+0.5 戦技
今、この王都では人々による内なる小競り合いが続いている。
しかし、ミゲルとサンは訓練場の隅で自分達の世界に浸っていた。
本来ならば、ナナカ姫の護衛役たる、ミゲルも警護に力を入れるべきだというのが普通の人の感覚かもしれないが、王都で過度な警護は必要がないだろうと陣営は判断していた。
というのも王都内で事件が起これば責任は宰相にも降りかかる。それは己の首をも絞めかねない状況を意味する。もし何かを仕掛けてくるとすれば道中しかない。
もっとも王都への道で危険はなく、誕生会の開始時間の落とし穴と、先代王の意表突く発表があったくらい。今の所は平穏と言っていい状態が続いている。表面上は。
形の上でシェードが警護をしているが、きっと暇な事この上ないだろう。その証拠にシェガードなどは、そこに一切加わる様子もなく、情報集などと口にしながら王都を自由に歩き回っている。親不孝はよく聞くが子供不幸とは、あの男らしいと言えば、あの男らしい。
ただそれはミゲルとして、それほど違いはないかもしれない。
あの親ほどではないにしても、護衛に裂く時間は短い。
この王都に来てからというものの、サンの面倒見る事が自分に課された役割となっている。だからとそれが嫌だとは思ってもいない。それどころか楽しんですらいた。
「おいおい、武器は振り回すもんじゃないぞ? 武器を自分の体と切り離すな。体の一部、体の延長だと思って使うんだ」
「そんな事言っても武器は武器じゃないの? 僕の体じゃないし、無理だよ」
「じゃあ、そう感じられるようになるまで武器と向き合え」
「……分かりました。先生」
これはミゲルだからこそ説得力のある言葉かもしれない。
なんと言っても自身の右腕と右目は義手と義眼、それに魔力を流す事で普通の人間と変わりがないように動かして見せているのだ。
そこに特殊な技術が使われているとはいえ、複雑な動きが必要な義手に武器を持って戦う傭兵の言葉を強く否定する事は出来ない。それは最後に口にした「先生」という言葉がサンのミゲルに対する内心が現れているだろう。
ミゲルはサンへと、遠慮なく訓練用の剣を振り下ろす。
それを必死に踏ん張って受け止めようとするサン。
しかし、当然ながら傭兵のプロたる人間の攻撃を受け止めるきるには、少年の体と力では足りない。予想通りと言うべきか、彼は地面へと叩き伏せられた。
周りが見れば子供に対する、いじめにも見えるくらいの攻撃は仕方がない事だった。
土子族の中でも危険察知能力の高いサンは、手加減や寸止めの攻撃を見破ってしまう為である。ゆえに当てるつもりで攻撃を繰り出す必要があるのだ。
12歳に対する厳しい攻撃はサン相手だからこその訓練方法と言える。
「受け止めるなと言ったはずだ。受け流せ! もしくは避けろ!」
ハッキリ言って無茶な注文である。それはミゲル自身も理解している。それでも今後の事を考えれば必要な事だ。
特に一旦戦闘スタイルが染みついくと中々抜けないのである。それは魔物達との戦いで己もやってしまったミス。力の違い過ぎる相手に、いつもの対人用の動きが出てしまったからこそのミス。
癖とは良い事だけでなく、危機が大きければ大きいほど露呈してしまう恐ろしい弱点だと忘れてはいけない。
だからこそ、何でも受け止めるような癖を付けたくなかった。攻撃に当たらないに越したことはない。
「はいっ!」
始めてから半時。既に10歳の少年には玉のような汗が顔に浮かび上がっている。
大人でも苦しくなる時間帯でもサンは休憩を口にすることはない。教える側としても負けじと訓練に集中する。
どうやら彼は今度は攻撃に転じるつもりらしい。
普段は優しそうな瞳を光らせると「てえやぁぁぁ」と己を鼓舞する様に剣を横なぎに振る。
しかし、やはり武器に振り回されている。攻撃する寸前も不安定だが、それを交わされた後は更に体が流れていく。悪循環と言っていいかもしれない。
「力任せに降るんじゃないっ。体勢が崩れない限度でコントロールするんだっ!」
正直に言えば、訓練を初めて一カ月程度で求めるには難しい話だ。これまで武器など持った事もないのにコントロールしろと言われても、この短期間で出来てしまう方が異常と言える。
それでも、この少年が強く未来を見ている事は十分に伝わってきている。力を求める理由が過去のミゲルとは違うとはいえ、その気持ちは十分に理解できる。だからこそ遠慮はしない。
剣の重力にひかれて崩れる少年の体へ向けて、鉈の様な蹴りを繰り出す。
危険を察知したサンが剣をアッサリと手放し、解放された両腕を使い、それをガードする。
ただ、当然ながら受け止め切れるはずもなく、少年は簡単に地面を転がっていく。
その姿にミゲルは「ブルッ」と心が震えるのを感じていた。
もちろん変な趣味があるわけではない。
出来れば、彼には回避してほしかったのだが、流石に今のタイミングで回避を選択しろと言っても少年には無理だった。
しかし、1カ月程度訓練を受けた程度の10歳の少年が最小限のダメージに抑える為に選択した、思い切った防御に底知れない何かを感じた。
これまでも時々見せる姿であるが、その判断と行動力は訓練だけでは身に付かないものだろう。
シェガードやシェードを猛獣と表現するなら、この少年は空を自由に飛び回る鳥のようだ。決して圧倒的な力を秘めているわけではないが、きっと風を翼に受け止めて高く舞い上がる。
ならば、自分がその風の役割なろう。
そう思わせる。
と言っても、空に舞いがるにはまだまだ翼が小さすぎる。
今は巣から飛び立つ方法を知らない雛である事に間違いはない。
そんなミゲルの思いを知ってか知らずか、回転を終えた体に鞭打ち、悔し気な表情のサンが再びミゲルに向かってくる。
どうやら、今日も長い訓練になりそうである。
少年の声が響き渡る空が、彼の飛翔を待つように蒼く澄んでいた。