1 一時停止なき王都
王都の空は人間達の愚かな争いなど気にする様子もないほど、晴れ渡っていた。
下らない争いに足を突っ込んでいる彼らも、この青き空を見上げれば清められるかもしれないと聖職者なら口にするに違いない。そこに神の名が入らなければ真実味が出てくるのだろうが、それをしない彼らも同じ愚かな側と見て良いのかもしれない。
ただ、7歳になったばかりで争いの核に触れるほど近い立場にいる、ナナカを未来の歴史学者たちは、どのように評価するのだろうか。
争いに巻き込まれた可哀そうな少女、全ての鍵と扉の役割を果たした姫、もしくは子供にして光を放ち続けた聖女。本人にとっては迷惑なだけの状況だったとしても、この時代を紐解いていけば小さな姫に全てが集約していた事は間違いないだろう。
その証拠に現在、王都を歴史の表舞台として、ナナカ姫は本人の意志と関係なく躍動し始めていた。
「王都で気を抜く暇はないだろうとは思っていたが、まさか仕事に関しては館に居た時以上に忙しくなるとは思わなかったぞ」
そう口にするとナナカは大きなため息をつく。
ここは王都。
ナナカは自身の為に割り当てられた部屋で、いつもの面々がそれを受け止めていた。
「姫様、王都に来る前と状況は変化しているのですから仕方がありません」
「いや、分かっている。分かってはいるんだが……はあぁ……」
再度漏れる溜息を聞かされる面々も冗談で返す事すら出来なかった。そこには、あのシェガードも含まれるとなれば、どれほどの状況だったのか予想もしやすくなるというものだろう。
一番の問題は人材の確保について。
確かに館を出る前にも人材の確保は急務だった。
当然ながら、その準備もしていたわけではあるが、自身が管理する事になるであろうと予想していた、ベルジュの町以外にも領地を与えられた事が問題を拡大させていた。
なぜなら、ヘーダル、ソルガドの領地が追加された事により、地形的にはもちろんのこと、人口に関しては20倍の20万人近くに増加したとなれば、ちょっとした国家並みの権力を持ったも同然。お陰で当初の人材確保では間に合わない為、奔走していたわけである。
更にその人材確保についてはシェガード、シェード、ミゲルなどの傭兵の彼らは加わってはいなかった。
戦場がメインの仕事場である彼らに事務的な事に加えるわけにもいかないからである。その為、ラルカットとの約束を守るための準備の方に回ってもらっていた。
つまりはほぼ、ナナカとカジルだけで人材確保に当たっていたと言っても良い。
もちろん無茶苦茶な話。お陰でまともに必要な人材が集められずに空回りに近い状況が続いていた。
その為、忙しいだけで目に見える結果が付いてこない状況におもわず、溜息が漏れるのも仕方がないと言えた。
「まぁ最悪、正式に領主として任命される日までは数日ある。どうせ、それが終わるまでは王都にいる事になるんだ。こちらはそれまでに解決出来る事を願うとして、明日に迫っている開演については問題なさそうなのか?」
「ああ、問題ないと思うぜ。といっても実際に準備するものはなかったし、後はなるようにしかならねぇからな。後は出演者次第だな」
ナナカからの子供らしからぬ言葉に、いつも通り子ども扱いせずに言葉を返すシェガード。そして視線を他のメンバーに流していく。
その視線に誰も口を挟む様子がないところ見ると、確かに心の準備については問題がなさそうである。詳しい手順や流れは出演者達に任せてはいるが、この様子を見ると心配する必要はないのかもしれない。ただ、それでも確認はしたくなるものである。
「それで成功する確率はどんなもんなんだ?」
「まあ、相手の度量次第だな。ただ、あの爺が育てた奴らだからな。低く見積ると痛い目に会うかもしれねぇな」
「罠を張った方が獲物に食われては流石に笑えないぞ。出来れば冗談の中だけでもいいから、楽になれる言葉の1つくらい聞かせてほしいものだな」
その言葉に、ニヤリと表情を変化させた傭兵の姿を見ると、心配するだけ無駄に思えてくるから不思議ではある。もしかすると、こうやって戦場で仲間の心を支えてきたのかもしれない。
「ちなみに私はどんな演技を要求されるんだ?」
「あ、そういえば、お嬢については役割を決めていなかったな。ミゲル、そこら辺はどうなっている?」
「姫様ですか……、強いて言えば何もありません」
「な、なにもないだと?」
「その通りです。姫様は姫様であれば十分です。下手に演じるよりも、その方がきっと上手く行く事でしょう」
ナナカ自身は演技に自信があるつもりでいたのだが、目の前の男はその道の元プロである。下手と言われても反論する事は出来ない。
「私に出番なしという事か」
「いえいえ、存在だけでも輝くモノというのはあるものですよ。飾り付ける必要のないのに無理に着飾ると、それこそ作り物のようになってしまいます。ですから、そのままの姫様が一番望ましいのです」
「な、なんだか乗せられている気がするが、今回は降りないでおこうかっ」
少々照れたように頬を赤らめてナナカは答える。
普段は存在感が薄いミゲルであるが、こういう時折見せる一瞬の姿は人を惹きつけるものを持っている気がする。男性に興味を持っていないナナカに感じるのだから、世の女性たちなら高い確率で落とされるかもしれない。
そうやってナナカが内心でミゲルの真価を測っている背後で、主人の少女らしい姿に顔を赤らめるメイド達がいたが、何か壮大な勘違いをしていない事を願いたい。
そして今――人々の様々な思惑の中で王族を廻る歯車が動き始めた事を知らせるように、蒼い空を厚い雲が覆い始めていた。