7 おねえちゃん
暴走する姉に翻弄されるナナカ。
本題に入る事は出来るのか!?
カジルは抗議を繰り返していたが、レイアの反省の色が見えない猫の様な笑みに無駄だと言う言葉を思い浮かべたかのように脱力した体で降参をしたように溜息をついた。
どうやら役者が違うのか、相手にしてもらえないのか、単純に姉がそういう人なのか、今のナナカには分からないがこれ以上は時間の無駄であることくらいはわかる。
……カジルよ。お前は頑張った方だと思うぞ。
一番の被害者ですら、この心境なのだから仕方がないだろう。
諦めたのであれば、そろそろ本題に入っても良い頃だろうと視線をカジルと交わす。それだけで意志を汲み取る執事としての能力は評価してよいところだ。今後も頑張ってほしい。
そしてカジルが「もう必要がない」と医者を退室させ、これからする質問の重要度を表す様に重く口を開いた。
「それで、レイア様はこちらへいらっしゃった目的はなんでしょうか?」
眠り姫が起きたからと会うだけであるならば、ナナカの誕生会の時でも問題はなかったはずである。出来るだけ早くに会いたかったと言うだけであればそれで良いが、説明としては苦しいだろう。まさか本当に暗殺の為とは思えない。というか、ある意味であの世に行きかけた気もするが、そうではないと信じたい。
問いただされた側である、レイアは生まれて一度も土など触った事もないと思われる、その綺麗な手でワザとかわいい仕草を意識したのではないかと思える様に、小さな口を隠すように持ち上げて考え込む姿を見せる。
そこに混ざる演技にも見える動きに、まるっきり天然と言うわけではないのかと警戒を強める。
その動きを見せたレイアが「悩んでいましたが答えがようやく出ました」とばかりに視線をカジルとナナカに向けると口を開いた。
「まずは、ここから話すのがいいかな~? え~っと、うん。私は処女です」
質問と答えが合っていない事以上に虚を突かれた言葉に、カジルとナナカは思わず口が開いてしまった。シェガードは楽しそうに口元に笑みを浮かべているだけなのは厳しい戦場を生き抜いてきた精神力が成せる業かもしれない。とりあえず、場は完全にレイアに支配された事だけは間違いない。
「おかしいでしょ? 結婚して1年よ、1年。最近わかったんだけど、あの人は女性に興味がなかったのよ。王族の肩書がほしかっただけ。私の手にさえ触れたのは結婚式の時だけで、それでこの間その事で喧嘩したわけよ。で言われたのが好きな様にしていいから、結婚の形だけは守ってくれですって!」
最初の言葉に戸惑いを覚えたが、ここまでくれば次の言葉も予想出来ると言っても良かった。
「でね、家を出てきちゃった! てへっ!」
……てへって、あんた……
カジルも深い呆れを表す様に深いため息が漏れている。シェガードだけは笑みが大きくなっているように見えるのはナナカの勘違いだろうか。
「ナナちゃん! しばらくここに居てもいいよねっ?」
予想できた言葉に断わる理由もない。それに先日、シェガードから「ちゃん」付けで呼ばれた時には不快感を感じたはずなのに、レイアからの「ちゃん」付けには抵抗がないのは体に記憶された姉に対する信頼なのかもしれない。
「構わないけど、レイア様も今の私の状況は理解しているの?」
「もちろんしているわよ。おじいさまのあの発言を考えてみれば、たとえナナちゃんが女であろうと年がいくつであろうと難しい立ち位置を迫られるわね。あ、そうそう、レイア様じゃなくて昔みたいにお姉ちゃんでいいわよ?」
まじめな話のはずなのに自身の呼び方に訂正を入れてくる会話方法に、重くなりかけた場に新たな空気が入るのを感じた。
「さ、言ってみて。おねえちゃんって!」
言わない限りは話を先に進める様子が感じられず、諦めたように口を開く。
「お、おね、おねぇ……ちゃん?」
……これは恥ずかしい!!!
ナナカとしては外見はどうであろうと29年の人生経験をした、ある意味でいい年をした大人の男性の部分もある為、記憶にない目の前の綺麗な女性に、この言葉は自身の髪色以上に顔が変化する事は理解してもらいところだった。しかし心の中は理解してもらえず、その姿を見たレイアは満面の笑みと涙を浮かべたまま、体をプリンの様に震えさせていた。
……あっ、これはまずい?
「ナナちゃん! やっぱり、かわいいぃ!」
飛びついてきたレイアに抱き上げられ、これでもか言うほどに顔中にキスをされてしまった。
危険がない程度である事を理解して止めないカジルだったが、うらやましそうな視線はレイアとナナカのどちらに対してだったろうか?
怖い答えが出てきそうだったため、それについての思考はやめた。
ちなみにシェガードは相変わらず楽しそうな笑みを浮かべるだけだった。
ナナカとしては恥ずかしくもあるが、美女からの行為は悪い気分だけではなかったと感想を述べて置こうと思う。
そのレイアからは十分に満足な顔を見てとれた。
どうやら本当に妹である6歳の少女を愛しているようだ。
ただ、それほど話は進んでいないのにフルマラソンの30キロ地点の様に心が疲れているのは何故だろうか。ちなみにフルマラソンの経験はない。それでもその疲れには今なら同意できる。
「レイア様、それくらいにして話を進めてもらえませんか?」
執事からの助け舟に多少の感謝をしながらも、レイアへの警戒は一段階上げる事は忘れない。
「そうね。ごめんなさいね。話を続けましょう。ナナちゃんの状況はもちろん理解しているの。それについては私はナナちゃんの力になれると思うわ」
「では、国に戻ってきて政権の争いに加わるつもりはないのですか?」
「私はそういうのには興味がないの。お父さんに言われて仕方がなしに結婚しちゃったし、旦那はあれだし、王女として戻るのも選択肢なんでしょうけど面倒だしね。でも……ナナちゃんの為ならお姉ちゃん頑張れるの!」
変な方向には頑張ってほしくはないが、今のナナカの力になってくれると言う申し出を断る事は難しいと言っていいだろう。せめて国が落ち着くまでは助けになってもらうのも悪くない。
「お、おねえちゃん? 状況が状況だし、その話には賛成だけど、正直言えば眠る前の記憶もあいまいで状況をすべて把握しているとは言えないんだ。今後の方針についても考えや案があれば出して欲しいんだけど」
その言葉の中でレイアが目を一瞬細めたのを見逃さなかった。何かまずい事でも言ってしまったのだろうか。
「わかったの。じゃあ、今の国と兄弟達の状況を伝えるわね。ナナちゃんよりは掴めているとおもうし、今後の未来の参考にしてもらえるといいの」
つまり、それは国の外へと嫁ぎながらも情報収集を行っていたという事に他ならない。いや、それくらいしなければレイア自身も危険と感じていたのかもしれない。
そしてこの出来事は外の世界の壁と穴を意識する事に繋がり、プリンセスとしてのサイコロを振り始めるスタート地点にもなるのだった。
2019.1.7
矛盾点と描写の変更修正を致しました。




