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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
9章 迎えるべきもの
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12 少女は闘技場で燃ゆる

 お膳立てはもう終わったと見て良い。あとはここからどう切り崩すかである。

 ナナカは熱くなる心を切り離し、やるべき事を頭で整理する。


 宰相はラルカットの私兵とも言える元奴隷の彼女たちを城内から排除したいらしい。それも出来れば城内から追い出すとしても、情報が漏れないように自然な形で抹殺するか、どこかで飼い殺しにするか、ただどの未来であろうとも決して明るい未来だとは言えないだろう。だからこそ、ラルカットはナナカにお願いに来たのだから。


 そのラルカットは彼女達を守る。それだけが願いである。対外的には敵として周りから見られている、ナナカを頼ってきたのはそれだけ追い込まれているからなのだろう。イコール、母親も宰相と意見は同じなのだろう。


 となるとやはり正面から、ぶつかったところで宰相は相手にもしないだろう。相手側がミゲルに大怪我を負わせたという設定を作り上げた、この状況を最大限利用するしかない。


「ほうー。なるほど、確かに元奴隷と傭兵の血であれば、どれだけ流れても国としては痛くも痒くもない。国の柱たる私達にとっては大して気にする事ではないな」


 宰相に合わせたようにナナカも見下すスタイルでセリフを吐き出す。

 宰相としては自分の思っていたものとは違う言葉を吐き出した目の前の幼い王女を意外に感じたのか目元を、ピクリと揺らしながらも言葉には動揺を見せずに返してきた。


「その通りです。我々は家畜の痛みを共有する必要などございません。役目が終わればお役御免。それが奴隷であり、傭兵でございます。わざわざナナカ様のスカートを破いてまで労わる必要もございません。代わりになる者を、また用意すればよいだけです」


 全く感情も感じられない言葉だった。

 彼女達は元奴隷で現在はラルカットの私兵近衛兵だと言うのに、宰相としては現在でも奴隷と同じに見ているのであろう。しかもそれを平然と口にするという事は、宰相自身とラルカットとの力関係をそのまま表しているともいえる。ラルカットに決定権はなく、自分が傀儡の王であるかのように。

 

 それを聞いても何の反応もしない前王が気になる。恐らく本当に王位継承について口を出すつもりも関わるつもりもないのだろうか。その結果、宰相が傀儡の王になろうとも構わないとでも思っている可能性すらありそうだった。もしかすると宰相はそれも理解しているのかもしれない。でなければここまで全面に出てくるはずがない。


 ただナナカとしてはやる事は変わらない。今は宰相を叩き潰すだけの話である。


「宰相殿の考え方はとても勉強になります。私はどうやら過剰な反応をし過ぎたようです。まだまだ勉強不測かもしれません。今後も色々と教えを請いたいですね」

「ナナカ様にご理解頂けたようで、バールも嬉しゅうございます」


 どうやら宰相としてはその元奴隷の事で、いちいち騒ぎを大きくせずにさっさと終わらせようという気らしい。例え、自分が支持するラルカット王子の近衛兵もとどれいであろうとも自分達と同じ人としては見ていない証拠でもある。


「しかし、私が雇っていた傭兵もあれでは使い物になりませんね。次を用意をするにしても時間がかかります。しばらくは警備が薄くなる覚悟も必要ですか。これは困りましたね……」

「確かに少々バタバタした時期でもありますから少々心配ですな。それにこちら側がやり過ぎたというのは確かにありますから。そうですな……では、王都の正規近衛兵を何人かを警護役として手配させて頂きましょう」


 警備を担当していた傭兵が一人が怪我をしたからと、正規近衛兵を何人か手配すると言うのはハッキリ言っておかしい。宰相自ら傭兵など家畜だと口にした後で引きだすにしては不自然で矛盾している。恐らくは恩でも売るつもりなのか、それとも宰相の息のかかった人間であると考えた方が自然だ。もしかするとその両方かもしれない。ただ打算が働いている事は間違いだろう。


「それはありがたい。ですけど宜しいのですか?」

「ナナカ様がスカートを破いてまで労わった傭兵の代わりとしては満足頂けないかもしれませぬが、私どもの精一杯の気持ちだと思って頂ければ幸いで御座います」


 言った。

 そしてきっかりきっちりとナナカはそれを聞いた。

 宰相としてはきっと更に恩を高く売るチャンスだと思ったに違いない。だから強調する意味で傭兵と正規近衛兵を同格に扱うような言葉を口にしたのだろうが、それはナナカにとっては十分な隙だった。


「ふむ、私の傭兵の価値をわざわざ高く持ち上げてもらい”とても感謝”する」

「いえいえ、お気になさらずに」

「大丈夫だ。気にしていない。何故なら、その申し出は断るからだ」

「ええ、分かっておりますよ。直ぐに手配……えっ、断る?」


 宰相にとっては予想に反した展開とナナカの口調の変化に、準備していた言葉が間違いである事に気づけなかったようだ。ここまでの冷静だった言葉が砕けてしまい、豆鉄砲でも食らったかのように間抜けな声が漏れた。


「そうだ、断る。代わりは自分で手配するとしよう」

「さ、さようですか……」

「だが、やり過ぎた事に関して罰を求めたい」

「罰ですか。ですが傭兵と元奴隷の喧嘩で負った怪我に対して罰とは……」

「だが、私の傭兵は正規近衛兵数人に相当するのだろう。宰相殿が言った事ではないか。それとも王都の正規近衛兵が怪我をさせられた場合でも、その怪我をさせた相手には何の罰も加えられないという事ですか?」


 かなり無茶苦茶な理屈である。いや、屁理屈と言うべきか。しかし代わりにと正規近衛兵を差し出したのは宰相である。つまりはこちらの傭兵ミゲルは正規近衛兵数人分の価値があると認めた様なもの。今更その価値を落とすのは難しい。


「しかし罰と言っても……」

「では例えば近衛兵を家畜が怪我をさせたら、その家畜はどうなるのですか?」

「……殺処分されるでしょうな。なるほど分かりました。致し方がありませぬ。ラルカット様には申し訳がありませぬが、あの者を殺処分する手続きを取らせて頂きましょう」


 もしかすると「ではナナカ様の方で処分をお任せします」とでも言うかもしれないと思ったが、簡単には王都内の情報を待っている可能性のある人間を渡すつもりはないようだ。それくらいなら殺してしまえと。だが実はどちらもナナカが目指している結末とは違う。


「これは驚いた。随分とお早い決断です。ですが、私の傭兵を傷つけたのは家畜の群れのリーダーだ。ならば群れごと処分する必要があるのではないか」

「つまり、ナナカ様は全員を処分しろと?」


 宰相の残酷な言葉は家畜と見下された彼女達にも聞こえたのだろう。声にならない彼女達の悲鳴がナナカの耳に届いて、演じる事に一瞬戸惑いを覚えた。だがそれでも、こうやって舞台の上で踊り続けなければ、宰相を引かせる事は難しいのだ。ただ譲れと言って、城内事情を少しでも知る彼女等を譲るような相手なら、ラルカットがナナカの所にお願いに来るわけがない。だからこんな大掛かりな舞台を作り上げたのだから。


「違う。処分は必要だが減罰を求める」

「減罰……ですかな」


 もはや宰相は訳が分からない状況に陥っているようだ。

 確かに群れ全体の処分を求めておきながら、罰に関しては減罰を求める。あべこべに感じるのも無理はない。


「そうだ。確かにこちらに大怪我をさせたが彼女も必死だったのだろう。その中での怪我だ。そこを考慮しての減罰。しかし群れのリーダーが罪を犯したのであるならば、群れとして残しておくのも問題が残るであろう。ならば……その群れを解散する事を求める!」


 つまりは問題を起こした彼女等を王都から追放してしまうという事。それをもって処分とする求め。そしてそれは宰相の手から逃れ自由になる意味にも繋がる。


「いや、それは……」

「なんだ。被害を受けた側が減罰を求めているのに、それを無視してまだ殺処分するというのか」


 宰相としては下手に情報が洩れる可能性のある彼女等を放逐する事に抵抗があるのだろう。だから自分の納得できない流れを変えようとしたのかもしれない。しかしナナカはそれを許さない。こちらは譲渡する部分を見せているのだぞ、と示す事で追い打ちをかける。それにより宰相は反撃を断たれたように口を閉じてしまった。


 きっと宰相としては、ナナカを7歳の少女というだから油断していた部分もあるだろう。安易な打算で傭兵ミゲルの格上げした事は失態でしかない。そこを上手く突き捌けたのは実際には7歳ではなく、夢の中での29年の経験があったからである。


「……くっ、わ、わかりました。彼女達近衛兵の解散をもって今回の処分とする事に致します」


 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべて、宰相は了承の言葉を吐きだした。

 きっと今後はナナカに対する警戒が大きくなることは間違いないだろう。それでも彼女達の未来を無視する事で生まれてくる後悔に比べれば随分と安い。ならば、その程度の恨みや敵意はナナカ自身で受け止めてやる。


「うむ、こちらの意見を理解して頂けて何よりだ。それと、ラルカット兄さまには悪いがそういう事になりました。申し訳ありません」


 突然、ナナカから謝罪を向けられたラルカットは驚いた表情、戸惑いの表情、そして徐々に事態を理解したように少しだけ笑顔を浮かべて


「こちらこそ、我が近衛兵の不始末、申し訳なかった。許してくれ」


 と演技を繋げてくれたのだった。

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