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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
9章 迎えるべきもの
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11 梯子を外された役者

 ナナカは王都の自分の為に用意された、あの部屋に戻ってベットに沈み込んでいた。


 仕方がない。疲れていた。

 ただし、今日ナナカ自身は剣を交えていた戦士たちに比べれば、殆ど何もやっていないと言ってよい。

 それでもこのまま眠れるくらいに疲れていた。


 原因は分かっている。

 肉体的な事ではなく、精神的な部分からの疲れであると。知らない大人が聞けば「子供のくせに生意気だ」と言われそうではあるが、それはそんな役目を押し付けてきた大人に撃ち返してやりたい。


 とにかく今回は大人達のずさんな計画に7歳になったばかりの自分は振り回された。例え、29年の夢の経験がプラスされている変則的な少女だとしても、人間はストレスを疲れに変換させる生き物なのだと今は実感できる。


 結局、あの時に何があったか――

 もちろん、あの時とはナナカの認識を超えた戦いを繰り広げていた時の事である。


 初戦、サンの戦いはまだしも、3戦目に関しては何が凄いのかすら分からない程の戦いだった。

 実際、ナナカに認識できたのは、まるでヘビーメタルのライブにでも行ったかのように、激しい金属音が空気の中で木霊していた事だけだった。それが突然、赤い何かが舞ったと思った瞬間に、ミゲルの腕が濡れた雑巾が落ちた様な音を立てて、大地に君の悪いオブジェが出来上がっていた。その瞬間に、あれほど騒がしかった騒音は消え去り、時計の針が止まったかのように、あの場の空気は凍りついた。


 ただしナナカにとってはそれが初体験ではなく、以前にも経験した光景だった事が多少の驚きを感じながらも心の余裕は保つ事が出来た。


 ――恐らく、これは作戦の一部。つまり”演技”なのだろうと。


 だがハッキリ言っておこう。自身は計画についての詳細をシェガードから”聞いていない”

 もちろん全く聞いていなかったというわけではない。ただ聞かされていたのは「その時になれば分かる」と言う言葉だけだったのだ。そこに不安を感じながらも信じてしまった過去の自分を恥じたい。


 よく敵を騙すには味方からと言うが、あの男の場合は敵も味方も騙して、自分は外から楽しむ傾向があるのではないだろうか。これは予測ではなく、短いながらもこれまでの付き合いで見えてきた確信に近いかもしれない。舞台に上げられたナナカが7歳の少女である事を忘れているからの様な行為である。


 しかし今更、喚いた所で打ちあがった花火は止まらない。火薬を湿らせない様に綺麗に花開かせる花火師の役目はナナカへと押し付けられてしまった。台本のない舞台は幕明けとなってしまったのである。


 やるしかないか……


 と、諦め気味に決心をしながらもナナカは演技を開始する。


 まずは地面に赤い絨毯を作成中のミゲルの下へと慌てたように駆け寄る。

 もちろん演技ではあるが半分は本気である。何故なら実際に戦いの状況を認識出来なかったナナカとしては、どのような流れで義手が切り落とされたののかがわかっていない。100%演技だとは確信出来ないのだ。自然と心配の文字が心含まれるのは当然だと言える。


 そしてその心配が的中するかのように、近寄ったミゲルからは本気と思えるような苦悶の表情を感じ取れた。同時に傷口を抑えるようにしている左手と傷口である右肩が痛みからか、小刻みに震えている。額から浮かべる玉の様な汗も偽物には思えなかった。


「おいっ! ミゲル大丈夫なのか!?」

「ちょっとしくじりましたっ……! でも大丈夫ですよっ。姫様の護衛を引退するほどじゃぁなぃ。ただ暫くお休みを頂く許可が必要になりそうですがねっ!」


 ミゲルの途切れそうなセリフも用意されていたものにしては観客に届く声に聞こえない。まるでナナカだけを安心させる為の言葉のようだ。


 演技にしても本気にしても何かやるべきではないか?


 そう判断すると迷わずスカートの裾に己の歯で切り目を入れて破る。お陰で高級な応急帯へと変化するスカート。それを止血の為に傷口を縛り上げる。これで演技の血のりにしても本当の出血にしても、どっちの意味でも効果を発揮してくれるはずだった。


 そしてそれを待っていたかのように、シェガードとシェードが「後は任せて置け」と言葉を残してミゲルに肩を貸し闘技場を後にした。こうなってくると残された発言権を持つ自陣の駒はカジルくらい。随分と兵力が減った気がするが、どうやら2人で後始末を付けるしかない状況である。ならば前に進むしかない。


「これは問題ではありませんか!」

「問題など起きたようには私には思えませんが何が問題と言うのですかな?」


 火蓋を切ったのはカジル。その問答に応答したのはここまで存在感が一番薄く、本当に居たのかとさえ思えた宰相のバールだった。言い換えれば自身が表に出ないとマズイ状況と感じたからかもしれない。


 気になるのはそこに先代王バスが口を挟む様子を見せない事だろう。王座の争いを高みの見物に徹している事を考えれば彼にとっては当然の行為なのかもしれない。成り行きを今回も見守るだけなのだろうか。つまりは勝手にやれという事だろう。


「ここで今、少なくない血が流れたのにでしょうか!?」

「ここは闘技場です。血が流れるのは当たり前の事でしょう。舞踏会の似合うナナカ様達には理解頂けないかもしれませんが、戦う為の技術を高める場所で血を流すなと言う方が無理があります」


 予想できた返答だ。予想出来ない方がおかしい。闘技場は武器を互いにぶつけ合う場である限りは当たり前。しかし今回はミゲルに大きな怪我を負わせた責任を追及する事を狙った作戦なのは、恐らく間違いないだろう。随分と大雑把な作戦ではあるが、要はそこをついて彼女ら近衛兵を何とかしようと言う所か。


 それに確かにミゲルに傷を負わせた彼女等近衛隊のリーダーは放心状態で立ち尽くしている。戦場に出た事のない彼女にしてみれば初めて大きな怪我を負わせてしまった記憶に残る事件になったかもしれない。それだけに動揺は大きいのだろう。そしてそれは宰相と同じように傍観していた、彼女等の主人であるラルカットも同じだった。どうしていいか分からず、顔を青ざめたままで言葉さえ紡ぐ事が出来ないようだ。


 つまりはこちら側の作戦は相手に戦意喪失させた事で半分は上手く行っていると言っていいのかもしれない。残り一人だけ冷静さを失わずに正論を返してくるのが宰相である事が問題ではあるのだが、それをキャッチボールでもするが如く、カジルとナナカへと放り投げてきた大人達の信頼が重い。


 たくっ、随分と面倒な変化球のサインだけ残して行きやがって。受ける人間の身にもなれって言うんだ!


 ナナカはそう心の中で悪態を付きながらも、言葉と言うボールを慎重に握り直し、投げるべき球種を見つける為に問答の様子を伺う。


「ですが、これは試合のはずです! それなのにあれほどの怪我をさせたら命に関わります! それでは単なる殺し合いではないですか! それともこの闘技場は殺し合いをする為の場所だとでも言うのですか!?」

「なるほど、確かに先ほどの戦いは試合であって、殺し合いではありませんでしたね。命を奪い合うような行為は行き過ぎた行為とも言えたかもしれません。ですが……所詮は”元奴隷と傭兵”ではありませんか。血が流れようとも命が失われようとも誰も困らないではないですか?」

 

 元奴隷と傭兵だとっ……!?


 ここまで冷静に道を探りながら話してきたナナカだったが、元奴隷と傭兵を軽く見る宰相バールの言葉に体温が急激に上昇するのを感じていた。


 頭に浮かんだのは、月と太陽の名を持つ姉弟。

 彼らは勇者達にオトリの餌として使い捨てにされる道具として生かされていた。遠からず勇者たちの命を守るために消費される命だったのだ。そこに本人達の意志など反映されず、同じ人なのに同じ命として扱われない矛盾。それに納得出来ないナナカは勇者から彼等を解放した。


 兄のラルカットもナナカと同じ様に、彼女等を平等の命として奴隷から解放して手元に置いたのかどうかはハッキリわからないが、そこに悪意はなかったはずだ。でなければ目の前の宰相の様に”たかが元奴隷”と見下し、処分と言う方法を取っていたのに違いない。間違ってもナナカに彼女達の今後を託そうとすら考えなかった筈である。


 そしてミゲルやシェガード達の傭兵もナナカにとっては大事な仲間である。

 町を守るために戦場を共に駆けた友と言っても良い。互いに助け合い、自分達の町を守った。彼らが居なければ今頃はベルジュの町はなかっただろう。だからこそ下手に結ばれた契約や雇用よりも、命を預けあった事で生まれた絆はとても強い。


 それなのに宰相バールは今、その絆を貶し、同じ人間と見做さない決定的な言葉を吐いたのだ。ナナカの中で今まではボンヤリと面倒な相手だと見ていた宰相が、スモークに包まれるように黒く染められていく。まるで自分の体温上昇に呼応するが如く。


 ――宰相バール! 貴様を拒絶する!


 この時初めて、ナナカは己の敵として宰相を認識したのだった。

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