ。居なかった時期も重なる」
シェガードが言う話は傭兵の間で流れる噂で、その情報源は雇っている貴族達からの噂と考えてもいいらしい。
「物騒極まりないな。下手に支持を口にしようものならば反逆者の一味になる可能性があるのか。それは流石に選択から外すしかないな」
でもまだ他にも可能性はある気がする。
「姫様。私がストレイ派を無難に選択先とする理由が理解して頂けたでしょうか?」
カジルの選択は確かに消去法としては仕方がないと言える。
ただ、その言葉を素直に飲み込めないのは、心に何か残る部分があるのだ。例えば、先代王は選択肢が2つしかない状況で『高い能力と強い意志を持つもの』などと言う選定基準を口にするだろうか。
実際に息子達への継承の際に次男であるベイルを選んでいる。今回も同じように2つしか選択肢がないのであれば前回同様に先代が選べばいいのだ。しかし、なぜか選定基準を作り、次の王の座を競わせると言う舞台を作り上げた。その真意が分からないのだ。
……何かがおかしい。時間が必要だ。冷静に眺める時間がだ。数日後に結論を出せというのは今の状況ではなかなか難しい。
「1つ気になる事がある。分かる事であれば教えてもらいたい。前王と共に戦い、戦場で行方知れずとなっている第二王子ジェストはどういう扱いになっている?」
「ジェスト君ね。優秀だったわよ。バグダリア君にも負けず劣らずだったし、ゴルガ帝国の横やりがなければ順当に王位継承者として選ばれてたと思うの」
「まあ、ジェストのガキは行方知れずの扱いにはなっているからな。実際にベイルの死体のそばに、あのガキの上着と、ぶった切られた左腕がアイツの身に着けていた腕輪付きで見つかっているそうだ」
「その通りですが腕が本物とは断定出来てはいません。それに死体自体が見つかったわけではありません。しばらくは捜索が続けられて不明扱いの形式が取られるでしょう」
普通に死んでいる可能性は高いが行方不明で処理している。つまりは現状は『生きている』扱いという事だ。
「ナスダリア王国に嫁いだはずの姉ミストは今も王宮内で幅を利かせているのか?」
「あの女はいろんな意味で蛇だ。ナスダリアの力を自分の力の様に振る舞って、王宮で歩き回ってるぜ。下手すれば国自体をナスダリアの支配下に置いて、そこの統治を自分がやるとでもいいかねないぞ」
「シェガード様の話はともかく、バックが持つ力は確かにミスト様が一番怖いと言えるかもしれません」
なぜかレイアがミストの事については口にしないのが気にはなったが、いつも笑みを浮かべているイメージのあった姉が無表情である事の意味を察して聞く事はやめた。
「現段階で目的がはっきりしない不気味な存在は危険と考えた方がいいか」
ここまで来てもピースが足りない気がする。もう少しで届きそうで届かない組み込まれるべき何かが……
どの兄弟も問題を抱えている。だが選びようのない状況に追い詰められた時になって、最有力候補になってもおかしくないはずの人物に気づく。
「王の補佐に命じられた兄はどうなっているんだ? 名前すらまだ出てないぞ?」
ナナカの言葉は部屋に影を落とした。説明の言葉が返ってこない。遠慮のないはずのシェガードですら腕を組み考え込んでいる。誰も語りたがらない人物。最初に出て来るべき人間で、その発言力も大きいはずの存在。王の兄。
「わたくしがお答えいたしましょう」
それまで聞くだけに徹していたメイド長が無駄に過ぎて行く時間を堰き止めるように宣言する。
「姫様は眠る前の記憶が曖昧な為、覚えてなさらないのでしょう。前王の兄である『ダナン』を」
今まで誰の口からも聞かなかった名前。そしてメイド長はダナン様でなく『ダナン』と言った。王族に対して口にする呼び方ではない。不思議な表情を浮かべたナナカに気づいたように、行き過ぎた行為だったと口元に手を当てるメイド長。
その姿を見て代わりにと、メイド長から出た人物の説明を引き継ぐようにカジルが語りだす。
「当初は何の問題もなく、義の王と知の兄として国は発展を続けておりました。今の国の基礎を作ったのは、その2人の力だったと言われており、この国はナスダリア王国に次ぐ大国として周辺国でも名を高める事に成功しました。しかし、バール様が宰相につくと前王は本来は補佐であるはずのダナンを軽視し、宰相バール様を重用するようになりました。そこから2つの力は反発するようになり、ある事件により完全に2人は袂を分かつ事となりました。ダナンはこの国を捨て旅に出たと言われております。ただ……」
一旦話を切ると難しい顔を浮かべて迷うように話を再開させる。
「その後の行方は国内の誰も知りませんでした。しかし3ヶ月前のゴルガ帝国の侵略の際に現れた1万の軍を指揮していたのはダナンでした。そして自身の弟であるベイル様の命を奪ったのです。現在のダナンはゴルガ帝国の将として認識されており、我が国の敵であります」
ここに至り、ようやく反逆者=ダナンだと理解できた。なるほど呼び捨てにされるわけだ。もちろん情報を得られたからと満足感などあるわけもない。問題は大きくなっただけである。成人した人間でも難しい状況。更に6歳の少女に委ねるには大きすぎるのではないだろうか。
血の迷路は広がり続ける。
王族の血とは争いの歴史とは誰の言葉か。
迷路の選択の先にゴールなんて用意されてないのではないかと疑問さえ頭をよぎる。
人は争いの歴史に名を刻むつもりはなくても巻き込まれる。
本人の意思など無視するかのように。
大きなうねりに抵抗するには1人の力ではどうにもならない。
ただ――その名を刻むかどうかを判断するのは後の時代の人間である。
時代と血がナナカに最初の選択を迫っていた。
2019.1.13
矛盾点と描写の変更修正を致しました。




