1 遠見の罠
男3人に遊ばれた翌日、ナナカはカジルと共にまた人事問題にぶつかっていた。
ただ悪い話ではなく、若干嬉しい話ではある。
クライフのお金を積まなければ修学院に入れないとの言葉がヒントになり、その層を積極的にリストアップするためにカジルと相談していたところなのである。それくらいしないと本気で人が足りない。
何しろ1万ほどの人口のベルジュの町だけでなく、10万を超えるヘーダル港と8万と言われるソルガトの地が自治領となるのである。いくら人がいたところで足りない。特にソルガトに関しては一つの領地である。現在の領主と何かしら問題が発生する可能性は高い。だからと誰でも良いというわけでもない。やはり有能な人物は必要になってくる。
「こちらが自主塾に通う生徒、もしくは通っていた人物のリストになります。姫様」
「随分と厚い結果が出たようだな。早速、メシェの情報収集能力発揮というわけか。まあ、役に立ってもらわなければ困るんだがな」
そう、昨日あの後すぐにナナカはメシェにこの依頼をした。お金がある人だけが行く場所があるなら、お金がない人の行く場所もあるのではないかと思ったからである。そしてそれは正解だった。というよりもメシェの奴はなんと既にリストを用意してあった。必要になるとクライフに言われていて用意していたらしい。つまりは最初からナナカがそこに食いつくと予想されていたという事だ。とても落第生の仕事ではない。良い拾い物をしたようだ。
「しかしこれだけの人数がいるとは思いませんでした。ベルジュに帰る時期を考えると色々と問題が出ますね。何人かをこちらに残して募集を続ける必要があるかと思います」
「確かに戻るべき時期とその後の事も考えるべきだな」
実際にベルジュの町の飾りとはいえ、管理者であるナナカも代理であるはずのカジルが誰もいない状態である。長期離脱はあまりできない。何しろ昨日クライフに言われた通り、ナナカはついていない。流石に消光の森の火災のような事件はないと思うが、何か起こりそうな匂いはプンプンしている。そろそろ戻って備えておきたいのである。
「メイド長からは2,3日中に出られる準備をしておくとの話を受けてはいますが、こちらに誰を残すかは大事な部分になります。最悪の場合はわたくしがこちらに残るという選択も頭に入れておく必要があるかと」
「いや、それは無理だ。私では1人では役不足な部分も多い。それにカジルの変わりになる人間も育てておらん。そこも確保することを考えるべきかもしれんな」
メイド長が代行出来る部分もあるのは確かである。しかしやはり女性だと舐められてしまうのが現実だ。それはナナカ自身も同じであろう。例え王族だとは言え、女性だから有力貴族が集まりにくい部分がないとは言えない。きっと7歳という年齢だけが現在の不利な状況の元ではないのだろう。もちろん別に王座に座ろうなどという気はさらさらない。しかし発言権とは手を上げない限り与えられない。何も言わずに黙っていれば、そんな人間は他人にいいように使われて終わりであることは夢の世界も現実も同じである。手を上げることが望む未来に続くのは、きっとどこの世界でも同じなのだ。
「ではシェガード様に残っていただきますか?」
「いや流石に傭兵に人事権を持たせるのは問題があるだろう。こちらがそれで良くても相手側が馬鹿にされていると思うかもしれん」
「クライフ様とメシェ様を表に立たせて、裏ではシェガード様にお任せするというのでは?」
「ダメだ! あの3人が揃ったらどんな人選をするかわからない! もうこりごりだ!」
昨日いやというほど悪ガキ3人衆の危険を思い知らされた。特にシェガードはそういう事に関しては子供のように楽しむ傾向がある。まさに悪ガキといえる。
「しかし他に選択肢がございません」
その通りである。人が足りないからと人を募集しているが、それを受け付ける人事すら厳しい状況なのだ。お陰でナナカがほとんどの場に立つことになっているのだが、よくよく考えてみると7歳の少女にこれほどの仕事をさせるとは、とんだブラック企業である。現実世界に労働監督署があれば訴えたい気分である。
……よし! 余裕が出来たら私自身で作ってやる! 労働監督署!!
そこでふと1人の人物を思い出す。あの人なら代わりを受けてくれるし、適任とまでは行かないとしても無難以上には見極めてくれるだろう。ナナカを守るという目的のために。
「そうだ……1人いるではないか?」
「どなたですか?」
「姉のレイアだ」
「それはしかし……いえ確かに姫様の為にも手を抜くことはなさそうですが、少々人事確保が偏る可能性もあるかもしれませんが大丈夫でしょうか?」
確かに有能性よりもナナカへの敵愾心を持たず、裏切らないという方向にのみ重視されそうである。あくまでもナナカの身が第一で領主として必要な人物を確保するという方向にも目を向けてくれるか心配ではある。だが成熟した元王族という立場を考えれば、どんな高貴な貴族相手でも役不足という事もなく、人を見る目は及第点以上だと思えた。現状は最適な人事ではなかろうか。
「防止策は考えてある。いったんはその雇用を期間限定雇用とする。その期間中に問題がなければ正式採用とする。」
「期間限定雇用ですか……それは面白いですね。それならば問題を先送りにしながらも人の確保が出来ますね。流石は姫様です」
別に大したアイデアではない。こちらの世界では正式採用以外に雇用体系がないだけで、夢の世界ではそれこそ人材派遣という更に進んだサービスまである。期間限定雇用など雇用形態の中では、ほんの入り口に過ぎない。ナナカ自身のアイデアではないが、夢の世界の知識を少しくらい活用しても誰も損はしないだろう。
「ならばさっそく姉に連絡をとって……」
その言葉をナナカは最後まで発することが出来なかった。
ノックもなく入ってきたメイドに邪魔をされたからだ。
「ナナカ様!! 大変でございます!!!」
「ノックもなしに入ってくるとは何事ですか!」
カジルの叱責が飛ぶもそれすら気にした様子もなく、メイドは自身の荒れ狂う呼吸を押さえつけるように
言葉を再発させた。
「ベルジュからの緊急連絡なのです!」
緊急の言葉に叱責を中断させたカジルに代わり、ナナカは問いただす。
「緊急だと?」
「はいっ! 勇者が……勇者バモルドが脱走しました!!」
「バモルドの奴が脱走だと……!」
脱走。
バモルドは消光の森の火災を発生させた犯人である。そして元ナナカの支援勇者だ。扱いに困り捕縛したままだったのだが、忙しさにあまりに存在自体を忘れかけていた人物である。まさかそのバモルドが脱走とは……
今、順調に進み始めたかの思えたナナカの周辺にまた1つの爆弾が落とされたのだった。