12 レール上の運命
運命は勿体付けるように天井スレスレまで舞い上げられた。
ただナナカの視線は、そちらには向いていなかった。
理由はいくつかある。
これは当然であるが、行き先を追いかけたところで結果が変わるわけでもないからである。
それに正直な所、少し先の未来の事をそれほど重要視していなかった事も理由に挙げられる。
何より運命の行き先よりも、大男2人の表情の方が気になっていた。
まず、シェガード。
この1人目の大男ほど、真面目と言う言葉が似合わない人間はいないのではないだろうか。
自分とは長い付き合いだと言えない間柄とはいえ、このような状況で楽しむ姿が隠れてしまっているのは、とてもらしくない。
では、もう1人の大男はどうか?
こちらも”異常”と言っても良いだろう。
なぜなら、こちらと同じく視線が運命を追いかけていない。その瞳はナナカへと向けられていた。
ナナカと立場が違うとはいえ、彼は己の人生の全てをBETしているのにだ。
その瞳は、まるで初めて見る生物を理解しようと観察しているかのようである。
お陰で”同じように”相手に向けていたナナカの視線と交錯する事となった。
(何かがおかしい)
己の心に何かを見落としているような油断があったのではないかと、無かったはずの焦りが体を締め付ける。
そんな3人の微妙な空気を読む事なく、運命は高級な絨毯へと金属らしくない、ボトリッという音で結果が出た事を知らせてくる。
お陰で元将軍との視線から逃れる事に成功した。同時に、とんでもない相手とテーブルを挟んでしまったのではないかと、当初なかったはずの脅威を感じ始める。
「どうやら結果が出たようじゃの……」
「ああ、どうやら、お嬢の勝ちらしいぜ」
シェガードのアッサリとした結果の言葉が絨毯の上の運命と連動していた。
「私の勝ちか……」
ナナカも結果を言葉にしてみるが、どうにも違和感が拭えない。
シェガードに関しては珍しく安心した表情を浮かべている上に、額に薄っすらと汗すら浮かんでいる。
魔物との戦いですら、そんな姿を見せていなかった傭兵がである。
元将軍の爺さんの方も結果に対しての落胆が無く、先ほどの視線が未だにナナカへと注がされている。
「約束通りなら、爺様の全財産は私が頂くという事になるのに随分と余裕があるように見える」
「ほほう……、ナナカ姫にはそう見えますかな?」
「見えるとも。まるで此方が負けたかのような気分だ」
そうである。自分が勝ったはずのに心が緊張を強いてくる。油断するなと。
「いえいえ、ナナカ姫が間違いなく勝ちましたよ。私の全財産を遠慮なく受け取ってくだされ。ただ……」
「ただ?」
「1つだけ聞かせてもらいたいのですが、宜しいですかな?」
(きた!)
この質問がこの爺様の本命かもしれない。
育ち切った作物の刈り取りを待っていた農家のように、苗を植えて、水と栄養と時間をかけて育てた質問が飛んでくるに違いない。それも自身の全財産を賭けてまでの質問を。
「な、なんだ、その質問とやらは?」
「そう固くなられると此方が悪魔にでもなったようですぞ」
いや、今のナナカからすれば悪魔に見えても不思議ではないのではないか。己の人生を賭けてきた相手の質問となれば、誰でも警戒して当然である。
「じじいっ、勿体付けずにさっさと話を進めやがれっ」
「分かっとるわいっ! たく、近頃の若いもんは年寄りに遠慮がない。では、ナナカ姫……」
質問が飛んでくる一瞬がナナカには時が止まったように感じたが、その言葉の続きは予想外の内容だった。
「なぜ、このような賭けに応じてくださったのかな?」
「へ?」
「いや、王位継承権を賭けるなどと言う愚かな話に乗ってきたのかという質問なのじゃが……、此方から降っておいてなんじゃが、いくら兄の願いとはいえ、普通、元奴隷の娘たちの運命とでは釣り合いが取れぬと考える物だろうに」
「そんな質問でよいのか?」
「もちろんですとも」
拍子抜けである。もっと別の質問が向けられると思っていた。
例えば、王位を目指した今後の方針や企み。もちろん、そんなものは無い。
だが、無いものを言葉を説明する事ほど難しい事はないだろう。何かを企んでいるよりも相手の信用を得るのは難しいと言ってよい。
それどころか、夢の経験の事をどこかで掴んで聞いてくるのではないかとすら思っていた。
それなのに、こんな質問がくれば当然ではないだろうか。
「ふむ……。正直に言えば、私は王位に興味がない。それに王位継承権を放棄を宣言した所で先代王が認めないだろうから、全く意味のない賭けだと思っていたからだな」
「このシェガードに聞いてはおりましたが、本当に王座を狙うつもりはなかったのですか。それに確かに本人の意志など尊重する事はありませんな、あの方は。ですが、負けてしまっては兄上であるラルカット様との約束が守れなくなるのではないのですかな?」
「まあ、確かに負ければ協力は得られなくなるな。しかし……”それがどうした?”」
「はぁ……?」
流石の元将軍も王族とはいえ、小娘から出た、全てを台無しにする言葉に間抜けな声が漏れてしまう。
ただその隣で、ニヤリと何時もの笑みを浮かべた傭兵が期待を瞳に映した。
「お主の協力が得られない、ただそれだけであろう。やる事が変わるわけではない。少々回り道をするなり、別の道を探せばよいだけだ。その娘たちを兄から譲り受けるという結末を変えるつもりはない」
「ッ……!」
ここで初めて爺様の表情に大きな変化が現れた。
常にこちらを試すような視線と態度が消し去られて、ナナカを対等、いやそれ以上の存在と認めたかのように、それまで見下ろすような視線だったものが、彼の方が7歳の少女よりも小さくなったかのように見上げている様にすら感じられた。
「だから言ったろうが、お嬢は”おもしれぇぞ”って」
「話半分で聞いていたつもりだったが、これほどとは思わなんだぞ」
「ちょっと待て、シェガード。一体、この爺様と何の話をしていたんだ?」
2人の会話に何か違和感を感じる。
まるで、この流れを待っていたかのような様子である。
「あははははっ! 実は今回の話をしていた時にお嬢に随分興味を持っちまったらしくてな、どうしてもこの場を準備して協力しろって、と言うもんだから苦労したぜ」
「準備? 協力?」
(まさか!?)
ようやく少女の頭にレールの全貌が見えようとしていた。