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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
10章 資源略奪戦
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4 人々とナナカの断層

「じゃあ、どうして誰も来ないかについてお話ししましょうか。まずは宰相派が動いている事は確認しなくても分かっているでしょうね。優秀な人材をお膝元から奪われるなんて恥にしかなりませんしね、当たり前ですよね~。当然、僕の修学院や卒業生にも伝文が回っていますから、もう王都内の他機関についても同様の状態だと見て間違いはないでしょう。もちろん、ナナカ様の味方をするな、な~んて直接的な話ではないでしょうけど、やっぱり近い言葉が飛び回っていると見て間違いと思いますよ」


 そこはナナカも予想していた事だった。今の言葉で確信に変わった程度である。つまり知りたいのはそこではない。


「問題は跡取りとして見られていない、そういった修学院などに通っていないと思われる下級貴族や商人の次男や三男坊までもが来ていない事……ですよね~?」


 その通りだ。いくら宰相派が裏で動こうとも限界がある。宰相派に属していない貴族だって居るはずだし、次男や三男などになれば更に自由度は増す。商人達ならばもっと自由がきくだろう。一つに的を絞らずに手を広げるのは商売の基本である。ならば内部に潜り込むチャンスであるはずの今回のナナカ陣営の募集は飛びつくべきなのだ。にも拘らず実際は誰一人来ていない。もはや違和感と言う言葉よりも異常と言ってもいいくらいだろう。


「でもね、普通の王女様の募集とは違うんですよ。ナナカ様だからこそ起きた異常事態なんですね、これ」

「私だからこそだと……?」


 もう少し聴く側に回るつもりだったが「ナナカだからこそ」と特別視するような言葉を聞かされては思わず口も開いてしまう。まるで自分が普通ではないかの言いようである。立派なとは言えずとも、7歳の王女としては十分にやれていると思っていたが何か間違っていたのだろうか。どういうことなのかと隣のカジルに視線を走らせる。


 執事はナナカとは違い、メシェの言葉に「なるほど」と納得した表情を浮かべていた。

 メイド達に至っては「当たり前です!」と嬉しそうな笑みが零れていた。

 どうやら今ので理解出来なかったのはナナカだけのようだ。


 ……解せぬ


「なるほどです……ナナカ様本人は自覚していないようですね。僕が言うのもなんですが周りの方々の気苦労が窺い知れますよ~」

「ふむ、私如き王女では役不足というわけか。己を大きく見せるつもりがなかった事は認めるが、まさかそれほどに評価が低いとは思わなかったぞ」


 つまりは別に甲殻竜の討伐の件などは隠すまでもなく、世に知れたところでナナカ自身の評価が上がる事はなかったという事だ。きっと殆どを兵士たちが闘い、全て終わった後に死骸に剣を突き立てに違いない。大人達はそう判断したという事だろう。実際、確かにナナカは戦いの殆どの場面で傍観者だった。トドメを掻っ攫ったと言われても、その通りだと答える事しか出ない。なるほど、そう考えると大人達の判断はかなり正しい。


 だが、ナナカの言葉を聞いた周りの者たちは納得の表情を浮かべるかと思っていたのに、何故だかこちらとは予想外の結果を見せていた。


 メイド長は深いため息をつき

 カジルは頭を抱え

 メイド達は首を小さく左右に振っていた


 ……何か間違っていたのだろうか?


「謙遜は美徳とされる事もありますが、この場合は自身の大きさを理解していないだけのようですね。まあ、色々と偶然が重なったというのも影響している様ですし仕方がないんですけどね~。今は時間もない事ですし、答え合わせをしてしまった方がいいでもしれませんね。さっさと進めま~す」


 何やらメシェの言葉から察するに、周りとナナカ自身の評価には大きなズレがあるようだ。

 しかしナナカとて別に自身の評価を無意味に下げているつもりはない。

 現実として甲殻竜の討伐については成果を隠す工作として教会に手柄を譲ったほどである。王族争いの中でこちらにはアリもしない対抗心を創造され、妙な警戒を他の候補達に持たれないようにだ。結果としてはそれは無駄な努力となったわけではあるが、今でもお飾りの成果だと思っている人間の方が圧倒的に多いはずである。普通に考えても7歳になるかならないかの子供が上げた成果としては大きすぎるからだ。だから誕生会でそれを公表された時には驚いたものだが、冷静になれば何の事はない。耳にしただけで信じた者が何人いたのかと考えてみれば当然の事だった。

 

 ところがどうやらその考えも甘かったのだろうか。

 ナナカの心に閉め忘れた扉から、夏の湿気交じりの生温い風が入ってきたような気がした。

 そんなナナカの内心など気にした様子もなく、メシェが言葉を紡ぐ。


「さて、ナナカ様達は甲殻竜討伐の成果を公表する事を良しとしなかったようですね。結構前の事のはずなのに、先日になってようやく発表されたという事は関係者……つまりこの場合は根元である討伐者が隠していたと見ると、隠せていた期間の長さも納得出来ますからね」


 随分とあっさりと見抜かれてしまっているが、討伐についての成果を発表された後では辿り着けた人間も少なくないだろう。メシェもその一人のようだ。


「問題は何故隠していたのかという事ですが……そこは置いておきましょうかね。次です次。隠し切れなかった成果についてですが、周囲としてはどの程度まで評価はするべきか判断に迷う、けれども現在の情勢が変わる程ではない、そう思った方が殆どだと思います~」


 その通りだ。

 いくら甲殻竜の討伐を果たしたからと言っても本当に、ナナカが1人で倒したわけではない事ぐらいは誰にでもわかる事だ。あくまでも手柄としての話で終わるだけである。


 つまりは彼らが支持している神輿を変える程の事ではない。

 何故なら、そんなものでは国という権力を揺さぶるには小さすぎるからだ。政治経験が浅いナナカでも分かる事である。夢の世界の出来事で例えるならば、地下アイドルがメジャーデビューしたくらいの話。少々の話題性があるとしても国の運営に何ら寄与しない程度の事である。もちろんそれが王女がとなると多少プラスαが発生する可能性はあるだろうが、やはり所詮は話題だけで終わる程度の話ではないだろうか。


 しかしまだメシェの言葉は終わっていないようだ。

 まるでここからが本題ですと言わんばかりに人差し指を立てて右腕を上げると、いたずら小僧のような笑みを浮かべて演説が再開された。


「でもですね。その後が宜しくないです。あの宰相閣下様を痛い目に遭わせたとなると、それはそれはバーンと評価が屋根を飛び越えて山の尾根まで上がっちゃいますよ! そうなったら理由はどうあれ、隠すなんて行為が馬鹿らしくなるくらいです! 完全無欠に討伐の真実味と大きな意味を持たせちゃいますって! いや、ある事ない事まで尾ひれがついてしまっても仕方がなくらいで~す!」


 ……痛い目にあわせる?


「あ……」


 そういう事か。

 本当なのかどうかの確信を、どうしても持てない大人達からの向けられる甲殻竜討伐という疑惑を、ナナカ自ら宰相すらも手玉に取ったという噂が流れた事により、輪郭だけだったはずのマストに着色をしてしまったという事だ。つまりは目に見えない相手よりも見える相手の方が分かりやすいと言ったところだろう。下手をすると甲殻竜討伐よりも注目を集める事件となってしまったかもしれない。


「もうお分かりですよね? つまりはやり過ぎたと言いう事ですよ~」

「しかし、それが今回誰も来ない事と何が関係あると言うんだ? まさか甲殻竜よりも強く、宰相さえも手玉に取った子供だからと怯えて来ないとでも?」


 そうである。望んでいない名声を手に入れた事はこの際は目をそらすとしても、人事募集に関しては有利に働いてもいいはずだ。まさか本当にナナカに怯えるとも思えない。


「だから先ほども言いましたよね。ナナカ様は自身への周りの評価の大きさを把握していないですよって」

「私が自身を理解していないという事か??」


 今まで聞いた事がない話である。

 だが話の流れからするとナナカ自身が思っている評価と、周りとの評価には誤差があるようだ。

 だがそれは過大評価ではないだろうか。

 そもそもナナカは政治などに関わった事などない。それは夢の世界でも同じである。

 実際にベルジュの町の実務レベルに関しても、カジルや町の有力者が殆どを仕切っていると言っても過言ではない。きっと、ナナカが眠りについている間から継続されてきた形だろう。目覚めてからの現在も報告という形で書類が届いている物を確認しているだけで、実務に関われたという実感など無い。


 これは甲殻竜の撃退についても近いものがある。

 どうしても王族という立場のせいで戦場に立つ、イコールで先陣を切って戦ったという見方をされても仕方がないのかもしれないが、実際はシェガード達の後を魚の糞の様について行っただけである。傭兵たちからすれば邪魔なだけだったのではないだろうか。


 宰相をやり込めたという話に関しても、舞台を作り上げたのも戦ったのもメイドやサン達だ。ナナカは最後にあの場の状況を利用して、相手の手薄になった心の隙に言葉で穴を開けただけの話である。

 ハッキリ言ってしまえば、たまたま拾った小石が金塊になってしまったようなものだ。ただこれらが張りぼてである事はナナカ自身が一番よく知っている。だからこそ過度な噂が立たない様に協会へ手柄を渡そうとすらしたのである。


 しかしナナカの思いとは違い、世の評価は大人達の思惑という風に煽られて加速しているようだ。

 一体、7歳の王女に何を期待しているというのだろうか。


「私は大した事をしたつもりはないのだが、王族という肩書が変に物事を大きくしている気がしてならないな。例えば私が町娘だったとして、同じ事をした場合に同じ評価が下されるだろうか。いや、もしくはシェード達と同じ様に傭兵だったなら何の評価にもならず、せいぜい報酬が上下される程度だったのではないか。良い意味でも悪い意味でもな」

「かもしれませんね~。でもですね、ナナカ様から王族という血を奪う事は神様でもなければ難しいですよ。ですからその過程は成り立たないですね~。それにです、どれもナナカ様だったから出来た行動という事は間違いないです。何よりも傭兵の方々が7歳の時に例え見学とは言え、甲殻竜がいる戦場に立つなんて絶対に出来なかったでしょうし、もちろん近寄るなんて以ての外だと思いますね。これは宰相様の件に関しても同じ事が言えますよね~」


 そう言われてしまうと反論はしにくい。夢の29年と言う経験のお陰で、7歳と言う事も忘れて少々背伸びが過ぎたのかもしれない。そしてそれを説明する事は難しい問題でもあるし、今更ここでメシェに弁解した所で世間の評価とやらが覆るとはナナカも思っていない。ならば前に進む選択をするべきなのかもしれない。


「で、そんな高評価を得たはずなのに周囲から無視されている、現在の反比例したような状況の中で私にどうしろというのだ?」


 そうである。

 周囲がナナカを評価していると言うのなら尚更に誰も来ない理由が益々分からない。

 こちらとしては噛み合わない話の内容と現状の結果に頭を傾げるだけである。


 しかし混乱するナナカを待っていましたばかりに、メシェが表情を変えて口を開いた。


「は~いっ。ようやくそこに辿り着きましたね。これで本題に入れるというものですよっ。でもですね、これ以上は話すよりも結果を見てもらった方が早いかもしれませんね。実はここに来る前にちょっと仕込みをして置いたんですよ~」

「仕込み、だと……?」

「はいっ。ちょっとばかり傍観している彼らの尻に火をつけてきました~」


 そう口にしたメシェが物騒な言葉を吐きながらも「あはははっ」と楽しそうに笑ったのだった。

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