8 ギミック
「わたくしがこちらいる、メシェから相談を受けたのは2週間ほど前です。気になる貴族が居て、出来ればそこで雇われたいという話でした。実際には貴族ではなく、王族だったというのはメシェらしいウソではありますが、退学が迫っているメシェが貴族に雇ってもらうなんて普通に考えれば不可能で門前払いされて当然と言えるでしょう。ですがメシェは大丈夫だと言い切ったのです。これが他の人間だったなら、わたくしも笑って終わりだったのですが、このメシェが言うからには軽々しく嘘だと言い切れませんでした。そして本来は嘘だったはずの言葉が現在実現していると聞いては、俄然興味が沸くのも当然の結果。その経歴で勝負に出る方もどうかしていますが、失礼ながら雇う方も雇う方だと思います。後は生まれた興味が会いたいという願望に変わるまで時間は掛かりませんでした」
クライフから聞かされる話通りだとすると、ナナカが王都どころか、ベルジュの町から出ても居ない期間からメシェから関心を持たれていた事になる。いくら姉であるメルがメイドとして働いているとはいえ、彼女から情報が漏れていたとは思えない。そんな事をすればメイド失格である。そもそも仲の良いようには見えない姉弟だ。可能性からは排除するのが正しいだろう。そして何よりも遠くの地に居ながら得られた程度の情報をもとにナナカに仕えようとする思考がおかしい。そしてそれに更に興味を持つ人間も大概であるが、それを面白いと感じてしまうのはナナカの悪いところだろうか。もっともだからと直す気はサラサラないのではあるが。
「随分と興味を持たれたらしいな私は。しかしそれほど興味を持たれる覚えがない」
「わたくしも最初は、メシェが退学が迫る中での暴走気味の行動ではないかと思ったほどでした。もちろん相手がナナカ様だとは知らなかったので魅力があるないの話ではございませんが、直接会ったわけでもないというのにメシェから、とても思いが強く感じられました。いえ、アレは興奮していたと言うべきでしょうか」
言葉だけを聞くとかなり危ない人間である。
その当時、どれだけナナカの情報を集めていたかは分からないが、7歳になったかどうかの子供に興味を持つなど、カジル以上のロリコン疑惑を持たれても仕方がない。しかもクライフの言う通り、ナナカは目を覚まして一季節も過ぎていないのにである。少なくても興味を持たれるような実績を上げた覚えなど無い。もちろん当時は甲殻竜討伐の成果は教会に渡したままだったはずなのにである。
「話を聞いているとメシェが危険人物に聞こえてくるのは私だけか?」
「いえ、それが普通の感覚だと思います。ですが、わたくしはメシェの情報収集能力に関しては疑いを持っていない人間です。ですからそのメシェの興奮を生み出している原因である貴族について、わたくしも会ってみたいと思ったのはもはや衝動と言っても過言ではないかもしれません」
それはロリコンが更に増えたとナナカの耳には聞こえた気がした。クライフがいくら真面目に話していようとも、隣でニコニコと笑みを絶やさないで聞いているメシェが視界に入ってしまうと同類と見做してしまいそうになる。もちろんメシェがロリコンだと確定したわけではない。疑惑の塊のカジルや、変態メイドに囲まれて暮らす環境の中で、そういう部分を疑いやすくなってしまった自覚は多少なりともあるからだ。
「で、その興奮してしまった馬が引く馬車に乗り込もうとした結果、ここにいるとでも?」
「わたくしはそこまで他人の感情に流される人間ではありません。ですからしっかりと興味を持つに至った経緯を確認させて頂きました」
「しかし遠方からの噂など信用出来まい」
そうである。普通に考えれば噂など何のあてにもならない。一が十になる事などよくある事で、その逆の場合だってある。百聞は一見に如かずとは世界の真理と言ってもいい。所詮本質とは己の目で見なければ信用出来ないのが世の常。クライフのメシェに対する謎とも言える程の自信が見えてこない。
「ええ、噂などあてにはならないでしょうね。ですが、同じ様に興味を持つには十分な理由にはなるでしょう。それにメシェ、君は実際に”ベルジュの町に足を運んだ”のだろう?」
そのクライフの質問を肯定するかのように、メシェが今まで見せていた笑顔とは違う、水飴のような笑顔を浮かべた。まるで今までの笑顔は作り笑いだとでも証言するかのように。
……なんとも食えない奴だ
「で、その目でその耳で私をどう判断したのだ、メシェよ」
ナナカの質問に対して勿体付けたように、メシェが閉じていた口の鍵を開けた。ようやく自分の出番がたとばかりに。
「やっぱり噂は噂でしかないと思いましたよ~」
相変わらずのんびりとした口調だが、その返答が意味するのは噂を噂でしかないと判断しながらも、ナナカを認めて仕えたいと思ったという事だ。もちろんナナカがメシェと会ったのは王都が初めてである限り、ベルジュの町まで足を運んだと言っても直接会っていない。つまりは遠くの噂が現地の噂になっただけである。そこから何を見出したのだろうか。
「しかし噂の距離が変わった事で、お前の中には噂以上のものが見えたのであろう?」
「ですよ~。確かに王都とベルジュの町で得られた、ナナカ様の状況や実績に違いはありませんでしたね。ただし……住民からのナナカ様への好意は現地でしか味わう事は出来ませんでしたよ~」
「好意だと?」
「はい、好意です。眠りから覚めたばかりのはずのナナカ様への好意が異常とも言える程に高かったのですよ。そもそも王族や領主というのは、民衆からすると搾取する側でしかありませんからね。いくら善政を敷いていようとも必ず悪評がつきまとうはずなのですが……それが見つからなかったんですよね~。あまりに不自然でしたよ。ですから真実を見つけるために純粋な子供達へと的を変えたんですよ。すると、あらっビックリ。”教会が討伐を指揮したはず”の魔獣討伐で傭兵に交じってナナカ様が戦場に出たとの話を聞かせてもらいましてね、納得しましたよ。ああ、なるほど、とねっ」
いやいや、なるほどはナナカのセリフである。
その着眼点はロリコン疑惑を更に深めたくなる部分ではあるが、見事に辿り着いたと言っても良い。大人は教会から上手く説明をされて納得、あるいは大人の事情を呑み込んだのだろう。実際に数日は「赤き聖騎士」や「太陽の姫」、中には「竜種さえも膝を折る真の王者」などと、もはや噂だけが先歩きしそうな状況にもなりそうだったのだ。収まるまではナナカも苦々しい時間を過ごしたものである。
しかしまさか教会が治めたはずの噂が、子供たちの間では何も変わっていなかったとは盲点であった。大人に子供は追従するものを考えていたのは、夢で大人としての経験があるからの差異だったのかもしれない。同じ子供だったら違う未来を予測できていたのだろうか。
ただ結局は王都で前王にバラされているので意味がなかったとも言えるが、今はそれよりも聞くべきことがある。
「それで、クライフ。お主の私に対する査定はどのような結果になったのかな?」
と、この場で一番の問題に切り込んだのだった。