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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
12章 吟遊詩人の歌
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4 沈む夕日と夜明けを待つ者

一日目はまずまずだった。

これがソルガド領の指揮官としての感想だった。

もちろん一日目で数にものを言わせて勝利を手にする事は被害を気にしないのなら恐らく可能ではあったと思う。

 しかしそれを実行しなかったのは、この戦いは相手を殲滅することではなく、戦闘意欲を失わせるのが目的だからに他ならない。つまりはナナカ陣営側が降参という形が望ましいのである。そういう意味では精神力と体力をすり減らす為という点において一日目はかなり予定通りの戦い徹する事ができた。2日目も同じようにすればナナカ陣営側を更にすり減らす事になるであろう。数で優っているからと圧殺する事だけが戦争ではないのである。だがいくつかの問題も起きていた。


 ナナカ陣営に魔力機構を使った様子がなかったのだ。魔力機構とは魔力を体内で肉体に作用して一時的に能力をアップさせる魔法の一種である。誰もが使えるわけではないが数が不利なナナカ陣営としては数の差をそれで埋めてくるだろう事を予想していたが、戦いの様子を見る限り誰も使っていなかった。奴隷兵はほとんどが魔力機構を使うことが出来ないのだから戦いのプロならば使わなくても良いという判断をしたのだろう。実際、魔力機構は一時的に能力をアップさせるとはいえ、長時間戦闘には向いていない。消耗が激しいのである。だからこそそれを使わせて消耗させたかったのだが流石に都合よく使ってはくれなかった。まあ奴隷兵では引き出しは簡単に開けられないということだ。仕方がない。

 しかし戦場以外でも問題が発生していた。


 補給部隊が賊に襲われたのだ。

 賊というのはどこにでもウジ虫のように湧いて出るものだが、軍の荷を襲うのは珍しい。そこには少なくない護衛兵が必ずいるからである。それを理解したうえで襲うというのは賢い選択肢とは言えない。それほど荷がおいしそうに見えたのだろうか。実際にただの食糧だけだというのに。ただ荷が奪われたからと食糧がすぐに尽きるわけではない。多少の余裕をもってここには来ているからだ。賊については戦争をしている最中に討伐隊など出すことなど出来ないから放置するしかないが、軍が金品ではなく食糧を運んでいるだけと分かれば二度目はないと踏んでいる。何しろ2000人規模の食糧を奪ったのだ。集落規模が食糧難にでも襲われているのでもなければ必要のないものだ。しかも食糧を金品に変えるのは簡単ではないし、割に合わない。運搬隊には十分に気を付けるように指示だけを出して、戦争に集中すべきであろう。といっても2日目もやる事は相手側を奴隷兵で消耗させるだけである。


「さて、あちら側はどのような動きをしてくるのか。お前はどう考える?」


 意見を求めた相手は自分の片腕ともいえる副指揮官だった。

 今回のような戦争に駆り出された事はない人間だが、的確な返答と仕事ぶりには一目置いている。


「基本戦術は変わらないと思われます。何しろ手を打とうにも兵がいませんからね。もし動くとすれば負けをも覚悟した動きになるでしょう。ですが今はその時だとは思えません。こちらが戦意を削るのが狙いだとすれば、相手はこちらの戦力を削ぐのが目標。ある意味でバランスの取れた現状を崩すような愚かな愚行は侵さないと貴官は思います」

「うむ、その通りだ。互いに今状況はかみ合っておる。最善とは言わないが互いにとって悪くはないのは間違いない。そこでこちらがわざわざバランスを崩して、決死の覚悟の突撃でもされれば、負けないまでも痛い一撃を食らうことは十分にあり得る。慌てる理由などどこにもありはせん」


 圧倒的な有利な立場であるとはいえ、油断はしない。下手に損害が大きくなればソルガド様から何を言い渡されるか分かったものではない。これまでも機嫌を損ねたからと一家丸ごと刑に処された者はいくらでもいる。自分がいつそうなるかもしれないと考えるのは自然である。被害を少なくし、最高の結果ではなくとも、最善の結果を得る。それが指揮官である自分に求められている事なのだ。しかし開戦前からの不安要素という棘がなかなか抜けないでいた。実はこれが一番の問題でもある。


「だが、油断はするなよ。夜襲がないとは言い切れんし、あくまでも相手のフィールドで戦わされている事実は変わらん。こちらが考えもしない方法や戦術を投入している事は十分にあり得る」


 ナナカ陣営は未知数である。

 何しろ魔獣の襲撃にも大した被害もなく収束させたのだ。しかも噂によれば竜種も混ざっていたという。過去には1匹の竜種により町一つが壊滅させられた話などもある。それを町と呼ぶには小さい部類のベルジュの町が討伐に成功したというのは快挙といえる。当然ながらそこには竜種をも倒せたという事実も残る。ナナカ王女自身が倒したなどという噂も聞いてはいるが、そんな事がありえない事は軍事に関わる自分だからこそ断言できる。そんなことが出来れば一国の英雄である。だがだからこそ竜種を倒した力が別にある事が証明されてしまう。


「お前は竜種を倒した力がどんなものか想像できるか?」

「そうですね、例えば巨大な弩を準備していたというのはいかがでしょうか?」

「ありえないとは言えぬが、そんなものを準備をする時間はなかったと思われる。あるのならば今の状況で使わない理由がない」

「では、毒を盛ったというのは如何でしょうか?」

「なるほどな、先の弩よりはマシな答えではあるが巨大な竜種にどれだけの毒を与えれば死に至る? 何よりも竜種に毒を含ませた餌をどう与えるというのだ。近寄るだけでも命がけだぞ」

「となると兵による戦力で力づくで倒したと考えるしか……」

「どれだけの兵がいれば竜種を倒せると思っている。もし今の我々の2000の兵を与えられて、お前は討伐できる自信があるか?」

「被害について考えなくて良いのであれば、もしかすると倒せる可能性もあるかもしれません」


 部下の苦々しい表情から出てきた可能性に、問うた側である自分の口から失笑が漏れてしまう。


「そうだな、しかしその逆で全滅させられる可能性もありそうだがな。もちろんベルジュには2000人もの兵士がいない居ない事は現状を見れば分かる。だから当然、この想定も無駄である事は分かってはいるのだがな」

「ならば一体ナナカ王女様はどのような手で竜種を討伐したのでしょうか?」

「わからぬな。だからこそ、不用意な攻撃は出来ぬのだよ。だが一日目を終えた現段階で使用された形跡はない。つまり簡単に使えるわけではない手段だという事は判明したといっていいだろう。もしかすると何らかの条件が揃う事で使用できるのかもしれん」

「となれば明日も慎重にならざる負えないという事になりますか」


 圧倒的な差がある状態でここまで慎重になるのは他人が見れば可笑しいと思われるかもしれない。実際、ソルガド様からも慎重が過ぎるのではないかと言われている。だが竜種を倒す力が分からない以上は慎重に慎重を期すのは当然の行為だといえた。その慎重さが自分を今の地位に押し上げたのだ。


「今はもう少し様子を見るべきだろう」

「それが無難かとは思われます」


 賭けに出る段階ではない。竜種を倒した力が2000人の部隊に向けられた時にどんな被害を受けるか分かったものではないのだ。現状から考えるに間違いなく何らかの制限はあるのだろうが、それを知らずに事を侵すのは寝ている竜の背を歩くに等しい行為だ。今は寝た竜を起こすタイミングではない。まだ一日目が終わったばかりなのだから。



 しかしこの判断を悔やむ事になるとは指揮官も副指揮官もこの時は想像だにしていなかったのだった。

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