3 少年の居場所
戦い舞台には予定通り、サンが上がっていた。
それに対峙したのは、彼よりも頭一つ分ほど身長の高いブルーショートヘアーの女性リズ。いや、まだ少女と言うべきか。恐らく、あちら側の陣営では最も若いとみられ、まだ幼さを残す表情に少々の緊張が瞳に感じられる。
ただし、緊張という事ではサンも負けておらず、それを隠す様子は無い。この場合、その余裕さえないという方が正しいかもしれない。その証拠に手の汗を何度も服の裾で拭っている。素人のナナカから見ても固いと感じられるほどだ。
「こりゃ、初めてのお見合いでもしているみてぇだな」
弟子のデビュー戦を他人事のように楽しんでいるシェガードに、ナナカは赤い瞳から冷たい視線を送ってみるが気にした様子もなく、白い歯を隠す様子はない。
「少しは心配するという気持ちはないのか?」
「致命傷を負わせるような行為は控えろって、おやっさんが言ってだろうが? こりゃ”親善試合”なんだから気楽に楽しんでおけよ、お嬢」
シェガードの言う通りだ。
先代が決めたルールは「命のやり取りはなし」「1対1の3戦勝負である事」そして「盛り上げろ」という3つだけだった。最後のはルールでも何でもない気がするが、あの爺様に何を言っても無駄な気がする。
自分達にとって都合が悪いルールはないのだから問題はない。それよりもナナカは別の何を感じていた。何なのかはハッキリしないが、ナナカの周りだけが妙に空気が重いのだ。主役は舞台の上にいるはずなのに、まるで自分こそが主役なのだとプレッシャーを強いられているような気分。しかし、今は意味の分からない感覚を無視するようにサンへと視線を向ける。
そのナナカの心整理を待ったかのように審判役として舞台に上がった、フェル爺が開始の合図がでる。
「では、はじめっ!」
その声が短距離のスタートの合図だったかのように、いきなり戦いはトップギアに入った。
先手を取ったのは少女リズ。
疾走しながら横なぎに振るわれた片手剣が、サンの片手剣へと打ち込まれる。
それを何とか防いだ様子のサンだが、まともに受けた体が流れてしまう。
その隙を逃さないとばかりに追撃の剣が振り下ろされる。
これも何とか武器で受け止めるが、不十分な体制で受けたために膝をついてしまう。
早くもトドメとばかりに再度振り下ろされる刃。
少年は受け止める事を諦め、横へと飛び出るように転がり距離を取る。
ここでようやく両者の動きが一時的に止まり、息をする事を忘れていたナナカに、その時間を与えてくれた。
「思ったよりもやるじゃねえか、あのリズとかいう女の子も」
「おいおい、大丈夫なんだろうな? 私の目から見ても分が悪いようにしか思えんぞ?」
「分が悪いのは当たり前だろう? 双方共に”魔力機構”を使えないのは同条件だとしても、あの年頃の女は男よりも成長が早いんだ。同じ年ならまだしも、4歳近く離れてると埋めがたい開きがある。その上に訓練期間が2年と1カ月じゃあ、経験に差があり過ぎだわな」
「簡単に言うなっ! それを分かっていて送り出したのはお前だろうがっ!」
「あはははっ、そうだったよな。でもよう、ここで何とか男の意地を見せておかないと格好が悪いだろ? 自分の居場所は自分で作るのが男ってもんだ」
「意地で勝負に勝てるわけがないだろ!?」
「そうでもない。まぁ見てなって」
2人が言葉でバトルを繰り広げる中、少年少女もバトルを再開していた。
ただし状況はシェガードが言う以上に双方の差を認識させるものだった。
攻め続ける少女のブルーショートヘアが、その動きをなぞる様に空気を青く輝かせる。
反対に、相手に振り回されるように防戦に回る少年は汗を床に飛び散らせる。
どう見ても完全に一方的な試合である。
少年側に逆転の要素が感じられないのに、勝負は延長される方向だけに進んでいく。
もしかすると以前に聞いた「危険を予知する能力」と言うのが試合を長引かせているのであろうか。
その延長は攻め続ける側の少女の方にも、飛び散る汗という形で変化を見せ始める。
それは疲れから来るものなのか?
それとも攻め続けているのに結果が出ない焦りから来るものなのか?
素人のナナカには判断のつかない事ではあるが、かわいらしさを残した少女の瞳が獲物を狙う猫のように細くなったよう見えた。
「ようやく相手も力押しじゃダメだと認識を改めたようだな。そろそろ相手も搦手を使ってくるぜ」
「シェガード! 本当に大丈夫なんだろうな!?」
「どうだろうな……ただ、状況は変わると思うぜ。上手くすればチャンスは廻って来るはずだ」
「チャンスだと???」
ここまでサンは攻撃に出る気配すらなかった。正確に言えば出る事が出来なかったというべきか。ナナカから見れば必死に逃げて躱して受け止めていただけ。シェガードの言う搦手とは、つまりは戦闘技術を追加するという事だと思われるが、普通に考えれば経験の差が更に謙虚に現れるのではないだろうか。それなのに何故チャンスに繋がるのか、意味が分からない。
ナナカが頭を悩ませている横で、シェガードが期待の眼差しを汗と誇りに塗れる少年へと向けていた。