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ミッションプリンセス  作者: 雪ノ音
9章 迎えるべきもの
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7 影中の戦い(後編)

 賭けの対象になっている事など知らないメイドと近衛兵の戦いは攻撃の激しさと反比例するような状況を生みつつあった。

 片方はこれぞ見本というほどに綺麗な型の攻撃を次々と繰り出す近衛兵の少女。

 もう片方はそれをギリギリのタイミングで弾き、受け流すメイド側。

 この変わる事がない構図が金属の音楽を鳴らすかのように響き渡り、見ている者に予定調和の演武を思わせるだけの説得力を与えている。


「随分と一方的な状況になったわねぇ。決着は時間の問題かしらぁ?」


 姉の言葉は当然と言える。

 現にメイド側は攻撃らしい攻撃を一度も繰り出していない。反撃すらも許さない程の苛烈な攻撃を近衛兵の少女が続けているからだ。いくら先の戦いを繰り広げていた少年と少女よりも年齢が上だとはいえ、10代半ばの少女が簡単に身に着けられる武力とは思えない。そこに血の滲むような努力が見え隠れするのは明らかだ。

 

 それでも……


「そう判断するのはまだ時期尚早ではなくてー?」


 レイアはそう返答する。

 確かに現状を見る限りは逆転する未来を見つけ出すのは難しいと言えた。ある意味で戦いが始まる前から分かっていた未来とも言える。たったの2年とはいえ、戦う為の訓練をひたすら続けていた側と、メイドとして館で王族の世話をする側。普通に考えれば交わる事すらないはずの道である。そこに無理やり投下されたメイドの立場は如何なるものか。それでも瞼に残る先ほどの少年の姿がある限り勝負は最後までわからない。


 しかし……今更だが妹ナナカの手元にある駒は選択できる範囲が非常に狭い。

 何故なら末っ子という事だけでなく、母親は死別しており、大きな支援者もなく、つい最近まで眠りの世界に居たために本格的に動き始めて間もない。何よりも本人に王座や権力に対する執着がないのが大きな不利な点になっているとも言えるだろう。今回の事も兄ラルカットからのお願いを聞くための行動であって、ナナカ自身から動き出したのではない事くらいは己の情報網から掴んでいる。


 今回はナナカの空回りになるかもしれない――


 あの場にシェガード親子が立つ事が出来ていれば、何とでも出来たかもしれないが今回はそれを禁止されている。逆にあの親子は全てをぶち壊すくらいに強力過ぎる駒でもあるのだが、完全な敵対者でなければ行き過ぎた暴力にも成りかねない。過剰すぎる力は力で扱いにくい物なのだ。お陰で一気に制限された中で背伸びをする妹に登り台を貸しだして上げたくなるが、きっとナナカは受け入れない。そしてそんな状況でも兄に手を伸ばそうとする妹だからこそ、ますます応援したくなる。とにかく今は妹を信じたい。


 そんな私の思いは戦いには影響しない。するわけがなかった。当然である。

 相変わらず防戦一方のメイドは不釣り合いにも見える斧を、まさに使い慣れたほうきの様に使い攻撃を受け流していく。

 攻撃する側も一切攻撃を緩めず、2年の訓練の成果を隠す様子もなく縦横無尽に攻撃を加速させていく。

 2人の影はその後も疲れを見せるどころか、更に激しさを増す。


 恐らくは双方がギアを……いや、違う。双方が「魔力機構」を開放し始めたのだ。先ほどの2人にはない新たな世界へと戦いのステージは上がったわけである。


「へぇー。あの子達は魔力を管理できるのねぇ。意外な状況ね。いくら訓練を積んだとはいえ、元奴隷如きが使えるとは驚いたわ。ふふふふふっ。でもぉ、ナナカのメイドまでもとなると少々気に入らないわねぇ」


 姉とは違いレイアはそこに驚きがない。既に甲殻竜との戦いであのメイドが魔法を使う所を見ているからだ。空間に魔法を発現できるという事は、その前の技術である「魔力機構」を管理できても不思議はない。もちろん、メイド側が持っている武器を近衛兵側も持っていないなどと思ってもいなかった。あらゆる可能性を常に考慮する事で自分は王族の中で身を守ってきたからである。


 そしてここからの戦いは「魔力機構」でどこまで力を上乗せできるかで決まると言っても良かった。


 闘技場の2つの影は時に合わさり、時に弾け、金属音を奏でる。

 継続的に届いてくる、それらの音は演武に織り交ぜられた後奏曲のようでもある。

 明らかにレベルの上がった戦いの中、勝敗の女神がどちらに傾こうかと風に揺れているようにも感じられる。


 どれくらい時間が経過しただろうか。時間が経過するのも忘れるほどに戦いに見とれていたのか、それとも本当は数秒ほどの時間しか経過していないのかもしれない。ただ闘技場から突然に後奏曲は止んでしまった。


 そして――


「……すみません。私の負けです」


 代わりに響いたのは近衛兵の声だった。

 隣で意味を理解出来ないとばかりに姉が驚いた表情を一瞬だけ浮かべるのを見逃さない。


 確かに戦いは攻撃する側と防衛する側に分かれていた。一般人なら攻撃側が有利だと決めつけそうな状況だからと、同じ応えを口にするほどに姉も武芸に通じていないわけではない。レイアの方でも勝敗を判定しろと言われても難しい状況だった。互角と言ってもいい勝負見えたからこその驚きだったのだろう。だが、姉よりも武芸に秀でるレイアには、止まったまま向かい合う2人の少女達を冷静になり観察すれば見えてくる。


 負けを宣言されたメイド側は「今日の仕事おそうじが終わりました」と言っている様にすら感じる表情をしているにもかかわらず、負けを宣言した側は真っ青になった顔に玉のような汗を流している。示すのは明らかな魔力切れ。


 つまりは魔力量の差が結果に出た……いや、それだけではない。「魔力機構」の熟練度の違いによる効率の差の方が大きいと言えるかもしれない。つまりは近衛兵側の少女は、魔力が10だけ必要な部分にそれ以上の20を使うなど過剰の力を供給してしまったのだろう。もちろん攻撃と防衛とで差がないとは言えないが、それだけではあれだけ表情に差が出るわけがない。またはメイド側は全力を出していなかったとも言える。


「ざんねんざんねん。賭けは私の負けねぇ。となると可愛い妹の”お願い”を聞いてあげなくちゃいけないわねぇ」


 姉ミストの言葉は内容と裏腹に余裕がうかがえる。負けた理由は理解出来なくとも、負ける事に関しては想定内だったという事なのだろうか。そんな分の悪い勝負に”蛇”とも例えられる女が足を踏み込んできたとはとても思えない。しかし、こちらは勝負に勝ってお願いを出来る立場である。損得勘定で言えば得しかない。ならば遠慮なく使わせてもらうべきだ。


「ありがたく”お願い”を聞いてもらいますの。あたしのお願いは……姉様がナナカに手出ししない事かしら」


 これだけは譲れない。この蛇女がナナカに目を付ければ何をするか分からない。この場に現れただけでも興味を強めているのは一目瞭然なのだ。例えこちらの”お願い”を拒否されて、単なる言葉の呪いの効果しか持たないとしても明確な線引きをしておく必要がある。


 しかし――


「いいわよぉ。私がナナカに手を出さない。それでいいのねぇ?」

「え、ええ。……ナナちゃんの邪魔をしないでほしいの」


 あまりにアッサリと願いを受け入れるミストに対して拍子抜けをしてしまう。

 もしかして自分は思い違いをしていたのだろうか。


「それにしてもナナカは面白いメイドを雇っているわねぇ。それにあの傭兵親子も居たならナナカでなくても甲殻竜の討伐も納得出来るわねぇ」


 そのミストの言葉にはナナカを見下す様な不快感が含まれていた。


「いえ……! 他の魔物はともかく、甲殻竜はナナちゃんが殆ど一人でっ……!」


 そこまで反論しかけて自分の失言に気づく。

 レイアからの向けられた言葉を受けたミストが唇を大きく変化する。

 その表情は、とてもとてもとてもとてもとてもとてもとても歪んでいた。

 まさに獲物を狙う蛇そのもの。


 やられたっ……!


 最初から姉ミストは勝負に興味がなかったわけではないが、そこにあったのは所詮は遊びの一種だったのだ。狙いは最初からナナカの誕生日会で先代王から告げられた甲殻竜討伐の事実について。


 本当に手に入れたいモノは、それは兵の力だけの成果をナナカの名で塗り変えただけのものか、それともナナカの力がどこかに示された成果であったのかの確認。対してレイアが返したのは「ナナちゃんが殆ど一人で」という最上級の成果報告。


 蛇に”ただのお願い”と引き換えに、ナナカの真の成果を漏らした上に最上級の警戒心を芽生えさせてしまった。きっと姉ミストは己の進む道の大きな障害と見做したに違いない。


「へぇ~。あのナナカが……。面白くなってきたわねぇ」


 ミストから漏れた言葉とは反するように、レイアには毒々しい危険な香りが漂い始めたように感じたのだった。

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