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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
9章 迎えるべきもの
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10 敗北の中の戦い(後編)

 額に汗を浮かべながらもペレスは状況を再分析する。

 最初の問題は相手が逆手に武器を持ち替えた事に意味はあるのだろうか、という所からだ。

 ここまでの戦いでハッキリしている事は単純な力では相手に分がある。例えば攻撃を受けた場合にバランスを大きく崩すのは此方の役目になっていた。逆によほどの強撃に出ない限り、相手側は崩れる事はなかった。これは最初から覚悟はしていた事である。


 技術面ではどうかについてだが、これについては一概に決めつける事は難しい。

 恐らく、互いに剣1本での勝負なら互角と感じられた。ところが相手は様々な技術を浅く広く取り入れている感じである。恐らくは他の武器でもかなり使えるのではないだろうか。1本の剣での戦いしか知らない私には2刀流など聞いた事はあっても見るのは初めて。正直な所これが戸惑いを生み、攻めの決め手を欠いていると言ってもいいかもしれない。ただし私の方も体術には自信がある。最初の蹴りなどはその成果と言える。恐らくは素手での戦いなら分があるかもしれない。


 スピードについては若干こちらが押している感じはする。

 ただし読みの深さでは経験不足が響いているかもしれない。

 結果的に多少の差など判断力の差で埋まってしまうという事だ。


 つまり互角というのが分析結果となる。

 だが、これはここまでの”戦闘では”と、しなければならない。


 相手は今から本気を出す事を示唆している。それは全体的になのか、それとも部分的になのかは現状はわからないが、相手が仕掛けてきた時に答え合わせは始まる。それは瞼を一度閉じた後なのか、それとも一呼吸後なのか。確かなのは現在の私は受けに回っている事。読めない相手に対して仕掛けるのがこんなに難しいのかと初めて痛感する。


「いくぜぇ?」


 私の思案を待っていてくれたかのように、男は再スタートの合図を出してくる。

 まるで訓練でも付けられているかのようだ。舐められているとしか思えない。


 しかし言葉とは違い、優しくない加速で男は一気に距離を縮めてくる。

 相手の勢いを利用するように突きを出す私。

 それを軽く横へと打ち払う男。

 

 もちろん、最初から当たるなんて思っていない。そんな程度で当たるなら最初から苦労などしていない。狙いは別にある。男が武器を逆手に構えたという事は射程距離の低下につながるのだ。ならば体術に自信のあるこちらには都合がいい。


 私は射程距離が短くなった事で一番守りにくくなった足元へと、打ち払われた勢いのまま旋回蹴りを見舞う。加速された勢いを殺すのは難しい距離。相手は飛ぶしかない筈である。

 その予想通りに相手は身を空へと預ける。ただ違うのは前方回転しながらと言う部分だろうか。しかも回転しながらも2本の武器を私の頭に突き立てようと、獣の牙のように構えたままで。

 私の剣術の辞書にはない戦い方だ。まるで曲芸ではないかと言われても仕方がない無茶苦茶な攻撃。しかし生み出される攻撃力だけは想像できる。受け止める事はとても出来ないと。今の私には選択肢は1つしかなかった。


 地面と飛空する男の隙間に身を屈めてやり過ごす。

 後少しでも判断が遅れていたらどうなっていたかわからない。

 相手が通過したのを感じ取ると同時に振り返り反撃を試みる。

 しかし……それを阻止する物体が男との間に割り込んでいた。


「危ない危ない。安易に飛ぶもんじゃないね~。でも面白いだろ? 武器の使い方は1つじゃないんだぜ?」

「ありえない……なんだというのだ、その使い方は」


 言葉のやり取りで戦闘が中断する中、男はその物体、いや、己の武器を回収した。

 信じられなかった。男は空中で躱されると認識した瞬間に武器の1本を地面に投じんにより突き刺す事で、私と自分の間に一瞬の壁を作ったのだ。例え、一瞬であろうと反撃の暇をつぶすには十分だった。それは物的な障害物と言うよりも、心に撃たれた楔と言っていいかもしれない。


「まあ、正攻法だけが戦い方じゃないのさ。隙を無理やりにでも作ったり消したりするのがプロってな」

「くっ、出鱈目だっ!」


 苦し紛れの言葉による反撃。自分が認めないからと相手がやらないわけでないのが実践なのだろう。分かっている。分かっているが自分達がやってきた2年が無駄だったと言われているようで我慢がならない。本当に遊ばれているだけにすら思えてくる。


「だが……っ!」


 私は言葉を続けず攻撃に出る。

 撃ち放つのは下段からの強撃。

 それは先ほど相手に有効性を見られた攻撃。これしかない。

 己の中で再分析は終えている。選択肢はこれしか残されていない。


 何故なら……ここまでの動きの中で唯一相手に勝っていたと思っていたスピードが”相手に超えられた”から。もしかすると単純なスピードと言うよりもキレと言った方が正しいかもしれない。相手は武器を逆手に構えた事で射程を犠牲にして、それを得たのだ。本来なら犠牲が生まれたはずのそれを武器を2本持つ事で同時に攻撃も防御も出来、穴を埋めてしまっている。私がもっと経験をつめば対策も立てられるかもしれないが、今それを言った所で仕方がない。


 だが分析出来た事はマイナス面だけではない。男は一定以上の威力の攻撃を受けた時に右半身に隙が出来るのだ。ほんの僅かな隙だが、出来ると分かっている隙は大きなチャンスにもなり得る。今はそれに賭ける。無駄な足掻きかもしれないと感じつつも、現在の自分に出来る最大威力の攻撃である、大地を背負った下段からの強撃に全てを。


 予想通りに男は先と同じように受け止めてきた。男にとっては一度破られた攻撃を繰り返す愚かな女に見えたかもしれない。だからこそ回避すると言う選択肢を捨てたのだろう。


 そして大きな金属のぶつかり合う音が響くと同時に、先ほどと同じように男が後方へと舞おうとした瞬間にペレス自身も大地を蹴る。それを目にした男は「馬鹿な」という表情を浮かべている。


 当たり前だ。下段の強撃を出した直後に跳躍するという事は言葉にするほど簡単な事ではない。人間の体はそんな便利には出来ていないのだ。それを無理やりに”魔力機構”を全力で開放して捻じ曲げてやったのだ。これがダメなら他にないと言う選択。次の攻撃を考えない選択。きっとしばらくは足が動かなくなるであろう無茶な選択。戦闘を継続する事を基本とした傭兵ならば絶対にありえない選択。この戦いに全てを掛けている自分だからこそ出来た選択と言っても良い。


 私は隙が出来た男の右半身へ向けて、下段から切り上げた事で上空に残された剣を振り下ろす!

 それが予想外の結果を生み出した。いや、最悪の結果と言ってよいのかもしれない。




 繰り出した攻撃は男の右肩口に吸い込まれると、そのまま”何の抵抗もなく”腕を切断してしまった。

 ”何の抵抗もなく”である。


 そして赤い飛沫が舞い散ると同時に男の絶叫が空を木霊したのだった。

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