2 ソルガド領主ファンという男
「我はやるべきことの為にここに来た! ナナカ王女を盾に暴虐無人な行為を繰り返し、更にはその力を間違った方向へ誘導する愚かな者たちを糾弾するために!
我は問おう! ナナカ王女を開放する気はないのかと!
我は求める! ナナカ王女の自由と尊厳を!
我は誓う! この手でナナカ王女の心を権利を守るために戦うと!」
ファンは僅か400ほどの兵を構えて必死に抵抗を試みるナナカ陣営を内心では失笑しながら、もっともらしい声を上げる。ただしこれが事実などでは無い事は己自身が理解している。だがこうでもしないと自分のソルガド領はナナカ王女の領土として召し上げられ、ファンは領地を持たぬ貴族となる。それを避けるための理由として必要になる表面上の言葉である。
だがそもそも何故、自身の領土が召し上げられるというのか分からない。
確かに脱税、小麦の値上げ誘導、薬物の栽培と密輸など心当たりがあるにはあったが、どれも表沙汰にはなっていないし、宰相バールに渡すべきものを渡していて問題にはならないはずである。
なのにナナカ王女の誕生会で突然、ソルガド領がナナカ王女に譲渡される話を聞かされたのだ。まさに寝耳に水である。もちろんそれを決めたのは先代王であるバズ。宰相バールとはいえ、その言葉をひっくり返すことは不可能と言ってよい相手だ。
もしかしてファンの悪事が先代王にバレていたのだろうか?
いや、宰相バールに切られたのだろうか?
とはいえ、一領主であるファンでは逆らえない相手達であることは間違いない。だからこそ無理やりな理由を付けてナナカ王女の強奪に動いた。上手くいけば領主よりも地位の高い王族の補佐という立場を手に入れるために。
もちろんこれは賭けだった。
先代王が国軍を動かせばソルガドなど一瞬で制圧される。一領主の私兵などでは抵抗さえ空しいものだっただろう。今のナナカ陣営の状況が自分の立場だった可能性すらあったのだ。しかし先代王は動かないという自信がファンにはあったのだ。なぜなら本当に領地を召し上げる気が合ったのなら事前に通告があったはずである。それがなく、ただただナナカ王女への領地譲渡発表は、まるで試されているかのような雰囲気があった。もちろん試されているのはナナカ王女だっただろう。しかし逆に考えた場合、ファンがその道に立ちふさがっても良いという事にもなるのだ。つまり受け入れられないならナナカ王女に対する壁となり障害となっても良いという事。
もちろん直接言われたわけではないので確実ではない考えだが、例えそれが誘導されたものだとしても、ファンにはチャンスに見えたのだ。そして黙っていれば領地無しのただの貴族に落とされるという状況から脱出するには今回の行動しかなかったのだ。
(さて、あとはナナカ王女はどう出るか……)
ナナカ陣営が5倍に相当するこの状況を見て、あっさりと手を上げてくれれば何も問題はない。もし抵抗した所でこの数を覆すことはほぼ不可能に近いだろう。もちろん確実性を上げるためにもっと兵を揃える事も出来ないわけではないが、その場合は奴隷兵の割合を増やすことになる。しかし現状、正規兵が800、傭兵が200に対して奴隷兵が1000。これ以上奴隷兵を増やしたとして反抗された時に御せる可能性が低くなる。何しろファンは奴隷に好かれているとは全く思っていない。その程度の扱いしかしていない自覚もあったし、奴隷の扱いなどそれで問題がないと思っている。だからこそ常に反逆された時の事も念頭に置いているのだ。
そしてナナカ陣営に動きがあった。
どうやらファンの言葉に対する答えをナナカ王女がするようだ。
「私はシャールス・ベイル・ナナカ。ベルジュの領主にしてソルガドの地も収める事になった者である。ソルガド元領主ファンに逆に問おう、貴殿の行為は王族への反逆に他ならない。素直に兵を引き、貴族としての務めを果たす気はないのだろうかと。今ならば挙兵した事も見なかったことにしても良いのだぞ。さてどうする?」
7歳の王女とは思えないほどの堂々とした態度で言葉を紡いで見えた。それはまさに王族の血が成せる行動と言葉なのだろうか。噂では魔獣討伐に傭兵と行動を共にしたとの聞き及んでいたが、単なる誇張だと判断していた。当時6歳だった子供如きが何を出来ようかと。尾ひれを付けまくった噂がとんでもない英雄伝になることなど、吟遊詩人がよくすることである。魔獣討伐もその一つだと判断していたが……多少考えを変える必要はありそうである。まあそれでも最後に龍種にトドメを刺したのがナナカ王女だという話だけは誇張が過ぎた、噂が大きくなりすぎたための弊害だとは思っている。どこの世界に龍種を倒せるガキが居るというのか。精々傭兵達が倒した後にナイフを刺したくらいの話を誇張しただけにすぎないだろう。あり得るわけがない。だから思うのだ。吟遊詩人の歌の様に何事も常に上手く転がるとは限らないと。それをファンが証明して見せようと。そしてその誇張された英雄伝を更にファン自身が利用させてもらおうと。
「ナナカ王女よ。私は貴方様を救いたいだけなのです。周りの大人に騙されてはいけません。私が手を差し出して差し上げます。ナナカ王女はその手を取るだけで良いのです。それで全てが上手くいくと約束致しましょう。きっと私たちは上手くやっていけます」
そう、きっと私が上手く手綱を握って王位継承争いも優位にして見せます。‘私の為に‘。
「言いたいことはそれだけか? ならば剣をもってその手を振り払わせてもらおう。私は己の道は己で切り開くと決めているからな。手を引かれて歩くだけの人生など御免被る!」
残念である。ナナカ王女にはファンの言葉と現実が見えていないようだ。
5倍の兵力を目の前にして、あれだけの言葉を返せる度胸は目を見張るものがあるものの、愚かとしか言えない。所詮、7歳の子供には今の状況が飲み込めないのだ。ここでファンの手を取るのも戦いの果てにファンの手を取るのも変わる事のない未来である事が理解できない。ならば変わらない現実を見てもらう外ないのだろう。
「残念です。ではナナカ王女が納得頂けるまで戦ってみるがよいでしょう。ですが後悔なさらぬように」
まあ無駄だとは思いますが。
「そうさせて頂こう! そしてどちらが後悔するかをハッキリさせて見せてやる!」
こうしてファンにとっては無駄な戦いの口火が切られようとしていたのだった。