3 1人ではない独り言
「では僕の知っている情報について話させてもらいますね~。やっぱり話すなら、ナナカ様が注目され始めたベルジュ防衛線からがいいでしょうか。巷の噂ではあの戦場にナナカ様は居なかった。いえ、普通に考えて当時6歳の子供が居たはずがない……これが世間の常識的な反応ですが、実際は全然違いますよね~。ズッポリガッチリ最初から最後まで戦場に居たというのが僕の見解です~」
そう口にしたメシェの瞳が間違ってないですよね? とばかりにナナカを見つめていた。
確かに戦場に居た事は事実である。そして世間の常識から外れた更なる事実があったのだが、それをも知っているかのように、メシェの瞳からは迷いが見られない。これから語る自身の言葉に間違いがないと信じているかのようだ。
「さて、問題は戦場に居たナナカ様が何をしていたのかという事についてなんですけどね~、これ関しても普通に考えれば邪魔者でしかなかったという結果に繋がるはずなんですけど……これが意外や意外。どうやら色々と口を出していたらしき形跡が見られたんですよ~。だってあまりに定石を無視した報告があるんですもん。当然、傭兵の方々だけで考えたものだとは思えませんからね~。特にウィッシュという魔物を石で倒したり、獣蜂をアルコールによる気温低下で落としてみたり、こんなの聞いた事もありませんよ。そんな事が出来るのは”戦場知らない人間”だからこそだと気づくのは当然ですよね~」
戦闘報告はカジルが纏めて報告書を作成している。もしかするとそれが修学院とやらで活用されていた可能性はある。だがその報告書に、ナナカの名前は1つとして書かれていない事は、ナナカ自身でも確認済だ。それなのにメシェは僅かな異物を探り当て、消されたはずの存在を炙り出したのだとすれば、恐ろしい観察力と想像力である。
「となれば甲殻竜である、ミドアースにトドメを刺した事についても、あれはナナカ様なのだと言う勝利の象徴としての扱いにも疑問を持つべきですね~。決して倒した後に剣を突き立てたのではなく、本当にその手でナナカ様が倒したのだということにね~」
このメシェの言葉にはナナカも流石に驚きを隠せなかった。
それは報告書を書いた、カジルも同様らしく、なぜだという表情を隠しきれていない。
ただその2人を無視するように、メイド達からは当時の光景を思い浮かべているのか心ここに在らずという感じで頬を染めている。きっと妄想の世界に行っているのだと理解出来てしまうだけに悲しい。これに関してはメイドの手本らしく存在感を完全に消し続けていたメイド長も呆れ顔を見せていた。きっと後で雷が落ちるだろう。
「皆さんから感情の変化を得られたようで何よりです~。でもそれらを隠すために教会に手柄を譲ったのは大失敗ですよ~。だって、人口1万人程度の町の司祭にそんな”大きな手柄”を立てられたら、王都の教会が黙っていませんから。彼らは表向きは兎も角としても、裏では下手な権力者よりも権力争いにこだわっていますから~。当然と握りつぶすために暗躍しますよ。作られた事実を無かったことにするためにもね。だから誕生会のような結果になってしまうんです~」
言われてしまうと自らの失態が良く理解出来た。それはいくら夢で29年の経験積んでいようとも乗り越える事が難しい課題だからだ。こちらの世界の教会がそれほどに内部で権力争いがあるなど知らなかったからの失態。ナナカの知識不足が招いた綻びと言えた。
「まあ、問題はそんな事よりもナナカ様が何故必死に手柄を隠したかったのか、こちらの方が僕には気になる部分ではありますけどね~。これは予想になりますけど王座争いで競争相手を油断させるため、もしくは単純に興味がないから巻き込まれたくない……僕は後者の方だと睨んでいますけど、答えはもう聞かなくても皆さんの表情で分かっちゃいました~」
ここまでくると見事としか言いようがない。今更取り繕った所で無駄な行為でしかないだろう。表情を隠そうと努力しても更に無駄の積み重ねになるだけである。
「で、ここからが本題です。ナナカ様が王位継承権を得る事でベルジュの町を管理する事になるはずでしたが、前王様がミドアース討伐を正式にナナカ様の成果にした上で、更に管理する領地を増加してしまった事で元々の人出不足が加速する事になりましたからね~。いや~、前王様も大変な荷物を送りつけてくれたというのが皆様の意見ではないでしょうか?」
その通りである。ベルジュの町は母親の一族が治めていた領土であった。ナナカが王位継承権を正式に得れば管理として与えられるのは当然の結果だと思っていた。だからこそそれに備えて募集を行っていたのである。ところがナナカのおじいさんにあたる前王が余計な事をしてくれたせいで管理領土地は増えてしまい、全ての計画が破綻してしまったと言ってもいい状態なのに、やる事だけはしっかり積み上げられてしまったのだ。まるで何の練習もしないままに大舞台に上げられてしまった主役の気分である。
ただ……
「ただいくら何でもここまで誰も応募者がいないとは予想外だったのですよね~」
そう、予想外の状況だ。いくら何でも数十万人が暮らす王都でここまで人が集まらないのはおかしい。何らかの力が働いているとしか思えないのである。しかしそれを探るための人材すらも不足している現状では解決方法など見つかるわけもないのだ。
「ではどこの誰がナナカ様への道を塞いでるのでしょう~?」
これで独り言は終了だと言わんばかりに問いだけを残してメシェの口が止まる。
その問いは現在行き当たっている問題に直結するものだけ、現在ナナカがもっとも知りたい事である。そしてここまで十分に自らの価値を示したメシェはそれを知っているからこそ、その質問をナナカにぶつけているの違いなかった。
「なかなか面白く興味の尽きない独り言だったぞメシェよ。お前の有益性についても十分に理解した。その上で続きを聞かせてもらいたい。人様の作り上げた道にゴミを投げ、泥を撒き散らす馬鹿共についてな」
「それはつまり僕を雇ってくれるという事ですね?」
「そう受け取ってもらって構わない」
待っていましたとばかりにメシェが満面の笑みを浮かべた。
相手に完全にいいようにやられている気もするが、ナナカとしてもここまで来ると隠すだけ無駄な相手だと認識する。何よりも敵に回すと厄介だという事くらいは今の短い独り言の中でも理解出来た。ならば無駄な足踏みなど省いてしまって次に歩を進めるべきだと判断した結果だった。
「じゃあ、折角良い返事を頂いた事ですし、僕の良い所を見て頂く為にもう少しだけお付き合いよろしくですよ~」
そう口にしたメシェが、ナナカのアンコールに応えるように話を再開したのだった。