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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
12章 吟遊詩人の歌
141/142

3 乾いた戦場                         

 戦いは何の変哲もないぶつかり合いから始まっていた。

 ただしどんな戦争であろうとも互いに正面切って始まってしまえば、大体はこのような平凡なぶつかり合いから始まるものなのは仕方がない事だろう。汚れた信念が混ざった戦いであろうとも言葉をぶつけ合う状況から始まってしまえば奇襲などは通用しないからだ。

 そしてそんな火ぶたが切られた戦場で、ミゲルは気づけば慣れない指揮を取る事になっていた。

 指揮しているのは民兵から集めた30人からなる狩人の部隊である。

 もちろんミゲルも指揮を取った事がないわけではない。だがそれは10人にも満たない部隊とも呼べない、どちらかと言えばパーティーというのが相応しいレベルの規模であった。だが今は30人。十分な部隊と呼べるだけの規模である。だが問題はそこではない。全員が戦士ではなく、狩りの専門家だという事だ。恐らく人を殺した事などないであろう、ある意味で素人に毛が生えた程度の部隊だという事である。唯一の救いは直接攻撃をしない事で罪の意識が弱まることくらいだろうか。


 だがミゲルの心境とは関係なく戦場は動いていく。

 現状は小規模な戦いが繰り広げられていた。これはナナカ陣営が崖と深い森に挟まれた通路の狭い場所での開戦を望んだ形である。何しろナナカ王女の確保が最優先事項のファン陣営に戦場の選択肢などない。ナナカ王女のいる場所が戦場なのだ。そしてそのお陰で多数の兵士を投入できない状況を作られたファン陣営はもどかしい戦いを強いられている。逆にこちらとしては数の不利を上手く打ち消している。


「あそこだ! あの場所に射撃用意! うてー------!」


 その中でミゲルの狩人部隊が任されている役割は薄くなった防衛ラインを手助けだ。いくら戦場を狭くしたとは言え、動き続ければどこかに穴が出来てしまう。そこを弓による牽制で押し返すのが狩人部隊の仕事である。狩人たちは動物ではなく、人を射るという慣れない行為を怯むことなく実行してくれている。恐らく、前線の部隊にも混じる町の勇士達も同じ状況……いや、下手をすれば直接手を下す行為は、こちらよりも心の負担は大きいだろう。そんな状況でも怯まず戦うナナカ陣営は意志が強いと言える。実際、戦場はナナカ陣営が優位な状況を作っていた。ほとんど死傷者が出ないナナカ陣営に比べて相手は後退を余儀なくされた兵も多く見られた。被害もかなり出ているだろう。

 もちろん相手も通路での戦いだけなく森へ侵入して裏を取ろうとしてくるが、その部隊達は森から出るなり、悉く2つの騎馬部隊に蹴散らかされ押し返されている。現状は兵力差が表に出ないように上手く戦えていると言えた。


 しかしこのまま最後まで上手くいくとはミゲルも思っていない。戦っているのが人である限りは疲れはたまるし、傷つくものも出る。中には立ち上がれないものも出てくるのである。だが相手はそれを補充出来る数が多い。つまりはこちらは変わり続ける戦場の中でも常時戦闘を強いられる立場なのだ。


(くそっ! 5倍の兵力差ってありえねえだろっ!)


 ミゲルとて不利な戦場に立ったことは何度もある。大小はあれども単純に考えても2回に1回は不利な戦場になるのは当然だからだ。だが今回の戦いはそれらとは比にならない不利である。だからこそ現状の有利な状況でも喜べない。恐らく相手側にしてみればこのような状態でも問題にもしてないだろう。いずれは自分たちが有利になっていくと思っているはずだった。


 無論、ナナカ陣営は負ける算段などはない。細く柔らかい足元を確かめながらも踏み外さなければ勝利という道が見えると信じているからこそ戦っているのだ。負ける事を前提に戦う馬鹿などいない。ただそれを7歳の子供に託している自分たちの不甲斐なさも理解している。だからこそ、自分たちが出来る事を確実にこなしていく。恐らく他の兵もそれは同じだろう。それがナナカ陣営の強度として表れている。その強度をどこまで維持できるかがこの戦いのキーワードだと言えた。


(頼むぜ、ナナカのお嬢ちゃん)


 とはいえ、ナナカ王女が全ての指示を出しているわけでもない。ほとんどは各部隊長が細かな指示を出している。ある程度は戦いの前に決められており、それに従う形で部隊長が調整をしていく。実際、現在の前線部隊長をやっているのはシェガードである。部隊を上げたり下げたりと前線が上がり過ぎないように調整して、狭い通路での交代を繰り返しながら消耗を防ぐ。その手腕は流石としか言いようがない。戦いに慣れた戦場の空気を読める人間だからこそ出来る芸当と言える。戦いは地味ながらも確実にナナカ陣営の有利なまま続くかに思えた。


 しかし戦いは予定通りいかないが常である。まさに机上の空論というべきか。動きのなかった相手が日が傾こうとするタイミングで、これまでとは違って部隊を大きく引いたのだ。それまでが単調な戦いだった事と守りがメインのナナカ陣営としては前に出過ぎる事を嫌っていたために相手が引いた分だけ、そこに空隙が生まれた。


「弓が来るぞ――――! 盾を構えろ――――!」


 シェガードの声が響く。

 薄くなった部分への援護射撃を行っていた、ナナカ陣営とは違って、相手は正攻法での射撃を行ってきた。狭い通路の戦いでは兵力差を埋める事は出来ても逆に逃げ場がないのが弱点でもある。こちらにとっては一番恐れていた事態だ。


 なんとか盾を構える事は間に合ったものの、隙間を抜けてくる矢までは防げない。何しろ飛んでくる数がこちらとは圧倒的に違う。負傷者が出るのは必然と言えた。


「後退――――!」


 こうなるとナナカ陣営としては選択肢はそれしかない。相手の指揮官も決して無能ではないという判断と、開いてしまった間隔を無理に前に出て埋めようとすれば被害が大きくなるだけだからだ。実際、こちらの後退に合わせて相手は追撃をしてこなかった。相手にとっては計算通りの戦いだったという事だ。とはいえ、初戦は基本的には上手く立ち回れたと言えた。被害が出ない事を優先したナナカ陣営と、無理に突破しようとして部隊を丁寧に潰しされたファン陣営では差が出るのは当然と言えた。しかもファン陣営は初戦のほとんどが武装を見る限りは奴隷兵だった。兵力の消費を狙ったナナカ陣営と、体力の消費を狙ったファン陣営の戦術は兵力的なもので言えばナナカ陣営の勝ち。だが数で圧倒的に不利なナナカ陣営にとって長期戦になれば不利になりそうな事は誰にでも分かる。つまり互いに狙い通りの初戦だったことが伺える。その戦術をしたたかに行うファン陣営は決して楽な相手でない事もよくわかった。しかも最後の弓のよる攻撃は見事と言えた。恐らく我慢強く優秀な指揮官がいるのであろう。明日以降も油断のならない戦いが待っているであろう事をミゲルは感じた。


 こうして小規模な戦いの続いた一日目は夜を迎える事になったのだった。

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