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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
11章 世界の風はどこへ
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6 人の絨毯と隙間産業

 ナナカが一番初めに気になったのは売買方法だろうか。

 お金でのやり取りも見て取れるのだが、物々交換も行われているのだ。その数は少なくない。


「いちいち物を持ち歩く必要がある物々交換なんて不便じゃないか?」

「そうでもないだろ。交換して手元が空くからそこまで気にすることでもねえさ。そもそもここじゃあぁ、金でやり取りをするなんて貴族や流れ者の商人たちくらいだろ。商店で売って買ってを繰り返すよりもその場で一度で済む物々交換の方が市民には便利さ」


 確かに言われてみればその通りだ。買ってもらえる人を探すなりをして、そのあとに買い物をするなんて2度手間である。お金が全てであった夢の世界の常識がいつの間にか身に沁みついていたらしい。遠い地域の違う場所に行く場合に金は便利ではあるが、ここのように生活の一部になっている世界では手間が減っていいのかもしれない。もちろん金額が大きくなれば金でのやり取りも必要になるのだろう。だが目の前にあるのが現実の世界の常識の様だ。自分の常識がどれだけズレているのか再認識する。それに気になることはまだまだある。


「……油はここでは取引されていないんだな」

 

 そう、先ほどから全然見当たらないのだ。もちろん今ではベルジュの町の特産となっているはずの商品である。ライバル店が居れば見てみたいと思っていたのだが全くと言っていい程に見かけない。


「たく、ほんとうにお嬢は何にも知らねぇんだな。油なんて簡単に手に入るものじゃねーんだよ。だから国に認められた油売り商人以外には取り扱っていねぇ。もちろん税金がかけられているからな。金のある貴族さま専用になっちまっているのさ」

「ということはベルジュで生産されたものは国が買い取っているという事か?」

「そのとおりだぜ。まあ、お嬢の高品質化か……あれのお陰で更に一般市民には手が出ない幻の商品みたいになっちまったらしいぜ。ベルジュの町の油は今じゃ金持ちどもの争奪戦さ」


 何気ない質問から新たな知らない現実を知らされた。 

 良かれと思って油の純度を上げたことで、まさかそんなことが起きているとは思わなかった。もちろんベルジュの町はその分潤っていることだろう。だが油は別に油田だけではないのではないだろうか。


「植物油はないのか?」


 そうである。別に匂いのきつい油田よりも植物性油の方が匂いも薄く、安全な面もある。そちらの方がどうなっているのか気になる。


「ああ、植物油か。確かにあるにはあるが……そもそも油田と植物油じゃあ、使用用途が違うからな。売っているところも当然だが少々違ってくる。そこらへんは後ろのガキの方が詳しいだろうぜ?」

「おっと、ここで僕の出番を与えてくれるんですか。シェガード様はおやさしいですね~」


 出番を与えなくてもいい人物の幕を開いてしまった、シェガードに一言いいたいところだが、そもそもこの大男が物流について詳しくないのはナナカにも分かっている。それでもナナカよりはこの世界の常識があるのも知っている。だがちょっと深く掘り過ぎてしまったようだ。お陰で土の中から妖怪ストーカーが起き上がったような状況が生まれてしまった。しかし何も知らないでいるよりはマシである。確か知らぬことを聞くは一時の恥だが、無知を放置することは一生の恥だと夢の世界で聞いたことがある。今はそれを信じることにした。


「植物油に関しては民が自分達で確保するんですよ。ほら、あそこ。あの種です。あの種を必要な分だけ買っていって、あれから油を取り出すんですよ~」


 メシェが指さす先には確かになんの種らしきものが山のように積まれている。それを籠一杯にみんなが買っていく。あの量でどれだけ油がとれるかは分からないが量に対してとれる油は相当に少ないことは予想できる。でなければあの量は買い過ぎである。


 だから「自分たちで種から油を取るのは大変そうだな」そのような言葉が自然とナナカから出たのも当然の流れだった。


「いえいえ、あれを油屋にもっていって絞ってもらうんですよ。もちろんその時に税金もとられるわけですね~」


 なかなか上手いシステムである。油田は専門業者を使い税金を取る。植物油は搾る工程で税金を取る。

 今まで深く考えなかったが、国がとれるところから税金を毟り取るのは夢の世界でも現実世界でも同じようだ。その回収している側に立つナナカ自身の王族としての立場について考えさせられる。税で生活をしているものとしては責任放棄して安易に逃げられるような立場ではないという事を。王座争いは拒否権などない選挙のようなものなのかもしれない。そしてそれをどうしても受け入れられないはナナカだけなのだろうか。税で食わせてもらっている立場なだけに無責任と言われても仕方がない考えなのかもしれない。


「民たちから税を毟り取っている側なのに、王族などという肩書だけの私は民に対して恩返しを出来ているのだろうか」


 ポツリとそんな声がナナカの口から洩れてしまった。


「いえいえ、ナナカ様の義務と責任に比べれば楽なものですよ~。何も考えず、誰かに任せっきりの立場なんて楽なものじゃないですか。税なんてその代価としては安いものです。それどころか皆はもっとナナカ様に感謝して敬愛するべきなんです。皆がナナカ様を崇めることが出来れば世界は平和になるのですよ~」


 何時もの笑みを崩さずに何やら宗教染みた恐ろしいことを口にするメシェ。これはただのストーカーではないような気がしてきた。ナナカとしては教祖様になるなんて王座に座るよりも勘弁してもらいたい未来である。いずれ何か問題が起こるようであれば注意する必要がありそうだ。


「崇められるような存在は勘弁願いたいものだが、後ろ指をさされない程度には責任を果たさなければならないか」


 もちろん簡単なことではない。

 それには自分に与えられた領土だけでも幸せな表情を浮かべる領民を増やす必要がある。

 その先の王座までは目指さないにしても、それくらいの義務はナナカにあるように思えた。

 だからこそ、この市場で得られる情報はきっと役に立つはずなのだ。

 

 だがそれにしても……今問題のソルガドで生産が活発であるという小麦が見当たらない。実は今日一番気にしている品物だったのに拍子抜けだ。供給不足だという話は聞いたことはないので足りていないわけはないと思うが、これにも何か理由があるのだろうか。


「小麦も専門業者でもいるのか。どこにも見当たらないぞ」

「あはははは、そりゃあるわけがねぇ。小麦なんて露店で並べたところでニセ物だと思われちまうこともあるからな。だから加工した後の物を売るに決まってんだろ」


 言われてみれば粉物はニセ物を混ぜやすい。そのままで売ることは不可能だから袋や何かに入れて売る形になるのだろうが、そうなると袋の下まで商品を入れずに代わりに砂を入れる方法や、ほかにも2流品を混ぜて売るなどやり方で詐欺を行う奴らが出てくるに違いない。夢の世界でも過去にはそうやって騙された人間が過去にいることを聞いていた。現実世界でも人間のやることは同じようである。


「となると私は探していたものが違うという事か」

「そういうこった。探すなら焼き物か麺類を探せば大抵は小麦を使った商品のはずだぜ?」

「確かにそういう事ならば、それらしき露店はいくらでも出ているな」


 言葉とおりである。

 パンや麺類、菓子類も含めれば小麦を使っているであろう物は市場に溢れていた。小麦が主食として国民に根ずいている証拠であろう。ただ少々値段は高く感じられた。この値段で民たちは生活をしていけるのだろうか。


「いつもこんな値段で売られているのか。少々高く感じるが……」

「いえいえ、今年は特に高いんですよ。例年の1.5倍近くまで値段が上がっていたはずですよ~」

「1.5倍だと! いくら何でも上がり過ぎじゃないか!」


 主食として小麦が食されている限り、そこまで高くなってしまっては暴動の心配がされる金額である。今はまだ大丈夫だとしても、ここから更に値段が上がるようであれば将来的にはどうなるか予測はつく。しかもその大規模生産地はナナカが領地として与えられたソルガドである。問題が発生すれば巻き込まれることは間違いない。


「ほかの食品はどうなっているのだ?」

「ほかの食品もジワリと値段が釣られたように上がってきていますね。いつもに比べると1割くらいは上がっているように見えますね~」


 最悪のパターンである。

 他の食糧が下がっているなら、まだ救いはあるが連鎖反応的に高騰する状況は負の連鎖にも直結する。そんな状況になるまで放置しておくとは宰相は何をやっていたのだろうか。王座争いの方が彼にとっては重要だったのかもしれない。


「もしかして収穫量が今年はそんなに少なかったのか?」

「気候は例年通りでしたので収穫量に違いはないはずなんですけどね……ソルガドからの出荷量は例年の半分程度しか届いていないらしいですよ~。でももうナナカ様の領土ですから心配入りませんねっ」


 何を言っているのだろうか。そんなもの心配しかない。夢の世界で昇格したばかりの上司が、前任者の後始末で処分を受けた話を聞いたことがあるが、まさにナナカの今の状態はそれだ。大きな荷物だけを前任者が置いていく。しかも明らかに裏に何かがありそうな状況で、更に素直に人事に従わない反抗的な前任者である。お陰でナナカは7歳にして胃がキリキリと締め付けられる感覚に襲われる。


 ……現実世界、マジで子供に厳しい! 優しくない! 虐待反対!


 兎に角、課題は山の上に更に積まれた。「山頂はきっと良い眺めだろう」とボケたくもなる。


 しかし主食を小麦に頼り過ぎではないだろうか。食料に関しては夢の世界と現実は実に似ている。ならば存在する可能性の高い、米や芋などにも作物を分散させるべきである。なのに露店にはその2つも見当たらなかった。もちろん小麦のように加工品にもなっている様子もない。本当に露店に存在自体がない。もしかしてナナカの思い込みだけで本当は存在しないのだろうか。


「ここに並んでいないものは存在しないものと考えてよいのだろうか?」

「存在しないもの……ですか……?」


 メシェが珍しく表情を崩して、代わりに興味と疑問を合わせたかのような表情を浮かべていた。

 その姿から察するにナナカの言葉の意味すら理解していない。


「またお嬢がおかしなことを言い始めやがったか。お嬢はつまり、他にも食料になるようなものがないのか、って考えてやがるじゃねーのか? それならここに並ばない食料はないと考えるほうがいい。もっともお嬢が見たこともない”新しい食べ物”でも知っているっていうなら別だがな」


 ナナカの考えをシェガードがほぼ正確に理解して返答してくれた。妙なところで勘の鋭い大男である。

 しかしその返答からすると稲作は行われておらず、芋も存在自体が認知されていないようだ。もちろんナナカが存在すると思い込んでいるだけかもしれないが、きっと存在するはずだと何故かナナカの中には確信があった。それは何度も夢の世界の知識に助けられてきたナナカだからこその確信でもある。稲作は難しいかもしれないが、だが芋の存在が確認できれば食の改善になるかもしれないと。


 そしてまた大きな問題を目にしながらも、ナナカは同時にいくつかのヒントも手に入れたのだった。

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