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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
10章 資源略奪戦
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6 妄想と空想と日常的な午後

 ナナカはベッドに体を沈めたまま午後の時間を過ごしていた。

 今日はメイドや執事であるカジルにも休暇を与えていて、この部屋には居ない。メイド長だけが疲れなど見せる様子もなかったため、今日もナナカの身の回りの世話をしているが現在は昼食の準備のために部屋を出ている。お陰で久々とも言える1人の時間をベッドで過ごしているわけである。


「それにしても疲れた……」


 言葉の通り疲れていた。昨日の目も回るような多数の面接の応対により、心が休息を求めていた。逆に体調については子供らしいと言うべきなのか、見事なまでの元気を取り戻している。体と心のシンクロについて、ここまでズレがあるとは思いもしなかった結果だろう。だが夢の中での経験が糧となるだけでなく、少なからずともマイナス面もある事が分かっただけでも良しとするべきなのだろうか。分析出来たからと何かが変わるわけではないだろうが、知らないよりはマシと言う物だ。


 それにそれなりの結果も得られたの事実だ。

 昨日の成果としては以下の通りである。


 まず一番多かった来客は商人達である。

 これは店の主人自らが出向いてきていたのが殆どだった。誰も代理をよこさなかったのは緊急だと判断したのか、それとも王族相手という事で礼儀としてなのか、どちらにしても重要と判断されたの事は間違いない。彼らはナナカとベルジュという町との交流が狙いのようだった。これからは取引を綿密にすすめたいと意志を示してきたのだ。もっともそこにはベルジュの町だけでなく、ナナカに与えられる予定になっている他の2つの町への進出も含まれている事は当然であろう。利にさとい商人らしい動きと言える。もちろん物流の増加は豊かな暮らしへと繋がるのだから断る理由もなく、無難な挨拶と顔通しを行った。


 また商人は商人でも、その息子や娘も何人か来ていた。

 彼らに関しては文官としてナナカに仕えたいという申し出の者達だった。執事であるはずのカジルがこれまでに行ってきた部分ではあるが、ベルジュが小さな町とはいえ必要な人材である。後日、簡単な試験をカジルの方で行い、人数の上限を設ける事無く採用の幅はひろくするように指示した。これも与えられる予定の2つの領地の事も見据えての採用枠と言えた。前王は本当に厄介なものを押し付けてくれたものである。


 次に多かったのは貴族たちだった。

 こちらは他の王座候補についていなかった貴族や、候補らに相手にもされなかった下級貴族であった。どうやらナナカはダークホース程度には認められたようである。ただ前者はともかくとして、後者に選ばれたのは微妙である。そもそも王座を狙うつもりない、ナナカとしてはどちらも必要のない支持者たちである。だからと断る理由は今はない。レースから脱線するとしても時期と言うものがあるからだ。今ここで脱線してしまえば降参した事になり、宰相辺りにいいように利用されるだけだろう。その先にあるのは政略結婚である。そんな選択肢のない人生なんて御免まっぴらだ。問題としてはその時がきた瞬間に彼らが、がっかりする顔を思い浮かべると少々かわいそうではあるが、今は付き合ってもらおう。


 最後に残ったのはギルドや協会といった、同じ目的をもった集団の代表や長であった。

 そして実はナナカが一番期待していた人間達でもある。

 何故なら集団をまとめている組織と言うものはそれだけで力があり、何よりも物事の幅を広げてくれる。特に芽吹いたばかりの王族末席に現れたナナカの立場は微妙である。多少評価が上がったとしても信用性がないのだ。ならば明確な損得勘定で動いてくれる相手がいる方がやりやすい。つまり彼らは言ってしまえば人材派遣会社と同じ様に考えてもいいだろう。必要な時に必要なだけ借りて返す。看板だけが大きく、実際は大きな力もなければ財力に不安の残るナナカとしては、とてもありがたい。もっともカジルによると今日来ているのは大手ではなく、小規模なギルドや協会ばかりで、あの宰相の影響はやはりここにも出ているらしい。




 しかし……随分と起きた直ぐの時から比べると周辺が変化してきたものだ。

 もしナナカが目を覚ました時に6歳の子供のまんまだったら、一体どうなっていたのだろう。厄介な事件や出来事に巻き込まれずに平和な毎日を送っていたのだろうか。いや、恐らくは魔物の襲来ともにベルジュの町もろとも滅んでいた可能性はある。もちろんマコトとの契約もなく、ルナやサンとも知り合う事がなかったはずだ。討伐した事による影響もあり、少々厄介なことも押し付けられているが、間違いなく夢による29年の経験は6歳までの記憶以上に役に立ったと言えよう。ただ気になる事は他にもいくつかある。


 そもそも幾ら王族のオマセな子供だろうとも、今のナナカは出来すぎた存在ではないだろうか。それとも王族というのはエリート宜しくで、ナナカ程度の7歳が居ても想定内の存在なのだろうか。目覚める前の記憶は殆どなく、夢の世界での経験に頼りっぱなしのナナカにとっては未だに馴染めない世界である。あった事もない長男や、評判の悪い長女などに関しては接点が少ない為、よくわからない。そして比較するにしても残る対象がオーバーシスコンのレイアや、芯はシッカリしているが子供感の抜けないラルカットと比べるのは違う気がする。


「王族や貴族とは言うのは厄介なものだ」


 夢での経験があるとはいえ、その中には貴族や王族などとの接触や関りと言った部分に関しては零に近い。夢の国自体にそういう存在がとても少なかったからである。情報としては知っていても別の世界の話と同じであり、言ってしまえば童話の世界の話と違いがないくらい。それくらいに遠い存在であった。


「役に立つようで役に立たない夢ともいえるか」


 作法や言葉遣いに関してはメイド長による教育のお陰で、そこそこに問題のない程度にはなっているとは思うが、もし眠りにつく前の記憶があったならこれほどまでに苦労する事もなく、もちろん王族争いに巻き込まれずに姉妹兄弟と「お手手つないでランランラン」なんてやっていた未来もあったかもしれない。あくまでも可能性の話ではあるが、どうしても仮定の世界を思わずにいられないのは、現状にナナカ自身が満足していないからだろう。王族というだけで幸運だとは言い切れないくらいには現実世界が見えてきた証拠でもある。


「もし目覚める事がなく、あのままあちらの世界で暮らしていたら……」


 どうなっていたのだろうか?


 例えば夢の世界で溺れる事がなかったらナナカは目覚めたのだろうか?

 溺れてしまった、もしくは死んだ事がフラグとなり目を覚ましたのだとしたら、溺れなければそのまま夢の世界に居続けたのではないか。もしそうなった場合にあちらの世界でナナカは、○○としてその後の人生も送っていたのだろうか。


 あれ? ○○??


「……どういうことだ」


 ○○、つまり夢の世界での自分の名前が思い出せない。

 確かに29年の夢は今のナナカにとっては糧となり経験となっているのに、その29年を誰として生きてきたのかが分からない。男であったのは間違いがないと思う。でもやはり名前を思い出せない。日記はつけてきたのに文面の中に肝心の自身の「名前」はなく、自身を「僕」と書かれただけのノートを第三者の目で見た感覚。まるで記録はあるのに記憶がないような不思議な気分である。


「現実感のある世界だと思っていたが、実は本当に夢だったのか?」


 そう、誰もが経験はあるはずだ。

 みんな眠りにつけば夢を見る。しかし起きてしまえば、その9割以上は忘れてしまう。たとえ覚えていても1時間もすれば内容は薄れていき残らない。ましてや夢の世界で自分が誰だったのか、更に出てきた人物の名前を憶えている事など稀である。それどころか考えもしないだろう。せいぜい、怖い夢なら怖かったと記憶に残る程度で、どれだけ怖い思いをしようとも数日後にはそれさえも記憶から消えている。思い留めておこうとノートに書き綴れば記録として残るくらいの話だ。

 

 今、ナナカに起きている現象はそれに近いかもしれない。

 しかしこの知識さえも夢の世界で与えられたもので現実世界で得た知識ではない。これでは卵が先か鳥が先かと言い争っているようものだ。もちろんこれまで夢の世界の知識と経験に何度となく助けられてきたが、だからとこれからも頼っていいのものかと不安が頭をよぎる。


 そもそもだ――


「何故、3カ月の眠りの間に、29年もの経験を夢で出来たんだ?」


 一度言葉にしてしまうと疑問は次々に浮かんでくる。

 自分は何故3カ月も眠っていたんだろうか。

 眠り原因は。

 誰かの仕業なのか。

 眠りと夢の関係性は。

 夢の世界の自分は何者なんだ。

 何よりも本当に自分はナナカなのだろうか。

 

 説明のつかないことだらけである。


「あああああっ! わからんっ!!」


 ハッキリしている事と言えば、自分は確かに今、ナナカとして生きている事だけである。もしかすると誰かが原因や事情、いや、もっと詳しい事まで知っているかもしれないが、安易に話していい内容だとは思えない。周りから、ちょっと空想に浸る子供くらいに思われるくらいならいいが、誰かに洗脳されているのではないか、悪魔にでも取りつかれたのではないかと疑われる可能性も捨てきれない。そんな事になれば宰相辺りが待ってましたとばかりに幽閉する口実にするかもしれない。当然、ナナカとしては願い下げの可能性である。


 ただどちらにしても解明にはピースが足りなさすぎる。時間が解決してくれるとは思ってはいないが、これ以上は1人で考えた所で何も分からない。今はせいぜい夢の記憶が消えてしまわない事を願うばかりだ。


 ようやく答えともつかないような答えに辿り着いたナナカを待っていたかのように、部屋の扉の向こうから衛兵の声が届く。


「ナナカ王女、メシェ様がいらっしゃいましたが如何いたしましょうか」

「ようやく来たか。入室させて構わん」


 先ほどまでのナナカ自身の問題とは違って、こちらの訪問は予測済である。だから衛兵にもメシェが来るであろう事は伝えてあった。ただ言葉通り遅すぎたくらいである。もっともメシェが予定よりも遅れてきてくれたおかげで新しい発見が出来た事は感謝するべきかもしれない。当然、言葉に出すつもりもないが。なんにしても待ち人が来るは良い事である。

 

 ――では始めるとしようか、メシェの組み立てた仕掛けの分解作業をな。

 

 ナナカはベッドから立ち上がると、悪さをした子供を叱りつける大人のような鋭い視線を扉へと向けながら、口元には薄っすらと笑みを浮かべたのだった。

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